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『夕張市立病院に医師はかならず戻ってくれる!』長 隆                                                                                                                

夕張をロケ地にした映画,北の零年でストーリーが展開し貧困の中にやっと希望が開けてきた牧場場面
『医局脱出へのカウントダウン 』ブログは北海道の医師不足の核心に触れる多くの書き込みがあり 医師でない私には 新鮮であり 事実認識は傾聴に値すると思います。 今回の夕張に関するご意見については引用させていただきます。10月から始まる夕張市立総合病院経営改革推進委員会の設置要綱は 病院に対して助言にとどまらず 指導権限を有する 事になっており・かつ公開で行われますのでご指摘の点についても十分参考にされて 再生が速やかに開始されることになると思います。今後も是非ご意見を開示していただくことをお願いいたします。アドバイザーの中間報告と解説お読みいただき ご見解をいただけたら幸いです。

          
(以下引用〜1)2006・9・6                                                    
病院経営を調査している外部の専門家は「診療所まで規模を縮小しなくても再建は可能」との見解を夕張市側に伝えている。
 今後は民間委託先の選定、委託に伴う人件費縮減、運営可能な病床数の決定、救急医療の存続などが焦点になると見られる  そんなに簡単に委託先が見つかるのかという問題もあるのだがそれはさておき,「診療所まで規模を縮小しなくても再建は可能」が意味するところは何なのだろう。経営努力で売り上げが劇的に伸びるとは思えないから,支出つまり人件費の削減で対処するという意味なのだろう。といっても病院自体は患者数に対して医療職が余っているという状態ではないということなので,医療の質を落とさずに再建するのは難しいかも知れない。

                                                                              
お金か,勉強か,それとも義理か
- 2006-09-14 17:41 (以下引用〜2)

 
夕張市立総合病院で不足する医師を補充するために給与を上げることにしたらしい。自分が現在の病院勤務を続けたとして15年目で同じだけの給与が頂けるとは思えないし僻地公立病院にしては高い部類になるのかもしれない。ただしその金額が医師の業務内容を考慮して妥当なのかどうかは別問題。もし妥当なら募集する医師が現れるのかもしれないが,状況を考えたらまあ、いないだろう。

 医師が病院の求職に募集する動機は,端的に言って「お金」か「勉強」である。「お金」を選ぶ場合,額面自体より勤務による肉体的・精神的負担に対する報酬が支払われるかという点が重要だろう。支給額が平均程度でも業務による拘束が少なければ相対的には給与が良いということになるし,たとえ5000万円の給与だろうと36524時間拘束されるなら(実際は363日だったらしいが)相対的に不充分なのは道理。別に医師に限ったことではない。

 「勉強」というのは「症例経験」とも言い換えることができる。研修医はもちろん中堅以上の医師であっても臨床の実力を向上したいと思えば多くの経験を積むしかない。武者修行と同じで,レベルの高い施設で研鑽を積んだ方が力は付くわけで,そういった病院であれば給与や労働条件のことは度外視して勤務する理由になる。地理的条件とか施設の充実度よりもポイントはよりはむしろ,人的資産だろう。優秀な指導医がいれば僻地の古い病院でも医師は集まる。

 では「お金」も「勉強」もない病院はどうするのかというと,結局は医師の「義理」で維持されてきた。「義理」とはつまり具体的には,「患者さんのためだから」だとか「将来希望する職場への紹介をもらえるから」とか「何度も頼まれて断り切れなかったから」とかいう,契約という概念と対極にある実に情緒的な代物である。新臨床研修制度導入以来,みるみるうちに廃れつつあるのが現状なのだが。

 昨今では医局も人材難で「義理」が果たせなくなった訳で,「お金」も「勉強」も用意できない病院にとっては厳しい状況となっている。そして「お金」か「勉強」のいずれかが必要であると自覚している僻地病院,そして僻地自治体は少ない。「命を救う医師がお金のことばかり言っているとはけしからん」というひとには,こう返答したい。


世の中には金に代えられないものはある。
しかし,金があれば解決する問題も多い。