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『青森県 津軽地域 黒石市 国保黒石病院(290)弘前市立病院(250)の統合という当初案は 不可能ではなかった・・山形県立日本海病院と酒田市民病院の統合・・独法非公務員型決定に習って欲しい・・』(長 隆)

青森県の代替案・・弘前市立病院と国立病院機構弘前病院の統合・・がますます 混迷させている。
青森県が描いた青写真・・・・
弘前市中心部には750メートルほどの距離に、弘前市立(250床)と国立病院機構弘前(342床)の両病院がある。いずれも老朽化が進んでいる。二つを統合し、中核病院としての機能を持たせる・・・
このまま迷走を続ければ いずれの病院も医師離れを防止することが出来ず,収支が悪化し財政破綻するにいたって,初めて目が覚めることであろう。
県・市・国も,病院を経営する能力がないことを露呈した。
いずれの病院も 公での経営から完全に撤退する日は近い
(あおもり 医のゆくえ)県、策なき「背水の陣」 案提示から5年空費 /青森県
2007.06.06 朝日新聞
津軽地域で救急医療を担う中核病院をどこにつくるのか−−。県が地元に示した病院統合案は実現困難で、議論はいっこうに進まず、先月末、白紙撤回された。案の提示から撤回まで、5年間は空費された。この間、津軽地域の医療の基盤はさらに弱まった。県は「時間はない。背水の陣で臨む」と言う。だが、明確な次の一手があるわけではない。(栗田有宏)
いきさつはこうだ。
津軽地域の病院の再編案を、県が地元の市町村や病院に事務レベルで示したのは02年3月。弘前市立病院と黒石市の国保黒石病院を統合し、津軽の中核病院として位置づける、との案だった。
ちょうど、市町村の合併論議も緒についたころだった。
弘前、黒石両市をはじめ14市町村が合併協議を続けていた。だが、意見が対立し14市町村による合併の枠組みは崩れ、弘前市は結局、岩木町と相馬村との合併という形で収まった。
当時の弘前市幹部は振り返る。「合併の枠組みも決まらないうちに、病院をどうするかという話はできなかった」
結局、黒石と弘前市立の両病院統合案は、間もなく白紙になった。
中核病院として、救急医療や医師の臨床研修を担うためには、60人ほどの医師が必要だ。400〜500床の入院ベッドも確保しなければならない。ところが、そんな中核病院は青森地域、八戸地域にはあるが、津軽地域にはない。
そこで、県が持ち出した案が国立病院機構弘前病院と、弘前市立病院の統合だった。関係者に県が示した文書には、両病院の統合がはっきりと記されていた。
弘前市中心部には750メートルほどの距離に、弘前市立(250床)と国立弘前(342床)の両病院がある。いずれも老朽化が進んでいる。二つを統合し、中核病院としての機能を持たせる。県が描いた青写真だった。
だが、ことは簡単に進まなかった。国立病院機構と市。運営主体が異なる病院同士の統合は、職員の身分や待遇をどうするかといった問題があり容易ではない。
弘前病院そのものも国立病院機構の再編計画で生き残った病院だ。これを市に譲渡したりすることは難しい、という事情もあった。
案を出した県の幹部自身が「当時、国立病院がこの案をのむとは絶対考えられなかった」と、内情を証言している。
弘前病院の五十嵐勝朗院長は「県から案を示されただけで、市立病院とは『お見合い』もしていない。仲人役もいなかった」と交渉が事実上なかったことを明かした。
地元の自治体には、中核病院不在に、危機感が強まっている。
県医療薬務課は「地元の協議に県も加わり、9月ぐらいまでに中核病院設置の大枠を示したい」としている。しかし、中身の議論はこれからだ。
◆キーワード
<津軽地域の自治体病院再編> 5月末に県が白紙撤回した再編案には、弘前市立病院と国立病院機構弘前病院の統合に加え、国保平川病院の廃止、国保藤崎病院と板柳中央病院の廃止または民営化などの内容が盛り込まれた。町立大鰐病院は、病床の一部を、お年寄りが長期入院する療養病床に転換し、ベッド数を減らすとされた。だが、医師不足や医療制度改革によって環境は大きく変わった。平川病院は無床診療所に移行し、藤崎病院は町が民間委託し診療所にする方向だ。また、厚生労働省が療養病床を削減する方針を打ち出したことで、大鰐病院の転換案も現状に合わなくなっている。
■津軽地域の国公立病院・診療所
<( )内は病床数>
国保板柳中央病院(87)
国保藤崎病院(90)
国保黒石病院(290)
弘前市立病院(250)
国保平川診療所(0)
町立大鰐病院(120)
国立病院機構弘前病院(342)
弘前大学付属病院(618)
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