TOP

『講演(廣島県庄原市議会議員有志主催)を交通費のみでお引き受けしたきっかけ』(長 隆)


私はすっかり失念していたのですが 京都の大江町立病院の改革委員長は交通費のみで5回の委員会で改革答申を出したのでした。庄原市議会の大江町議員視察後の 林議員の指摘で思い出したというわけです。
私の事を 劇薬だという人も多く 講演依頼も少なくなっていました。夕張市立病院の再生の業務もお蔭様で終わりが近くなりましたのでお座敷がかかれば喜んで全国でお話させていただきます。
講演料を出せる 地方議会におかれては 是非夕張市立病院に直接いくらでも結構ですからご寄付お願いいたします。志の高い村上医師を勇気付けてください!


庄原市の講演会は 入場無料ですが 『ガイアの夜明け 日経文庫 695円』を会場入り口で販売いたします (町の病院が消える日が 収められています)

販売代金は全額 夕張市の 医療法人財団 夕張希望の杜 村上理事長 に寄付いたします

 

自治体病院の再生へ講演会 広島県庄原市で2007年2月26日
2007.02.22
中国新聞 朝刊

『自治体病院の再生へ』講演会
廣島県庄原市で2007年2月26日

 全国の自治体病院の改革を手掛けている、公認会計士で東日本税理士法人の長隆代表(65)=東京都豊島区=の講演会が二十六日午後七時から、廣島県庄原市西本町のふれあいセンターで開かれる。同市議会議員有志の主催。

 テーマは「自治体病院『再生』」。総務省の元自治体病院経営改善推進研究会座長で、北海道の夕張市立総合病院経営アドバイザーを務める長代表が、医師不足の原因、解決策などについて、夕張市の実例を交えながら話す。

 入場無料。主催する有志の一人、林高正市議は「過疎地を支える地域医療を守るにはどうすべきか、市民と一緒に考えたい」と、参加を呼び掛けている。(梨本晶夫)



(廣島県 庄原市議会 議員はやし高正さんのホームページを拝見してお引き受けしました)
    
 はやし高正の活動記録: 「新大江病院」研修報告 2006717  
新大江病院になる前の「大江町立国保大江病院」の概要
昭和28年 木造平屋建 一般6床 隔離16床
昭和50年 鉄筋コンクリート2階建 48床に
昭和58年 増築 72床に拡充
平成12年 増築 一般36床・療養36床に  

 

    内科中心の町立国保病院
  外来   約100人/
  入院   稼働率60〜70%
  繰入   一般会計から約2億円/


    町の人口 約5700人 高齢化率 約36%
  過疎化・高齢化の深刻化=慢性期患者の増大
  地域医療を守る拠点として存在

 

概要を見てもらえればお分かりいただけるでしょうが、瀕死の病院であったわけです。福知山市に編入合併が議論される中で、福知山市長の「診療所にすればいい」という発言で、病院(ベッドのある)の廃止か存続のどちらかの選択を迫られることとなったのです。県にお願いして「病院改革委員会」を立ち上げることとしたのですが、その座長として来られたのが財務省アドバイザーの長 隆(おさたかし)氏だったのです。長さんは、交通費のみで来ることを自ら提案されましたので、長さんの負担を少しでも減らすために、関係者は京都市内に出かけて会議を行うことにしました。そして、会議の回数も5回と決められたのです。

 

竹村院長が発言されました。
「どんな病院を望んでいるのか」、「周りにどんな病院があるのか」ということを考えていくと「病院は分業でないとやっていけない」ということが自然と導き出されてきます。そして、地域医療ということが非常に大切で、地域を心から愛するドクターがいることが鍵を握るとも言われました。病院同士の意味のない競争を捨て、中核病院を中心とした地域サテライト病院という仕組みを作る必要がある。中核病院には財政支援をしてでも総合病院としての機能を維持しなければならないし、サテライト病院は地域の安心の拠点としなければならない。そういう観点から、病院を残すことが一番と考えて行動を開始されたそうです。実は、亡くなられた大江町の前町長が死に際に「病院を頼む」と言われたことが、院長を改革へと揺り動かしたのではと想像されます。

 
 どうして、公設公営では改革ができなかったのか。
親方日の丸的考えでは、どこからお金が入ってくるのか分からない部分が多すぎるということを言われました。そして、年齢と給与の問題があります。一度上げた給与を下げることは出来ず、「足踏み」するしか方法がないのです。昇給停止ということになりますが、根本的に高年棒体質は変わりません。かなりの喧々諤々があったことは想像できますが、結果として民営化することに決まったのです。特定医療法人認可を受けて、地域医療に専念することで、将来にわたって存続可能な体制へと生まれ変わったのです。職員の給与は、行政職給与表適用から医療職給与表準拠に切り替えられました。努力したものが報われる病院経営へと意識改革も進めていかれました。そして、民営化初年度で黒字化を達成するという快挙も成し遂げられました。

 院長の「意識改革はあとからついてくる」という発言には感動しました。その成果として、職員が仕事に関して勉強してきており、仕事の処理が速くおこなわれるようになってきたそうです。これからも新大江病院は進化を遂げていくのではと思っています。患者は病院の名前でくるのではなく、医者を頼ってくるのだということを、院長をみていて分かりました。

 今回の研修で得る点は沢山ありましたが、「病院の位置づけ」ということが、今後の病院経営において重要であることがわかりました。交通体系がある程度整備されている地域においては、核となる総合病院があれば、周辺地域の病院はサテライトの地域密着型病院で十分だということです。医療器械を競って購入するという愚行とも思える行動も止めなければなりません。

西城市民病院が抱えている問題も新大江病院が解決した問題と同じものだといえます。新大江病院では、一律20%の賃金カットを納得の上で断行されました。そして、自分達の頑張りで経営が上向くことが実証されたのです。痛みを伴う改革ではありますが、改革は早いほうが効果は上ります。西城選出の議員2名が今回の研修に参加されていますので、早い時期に改革の声をだされることを願っています。

もっともっと沢山のことがあったのですが、纏めきれないのでこの辺で終わりといたしますが、ひっきりなしに地方議会の視察が続いているようですので、全国に「新大江病院」型民営化病院が誕生していくことも想像されます。国が主導するようになれば、本当に早い時期に、病院改革が行われてくることでしょう。