| TOP 『医師不足は 市民の我儘・無理解が生んだ悲劇でもある 市町村長・議員は 病院で連続7日間当直してみよう!』聖域に踏み込まない自治体に 国の無為無策を責める資格はない!〜 現在の急性期病院の医療の90%は診療所で十分対応できる 軽医療〜(厚労省 辻事務次官)
私が尊敬してやまない島根県立中央病院院長 中川先生が 全国的に心配された隠岐島に産婦人科医の派遣に尽力され成功された。ご努力にこころから敬意を表します。現場の医師の苦闘の状況を市町村長・議員は 医師と共に何日か当直して住民にたいして反省を強く求めることも必要です。 母親の我儘を正すことに勇気を奮って欲しいものです。国の医師不足対策の無策を攻める前に当直してみるべきです。 厚労省の辻事務官の医師不足に関する講演内容『現在の急性期病院で行われている医療の90%は診療所で十分に対応できる 軽医療である』は全く正しい認識であり 全ての自治体病院が共同歩調をとって住民すべてにこの考えの浸透 を呼びかける必要があります。一自治体だけですと再編・縮小と同じで 次回必ず落選するからだそうです。過酷な勤務の象徴といえる医療現場を体験していない人に議論する資格はない・飛び込み自殺した小児科医とそのお子さんのお話を見聞するのがが先だと思います(引用3) (〜〜深夜の勤務を出来るだけ視察するよう心がけてきました。当直お付き合い1日で2日間ぐったりの経験もしました。医師でない私が 総務省のアドバイザーを11年も続けられたのは朝7時の視察と 当直の視察を院長に評価してもらったのかも知れません。悪態ついてもさほどお叱りを受けず無事引退できたことに感謝しています 。 (長 隆 ) (以下引用1) 安心できる産科医療を 公立隠岐病院に常勤医赴任 2人体制、なお綱渡り 2006.10.17 読売新聞大阪
島根県立中央病院(出雲市)から加藤一朗医師(33)が16日に赴任した公立隠岐病院(隠岐の島町、笠木重人院長)は、産婦人科医が2人体制となり安心な出産ができる体制がようやく整った。しかし、全国的な医師不足による難問が再び島を直撃しないとは限らず、関係者は複雑な心境ものぞかせていた。 同病院ではこの日午後1時から、加藤医師と笠木院長、8月下旬から赴任している静岡県の船津雅幸医師が記者会見。笠木院長は「医師を派遣してくれた県と県立中央病院に感謝したい」と述べ、「島の人に安心できる産科医療を提供していきたい」と誓った。 加藤医師は「島民のみなさんの役に立てれば」と笑顔で抱負を語った。 加藤医師は安来市出身、自治医大卒。2000年4月からは内科医として、隠岐病院など隠岐島に4年余り勤務した経験がある。05年4月から県立中央病院で産婦人科の研修を積んだ。妻の真紀子さん(30)は助産師で、隠岐の窮状を知った真紀子さんの助言で産婦人科医に転向。今回の島行きも「しっかり船津先生に学んできて」と、送り出された。加藤医師は「隠岐のみなさんは温かい。この島でずっと続けるかはわからないが、恩返ししたい」と思いも語った。船津医師は「加藤医師は精神的にも、肉体的にもタフな先生と聞いている」と話していた。 16日に早速、両医師の診察を受けた隠岐の島町の妊婦、貫名玲子さん(34)は、12月に実家の鳥取県米子市で出産する予定だが、「夜中に異常があっても、安心」と喜んだ。両医師は17日に別の妊婦の帝王切開出産を予定している。 また、相撲健康体操の普及で同島を訪れていた、日本相撲協会の伊勢ノ海親方(元藤ノ川)ら一行がこの日、同病院を訪問。未明に男児を出産したばかりの女性(25)に浴衣地の反物を贈るなど、町は一日中、めでたい雰囲気に包まれた。 一方で、2人体制をいつまで継続できるか、不安は残る。中央病院は当面1人を1週間交代で赴任させ、船津医師が島を離れた後はさらにもう1人を派遣するが、長期、短期の組み合わせになる見通し。 笠木院長は、派遣でなく独自での医師確保について、「今まで以上に積極的に取り組みたい」と決意を表明。隠岐広域連合長の松田和久・同町長も「綱渡りの状態は続く。医師の招請に向け、情報収集にあたりたい」と語った。 (以下引用2) 江別市立病院、医師不足深刻 激務で退職者続出、市長が自身処分へ 2006.09.25 読売新聞
◆強まる「個人の自由」が背景に 江別市立病院(278床)が、深刻な医師不足に直面している。内科医は9月末でゼロとなり、産婦人科など他科医師の退職も相次ぐ。年間45万人を超す患者を抱えた市内唯一の総合病院で何が起きているのか。背景には、日本の地域医療に暗い影を落とす「医師不足」の問題がある。(太田直行、上地睦) ■内科医総辞職 「現状のまま」−−。今年3月、市が下したこの結論が発端だった。病院に併設された夜間急病診療所(夜診)の続行決定。内科医は、激務を理由に運営を見直すよう訴えており、この段階でほとんどの内科医が辞職を決意する。4月以降、退職者が続出した。 3月まで、内科医は定年退職した前院長を含め12人いたが、6月までに5人が退職。残る7人も9月限りで辞める。退職の第一の理由は、過酷な労働条件。その主な原因が夜診だった。 内科医は、病院の診療後、夜診の診療に当たることが多かった。非番の夜に呼び出され、夜勤が月7、8回。内科医の疲労は激しく、ベテラン医師は、早くから夜診を市立病院から分離するよう求めていた。 全内科医の退職希望に慌てた市は4月、夜診を市立病院から分離・独立させることを決めたが、内科医を翻意させられなかった。 ■病棟休止 病院は、医師不足のため入院患者の受け入れが出来なくなり、内科系2病棟のうち、一つの病棟(46床)を8月1日で休止した。残る病棟(48床)も10月1日での休止を決めており、内科は、出張医の外来診療だけにする。 医師不足は内科以外にも。産婦人科の常勤医3人のうち、1人が他病院へ転勤。12月末には1人が派遣元の金沢医大へ戻る。残る1人も来年4月、北海道大産婦人科医局に引き揚げる。さらに、神経内科、皮膚科の医師も今月末で辞める。 ■医局の影響力低下 かつては、大学の医局が人事権を持ち、病院に医師を派遣していた。しかし、こうした構図は崩壊しつつある。 「昔なら、医局の教授が『辞めるな。我慢しろ』と言えば通用した。だが、もう時代が違う。今回も『江別で仕事を続けてくれ』と頼んだが断られた。医局をやめる医師も多く、人がいない。派遣を頼まれても無い袖は振れない」 多くの医師を江別市立病院に派遣している北大第1内科の西村正治教授は、医局の現状をこう説明する。 医局の力が弱まり、派遣先の病院選びは、医師個人の判断に委ねられた。2004年に始まった研修医制度も、様々な診療科目を経験させるため、医師に自ら研修先を選ぶよう求めている。開業する医師も多い。 「医師の自由に任せて、社会が求めている地方病院や、拘束時間の長い小児科、産婦人科を働く場に選ぶなら問題ないが、実際には選ばない。国や道にも医師配置の妙案はなく、地域や病院、診療科目別の医師不足は、これから一層深刻化する」(西村教授) ■悩む高齢者 全日本年金者組合江別支部の森元昌輔支部長(69)は「高齢者は内科以外にも病気を抱えている。市立病院なら1か所で全部診てもらえたが、他の病院ではそうはいかない。市外の病院となれば通院費用も大変だ」と訴える。 小川公人江別市長は「常勤医を確保し、正常な姿に戻すことが責任の取り方」と繰り返していたが、市議会の相次ぐ追及を受けて、10月にも自身を処分する方針を表明した。 ◆「しばらく好転しない」 医師派遣の窓口となる北大地域医療支援室長を務める宮坂和男・北大病院長の話「20〜30年前には患者40人の病棟を医師一人で診たが、今は専門化が進んで複数の医師が必要となる。国の見解は違うが、医者の仕事が増え、絶対的な医師数も不足している。それなのに、多くの病院がミニ総合病院となっている。病院の整理が必要だが、医療機関の統廃合は市町村長の進退問題にもなり、難しいだろう。特効薬はなく、医師不足問題はしばらく好転しない」 (以下引用3)医師不足解消、訴えへ 激務で命絶った小児科医の娘、きょう弘前で母と講演 /青森県 2006.08.26 朝日新聞 7年前、医療体制に絶望し、疲れ果てた小児科医が東京で飛び降り、命を絶った。その娘が今、同じ小児科医をめざして六ケ所村の診療所で研修に励んでいる。26日、弘前市で開かれる「医師不足を考える」講演会に母親と共に招かれ、2人が講演する。父の体験、そして自分が見聞きした医療現場について話すつもりだ。(米沢信義) 千葉(旧姓中原)智子さん(24)。この春東京の医大を卒業し、神奈川県横須賀市の病院で研修中だ。今月7日から、地域医療を学ぶため、六ケ所村の尾鮫診療所に派遣されている。9月1日まで村民を診察、来年3月にもう一度、研修に訪れる予定だ。 父親の中原利郎さん(当時44歳)が亡くなったのは、智子さんが高校3年生だった99年8月。勤務先の総合病院では経営の効率を求め、6人いた小児科医が3人に。超過勤務が続き、うつ状態に陥っていた。遺書には、「不十分な人員と設備」「この閉塞(へいそく)感の中で私には医師という職業を続けていく気力も体力もありません」などと記され、医師不足による激務と行き届かない治療を訴えていた。 「初めは家族を残して死んでしまった父を許せなかった」と智子さんは振り返る。しかし、常に子どもと真剣に向き合っていた父の姿を思い出した。生前の父は「医者だけにはなるな」と話していたが、病気で苦しむ人々の役に立ちたいと、あえて同じ道に進んだ。 小児科、産婦人科を中心とする勤務医の不足は、首都圏でも地方でも同じだ。智子さんが研修医として勤務する横須賀の病院でも、常勤医師は月4、5回の当直が入り、夜間の急患への対応に追われている。六ケ所の診療所では、急患の数は少ないものの、常勤医4人で当直を回し、翌朝そのまま勤務。毎年県に医師の増員を求めている。 「医師が心も体も疲れていては患者に十分な治療ができない。医師も患者も守れる体制ができないものか」と智子さんは考える。 講演会の主催は、県保険医協会。会のメンバーが、小児医療の改善を求めて署名活動を続ける母親ののり子さん(50)に弘前での講演を頼んだ。会場が近いこともあり、のり子さんから「あなたも話して」と促された。 初めての講演。でも学生時代と違い、父と同じ世界に入ってみて実感したこともある。「父は子どもの未来を守るために、良い治療をしようとして命を削ってがんばっていた。私にも引き継がれたその思いを伝えたい」 「医師不足を考える」講演会は午後4時から弘前市上鞘師町のホテル・ニューキャッスルで。無料。問い合わせは県保険医協会(017・722・5483)。
|