[論点スペシャル]医師の長時間労働 改めるには

2019.02.05


[論点スペシャル]医師の長時間労働 改めるには
2019.02.01 


 長時間労働が問題となっている医師の働き方を改革するには、どうしたらよいか。厚生労働省の検討会は3月末までに結論をまとめる予定だが、一部の病院に一般労働者の2倍となる長時間残業を容認する案をめぐり、議論が起きている。地域医療を担う病院、激務で知られる外科の勤務医、医療改革に取り組む患者の3者に話を聞いた。(編集委員 田村良彦)


 ◆地域偏在の是正 大前提

 ◇全国自治体病院協議会会長 小熊豊氏

 地方の医師不足は深刻だ。地域の救急医療などを担う病院は、医師の長時間労働によって支えられていると言っても、過言ではないだろう。

 厚生労働省は、こうした地方の厳しい現実を踏まえ、地域医療を支える病院の医師については、残業時間の上限を年960時間とする普通の勤務医を上回る基準を特例として認める案を示した。

 もし、960時間という上限が適用されれば、地域医療が立ち行かなくなることは明らかだ。厚労省案は理にかなっており、特例扱いは地域医療を担う病院として賛成できる。

 ただし、年1900~2000時間という厚労省の提案は普通の勤務医の2倍の長時間にあたり、今後、議論を深める必要があるだろう。

 特例を認めるからと言って、長時間労働を放置し、医師の健康管理を後回しにしてよいということにはならない。

 特例の適用期限である2035年度末を漫然と待つのではなく、一刻もはやく業務を効率化し、普通の勤務医並みの水準に近づけていく必要がある。

 私の勤める北海道・砂川市立病院は昨年1月から、若手医師の負担軽減のため、一部の診療科で、午後の新患受け付けをやめた。紹介状のない患者に対する初診料の上乗せ額も、一部引き上げた。今年4月には65歳の定年を67歳にするなど、働き手の確保にも努力している。ただ、こういった現場の努力に限界があることも事実だ。

 最大の課題は、医師が都市部に集中し、地方に少ないという地域偏在だ。国は35年度には、全国の医師不足が解消すると予想しているが、都市部に偏る傾向を是正しなければ、地方で働く医師は恐らく足りないままだろう。

 国は偏在解消を促す対策として、地域医療を支える病院の院長になるには、医師少数地域での勤務経験が必須とする制度を設けた。対策の方向性としては評価できるが、どのぐらい実効性があるかは未知数だ。

 地域勤務の経験がない医師には、将来、開業を認めないというくらい思い切った対策が必要だと考えている。医師を志したからには、一定期間、地域のために尽くす気持ちがあってもよいのではないだろうか。

 今回の改革で特例の対象となる病院は、医師の健康を確保するため、勤務と勤務の間を最低9時間空けるインターバル規制が義務づけられる見通しだ。

 しかし、医師が少ない診療科では、インターバルを実現できるのか危ぶむ声は少なくない。医師の地域偏在という根源的な問題の解決に向け、いっそう踏み込んだ対策を求めたい。


 ◇おぐま・ゆたか 北海道大学医学部卒。砂川市立病院院長、市病院事業管理者などを経て2018年から同病院名誉院長。同年6月から現職。69歳。


 ◆「過労で当然」意識変えよ

 ◇聖隷浜松病院 心臓血管外科医師 立石実氏

 病院勤務の心臓外科医として、また1児の母の女性医師として、今回の医師の働き方改革に期待し、注目している。長時間労働の是正は、医師にとっても、患者にとっても、より安全で質の高い医療を実現する絶好の機会だと考えている。

 過労死ラインを大幅に上回る残業年2000時間という厚生労働省の提案は、特定の病院に対する暫定的な基準だとしても、「医師は過労死しても仕方がない」というメッセージなのかとさえ思える。

 自分の家族が過労死レベルを超えて働き、毎日疲れ切った顔をしていたらどう思うだろう。あなたが病院にかかった時、徹夜明けでふらふらの医師に診てもらいたいだろうか。「地域医療を守るため」と言いながら、結局、医療の質や安全を損なうことになりかねない。

 勤務医の中でも、外科は長時間労働で知られる。夜中でも、命に関わるような患者がいれば緊急手術を行う。私も心臓外科医として働き始めた頃、何日も家に帰らず病院に泊まり込んだこともあった。

 専門医として知識や技術を身に付けるには、集中して学ぶ期間は必要だ。しかし、「医師は長時間労働が当たり前」という意識は変えなければならない。「自分が若い頃はこうだった」というのは理由にはならない。

 医師の負担を減らすには、看護師や薬剤師、臨床工学技士など様々な職種が専門性を高め、医師の仕事の一部を担う「タスクシフト」を進めたい。

 女性医師が仕事を続けるには、子育てと両立できる環境が大切だ。私自身、10年前に出産した際、両立に苦しんで、心臓外科医をやめることを考えた時もあったが、短時間勤務などのおかげで続けることができた。今は女性医師の増加に伴って、院内保育や復職支援なども着実に広がっており、周囲の理解は進んでいる。

 しかし、医師同士の結婚も多いなかで、女性医師だけを支援しても、根本的な解決にはならない。男性医師も育児や家事、介護に積極的に取り組めるよう、医師全体の労働環境を改善する必要がある。男性医師が働きやすい職場にならなければ、女性医師にも、本当の意味で働きやすい環境にはならない。

 女性の受験生を差別した医学部入試の実態が問題になった。年2000時間の残業時間を良しとするような医療現場のあり方が、差別の背景にあるのではないだろうか。

 医師は目の前の患者を救うためには、自分の命を削ってでも治療にあたる。だからこそ、過労死ライン超えを容認するような規制であってはならない。


 ◇たていし・みのり 熊本大学医学部卒。東京女子医科大学心臓血管外科勤務などを経て、2018年から現職。心臓血管外科専門医。43歳。


 ◆患者も「かかり方」改革

 ◇「患医ねっと」代表 鈴木信行氏

 医師の働き方改革と聞いて、ピンと来る市民はどの程度いるのだろう。

 医師の残業時間をめぐるニュースに接しても、医者の世界の話であって、自分たちには関係ない--。そう考える人が多いのではないか。患者会などの集まりでも話題にならないし、話を振っても反応は少ない。

 しかし、医師の働き方改革には、私たち市民の「医療へのかかり方」が大きく関係している。無関心でいることは、長時間労働による医師の疲弊や医療の崩壊を招き、巡り巡って患者の不利益につながってくる。

 私は、医師の残業時間はどれくらいが適切かという数字を議論したいのではない。医師の働き方改革のためには、患者や医療者の意識改革をどう進めていくかという視点が重要だと考えている。

 私は生まれつき二分脊椎症という障害がある。20歳で精巣がんを発症した。46歳の時には、完治が難しい甲状腺がんが見つかり、闘病中だ。

 これまでの経験を通じて痛感したのが、医師に任せきりで言いなりになるのではなく、自分の体は自分で守るという意識を持つことの大切さだ。その方が、自分の生き方や暮らし方に合った医療を受けられる。

 長時間労働を強いられる医療現場の効率化のため、患者一人ひとりが協力できることは決して少なくない。

 たとえば受診の際には、医師への説明が要領よくできるよう、事前に症状を時系列に沿ってまとめておく。無駄な処方を防ぐため、飲み残した薬は記録しておく。余計な検査や薬は不要なことをきちんと伝える。

 そんな小さなことの積み重ねでも、医師の負担を随分減らすことができるのではないか。

 医療者側も、患者が自分で日常の病状を記録したり、治療のスケジュールを把握したりするよう、自己管理意識を育てていってほしい。最初は手間がかかるように思うかもしれないが、長い目でみれば、病気への理解も深まり、患者に同じような説明を繰り返す手間などを減らすことにつながるはずだ。

 医師の仕事の一部を他の医療職に移譲する「タスクシフト」を推進し、医師は医師でなければできない仕事に集中するべきだ。そのためには、これまで医師が担ってきた仕事を手放す勇気も必要だろう。

 他の医療職は、医師の仕事を奪い取るくらいの気概でタスクシフトに参加し、医療を支える力になってほしい。

 医師の働き方改革を実りあるものにするよう、医療者と患者が本音で話し合い、互いの意識を前向きに変えていくような議論の機会を国などに求めたい。


 ◇すずき・のぶゆき 2011年に患者と医療者をつなぐ市民団体「患医ねっと」を設立。著書に「医者・病院・薬局 失敗しない選び方・考え方」。49歳。


 ◆「残業上限2000時間」波紋

 働き方改革関連法による残業時間の罰則付きの上限規制は今年4月から順次始まる。医師は仕事の特殊性から5年間の猶予が認められ、2024年度から適用される。

 厚生労働省は1月11日の検討会に残業時間の上限案を提示。通常の医療機関の勤務医は、一般労働者と同じ年960時間(休日労働を含む)とする一方、救急などの地域医療を担う病院の勤務医は暫定的に年1900~2000時間とした。医師不足の解消が見込まれる35年度までの特例だ。研修医らについても別に定める。

 残業時間の制限と合わせて、連続勤務時間は28時間までとし、勤務から勤務まで9時間のインターバル(間隔)を空ける規制も提案されている。