TOP
『福岡県 赤池町立病院の再建への道のりが長かったのは何故か』 
              

〜夕張市民病院は14年前の悪夢を再現してはならない〜
 

佐賀関町立病院の成功例に学ぼう「東日本税理士法人ホームページ講演要旨」は必見(長 隆)                         

 赤池町が財政再建団体に転落したのは 1992年2月であった。引き金は土地開発公社と町立病院の財政破綻。夕張と金額は桁違いではあるが酷似している。しかし再建への苦しい戦いはあまりにも長く厳しいものであった。全町民に涙ぐましい苦労を強いても92年から5年間で漸く20億だけ地方債を減額できたにとどまった。12年間の悪戦苦闘は今から11年前漸く終わりを告げた。                赤池町立病院はベット数60であったが僻地のため医師を確保するため高額の給与を払い続けた、町からの援助も少なく不良債務が5億円となり破綻した。91年・92年に合計3億円税金投入して再生をもくろみ・その後4年間かけて95年度末に再建が完了した。      
病院関係者の努力に心から敬意を表します。    
しかし公設・公営の改革しか考えられない時代であったので5年間も医療の質の低下などで町民は苦しめられたのである。夕張市立総合病院は自治体病院の多くの最近の改革成功事例に学び2007年度から収支均衡を達成させる必要があるし、十分可能と考えている。赤池町は福岡県の配慮で自治医大の医師を従来より50%低い給料で支援してもらったのであるが 私はこの方法はよい方法ではなかったと思う。自治体病院の公務員給料の問題点を全て洗い出す。民間と全て比較し詳細に市民に公開するなど思いきった改革をすべきであった。過保護の経営体制が改革を遅らせた!  赤池では組織のスリム化と勧奨退職の実施により職員数を全体の10%13人を減らしたり、昇給の停止・時間外手当の削減で人件費を抑制した。       この当時はこの程度の改革でも涙ぐましい努力であると全国で受け止められた。時の流れのなかで大きく変わる国民の厳しい監視のなかで改革の最大の柱である人件費への切り込みは今後中途半端ではなく、即時に民間並みまで下げられる事になる。メリハリのきいた民間を超える改革で、夕張は1年以内に再生する道を歩み始める事になろう。                      
 予算編成に当たり箸の上げ下ろしまで総務省の許可がいるようになるし・変更する場合は東京の霞ヶ関まででむかねばならない・電話・FAXでと言うわけには行かない。来年から確実に予想される事態だ。子供以下の権限と 霞ヶ関のビルのなかからの指令で病院経営がまともに出来るはずがない。 私たちは 24日から病院内に当直し・病院食を食べさせていただき、全職員と個々に対話します。STAFFには臨床経験豊富な医師も2人参加します。過疎地の民間病院で 新規事業を成功させた多くのSTAFFもお盆の休み返上で取り組んでいます。病院職員も極めて協力的です。『町の病院の灯は消さないぞ!』です。