独立行政法人化により黒字化を達成

2019.08.08

独立行政法人化により黒字化を達成-佐世保市総合医療センター理事長兼院長・澄川耕二氏に聞く
エムスリー   
 
 
佐世保県北医療圏で三次救急医療を担う地方独立行政法人佐世保市総合医療センターは、2016年に独立行政法人化して事業の黒字化を達成した。同院理事長兼院長の澄川耕二氏に、佐世保県北医療圏の現状と課題、同院の地域での役割、独立行政法人化の成果などについて聞いた。
 
 
――佐世保県北医療圏の現状と課題について教えてください。
 私が当院の院長に就任したのは5年前ですが、さらにその3年前まで佐世保市と県北(平戸市、松浦市、佐々町)の医療圏は別々に存在していました。現在は一つになって佐世保県北医療圏という名称に変わりました。ですので、当院は佐世保県北医療圏をベースに、主に三次医療を担う基幹病院として活動しています。
 佐世保県北医療圏の一番の特徴は、佐世保市と県北とで医療情勢が大きく異なるという点です。佐世保市はかなり充実した医療サービスが提供されていますが、県北地区は決してそうではありません。なかでも松浦市は初次救急患者の3割程度しか対応できず、約4割が佐世保市に、残りの約3割は佐賀県に行っています。松浦市と平戸市は面積的にもかなり広いですから、両市の医療はかなり厳しい状況になっています。従って、そこをどうカバーするかというのが常に議論になっています。もともとは別々の医療圏でしたので、なぜそこまで面倒見る必要があるのかといった感覚が最初はあったようですが、今は一つの医療圏になり、当院も救命救急センターに指定されたこともあり、県北も含めて医療圏全体として考え、 対処していくようになりました。
加えて、佐世保県北医療圏は、他の医療圏の患者の流入が多い流入過剰地域になっています。別の医療圏に属する離島からも患者さんがやってきますので、カバーする範囲がかなり広く、それも見据えたうえで今後の医療体制の在り方やベッド数なども考えていかなければなりません。
――救命救急センターに指定されたことが大きかったのでしょうか。
 そうですね。当院は佐世保市内の二次救急医療の輪番制にも入っているのですが、救命救急センターに指定されましたので、佐世保県北医療圏全体の三次救急医療にメインで対応していく必要が出てきました。救命救急センターは、人口50万人当たりに1カ所設置するのが基本コンセプトです。佐世保市だけだと約25万人、県北地区の松浦市や平戸市まで含めた佐世保県北医療圏だと約32万人になります。ベース人口としては適正なものであり、三次救急の最後の砦として、佐世保県北医療圏全体に対してその役目を果たしていかなければなりません。
 救命救急センターとして三次救急にしっかりと対応できる体制を構築していくためには、三次救急の患者を一定数確保していく必要があります。救命救急センターとして厚生労働省の評価を受ける際も重症症例数と診療体制が重視されますが、それだけでなく、全国規模で見た時に十分競争できる医療水準かどうかを自分たちが意識して治療に当たることが重要だと考えています。現場のモチベーションを高め、一人でも多くの患者さんを診ることが自分たちの仕事であり誇りであるという雰囲気作りに気を配っています。
――貴センターの地域での役割について改めて教えてください。
 地域の皆さんに知ってもらうために玄関ホールにも掲載しているのですが、当院の医療は5本柱で構成されています。すなわち、「救急医療」「がん医療」「小児・周産期医療」「高度専門医療」「政策医療」の5つです。
 「救急医療」については、救命救急センター、そして高次脳卒中センターとして、佐世保県北医療圏の最後の砦としての役割を果たす必要があります。
 「がん医療」については、がん診療連携拠点病院として、手術療法、化学療法、放射線治療について必要なものはほぼ全て提供しています。実際、当院の入院患者の約3割ががん患者さんです。
 「小児・周産期医療」については、当院は新生児特定集中治療室(NICU)を持ち、二次救急と三次救急の小児患者は全て受け入れています。また、周産期に関しては他院でも対応可能な正常分娩は基本的には扱わずに異常分娩のみを扱っています。
 「高度専門医療」については、全31の診療科において高度専門医療の提供を行っています。ただ、がん以外の疾病に関しては、地域の病院や診療所が得意なところは相互に役割分担しながら進めるようにしています。
 「政策医療」については、当院は佐世保市立の病院ですので、離島医療(宇久島、黒島、高島)や感染症医療など、医療機関単独では採算が合わないものや、万が一の場合に備えて政策的に対応していかなければならない医療を提供しています。
――2016年に地方独立行政法人化されたそうですね。
 市民病院などの自治体病院を地方独立行政法人にしない方針の自治体もありますが、2004年の地方独立行政法人法施行以降、地方独立行政法人に移行する自治体病院は増えてきています。市民病院という名称のまま地方独立行政法人化している病院もあります。名称は何でもよく、自治体立であることに変わりはないですし、市や地域からの要望も変わりません。あくまでも経営形態が変わったということです。
 地方独立行政法人になる以前は、当院は佐世保市立総合病院という名称で、消防局や水道局と同じように佐世保市の病院局という位置付けでした。消防局長や水道局長と同じように私も病院局長として市の部局長会議に出席し、消防局や水道局の予算を管理するのと同じ仕組みで病院の予算を管理していました。つまり、次年度予算を策定し、議会に諮って承認を得たもののみが翌年4月以降に施行できるという流れでした。
 しかし、消防や水道をとりまく環境は10年経ってもそれほど大きく変わらないと思いますが、医療の世界は歴史上類を見ない変革期にあり、より柔軟な経営を行わなければ変化する医療ニーズに適切に対応していくことはできません。必要な医療を提供していく上において、例えば「来年、病院局の職員を2人増やします」といったやり方ではもう対応できないだろうということで地方独立行政法人に移行することになりました。
――具体的にどのように変わったのでしょうか。
 市の管轄であることには変わりないのですが、地方独立行政法人になると、市長が病院の理事長にすべての権限を移譲し、理事長が経営の全責任を負うことになります。ただ、病院経営がうまくできていないと判断したら、市長は理事長を辞めさせて新たに理事長を任命する権限を持っています。自治体病院の地方独立行政法人化とはそういうことです。
 ですから、地方独立行政法人化すると、何人雇おうと、何を買おうと、全てが病院の裁量に委ねられます。もちろん理事長が一人で決定するのではなく、病院の中での意思決定の会議を通じて合議制の下で決定します。ただし、最終的には理事長が全責任を負います。
 事業運営費は基本的に病院収入で賄いますが、政策医療として不採算な事業も行う必要がありますので、市からの運営費負担金の繰り入れが一部あります。ざっくりと言えば、総収入約180億円のうちの約8億円です。その8億円で離島医療や感染症医療といった政策医療の収支の不足を補っています。
――地方独立行政法人化の成果をどのように見ていますか。
 独立行政法人化する前年の2015年度は赤字でしたが、法人化後は黒字化し、その後も黒字幅が拡大しています。その一番大きな要因は、必要なスタッフを柔軟に採用することができるようになったことです。当院のスタッフは17の医療職種に、事務職を加え、18の職種で構成されています。一人の患者さんが入院し、診断を受け、治療し、退院するという一連の流れがスムーズに運ぶことが非常に大事で、どこかにボトルネックが生じると流れが滞り、患者さんの入院期間が延び、仕事の手が止まってしまう職員も出てきます。いかにボトルネックを作らないようにするかが非常に大事なことです。
 ですから「あきらかにこういう職種が足りない」といった場合にはその職種のスタッフをすぐに採用できるようになりました。入院患者の回復促進に向けてリハビリテーションスタッフを大幅に増やしました。退院が滞ると新規入院の受け入れもできなくなりますので、入院と同時に退院先まで手配できるようにソーシャルワーカーを追加で採用しました。こうしたことは1年待っていたのでは多くの無駄が発生してしまいますので、経営会議で決定したら翌日にはハローワークに募集要項を出すスピード感で進めています。
◆澄川 耕二(すみかわ・こうじ)氏
大阪大学医学部卒業後、滋賀医科大学助教授、大阪大学医学部麻酔科助教授、長崎大学医学部麻酔科教授、長崎大学医学部附属病院院長、済生会長崎病院院長等を経て、2015年に佐世保市立総合病院長に就任。2016年の地方独立行政法人後は、同院(佐世保市立総合医療センターに名称変更)の理事長兼院長に就任。テニス、ゴルフ、水泳などスポーツは多趣味で、スキーは1級、柔道は4段。