◇やまなしの平成 <15>医師不足が深刻化

2019.01.17

◇やまなしの平成 <15>医師不足が深刻化
2019.01.14 山梨日日新聞 


  

派遣打ち切りで窮地に       

「1人だけでも。何とか派遣をお願いできないでしょうか」。2004年9月、東京医大から派遣されていた医師11人が一斉に引き揚げた大月市立中央病院。当時、病院の事務長を務めていた男性(73)は医師確保のため、東京都内の大学病院を何度も訪ね、幹部に頭を下げたことを今も鮮明に覚えている。

 新人医師が2年間の研修先を自由に選べる臨床研修制度が始まった04年、大月市は上野原町立病院長だった江口英雄(現上野原市長)を院長に迎え、病院の「改革」に乗り出した。医師派遣を特定の学閥に頼らず、医療現場の活性化や医療サービスの充実を図ることが目的とされ、医師派遣元だった東京医大が推薦した後任院長の派遣を断った。医師の一斉引き揚げは「東京医大から院長を迎える」という、40年以上続く慣例を断ち切ったことも影響したとみられている。

 同医大からの派遣打ち切りを受け、03年に22人いた常勤医は04年には8人まで減少。患者離れも深刻化した。入院患者の受け入れや外来の診療日数が減ったことにより、04年の入院・外来患者数は前年より5万人減少。03年に296万7千円だった市の赤字補填額は、04年には4億5885万4千円に膨れ上がった。

 事務長を務めていた男性は、都内の大学病院などへ医師派遣の要望を続けたが、結局確保にはつながらなかった。「臨床研修制度があることを理由に断られ続けた。『制度さえなければ』と思ったことは何度もあった」と男性。同病院は深刻な医師不足に直面し、市は1年たらずで改革を断念。新たに東京女子医大と提携し、医師派遣を受けることになった。

 その後、新病棟建設、入院しながら在宅復帰に向けた支援が受けられる「地域包括ケア病棟」の新設など経営改善に取り組んだが、常勤医は6~13人で推移。市の赤字補填額は16年度には5億5千万円まで増加し、市の財政悪化の大きな要因となっている。市職員の一人は言う。「結果論になるが、東京医大から院長を迎える慣例を断ち切らなければ、病院経営は今よりは良かったはずだ」

 病院は来年度から地方独立行政法人に移行し、県内で初めて職員を公務員として扱わない「非公務員型」を取り入れる。「経験や年齢で優遇される公務員の給与体系ではなく、実力で給与を支払うことができ、常勤医の確保につながる」。院長の佐藤二郎(65)はメリットを強調する。

 独法化によって病院の裁量権が拡大される一方、これまで経営を支えてきた市からの繰入金は減少する。中期目標を策定し、定期的にチェックするなど今まで以上に経営努力が求められる。

 指定管理者制度を導入した甲州市立勝沼病院や山梨市立牧丘病院など、医師不足などによる経営悪化から、経営形態を見直す自治体病院は相次いでいる。経営改善を図り、地域医療を安定的に提供することができるのか。大月市立中央病院の新たな「改革」が始まる。〈市川和貴〉


「地域枠」で若手を確保

「今日は、あらためて地域枠の趣旨を説明したいと思います」。昨年12月上旬、山梨大医学部で開かれたキャリア形成面談。県と同大でつくる県地域医療支援センターの担当者が、「地域枠」で入学した5年生の進路相談に応じた。「面談は山梨で働く年限を守ってもらうよう、あらためて確認する場」。山梨大地域医療学講座教授で同センター長の佐藤弥(61)は面談の目的について、1人でも多い医師の県内定着につなげたいとの思いを明かす。

 「それまで卒業生100人のうち6割が大学の医局に残っていたが、新制度によって半減した」。佐藤は2004年に始まった臨床研修制度を医師不足の直接的な要因に挙げる。新制度によって、新人医師が2年間学ぶ研修先を自由に選べるようになると、診療機会に恵まれ、最先端医療を学べる都市部の病院に研修医が集中。「地方の病院に医師を出したくても医局に人がいない」(佐藤)状況となり、地域病院からの医師引き揚げにつながった。

 こうした事態を受け、国は08年、抑制していた医師養成方針を転換。地元勤務を条件に都道府県が奨学金を貸与する「地域枠」を設ける医学部に限り、定員増を認めた。山梨大医学部は15年度までに地域枠を含む定員を100人から125人に増やし、地域医療を担う医師養成を進める。

 地域枠の設置などによって近年、卒業後県内にとどまる研修医は50~60人で推移。今年は70人を確保し、募集枠に対する充足率(95・9%)は全国トップとなった。県内医師数も増加傾向が続くが、「問題は医師の地域的な偏りと診療科の偏りにある」と佐藤。「大きな病院がある甲府市中心部や中央市では医師不足感は小さいが、県東部や峡南、峡北などの地域、特定の診療科では医師が足りないという実感がある」

 県は医師の地域的な偏りの解消のため、15年度から、地域枠の条件に一定期間知事の指定病院で働くことを加えた。一方、外科、産科、麻酔科、総合診療科の後期研修を県内病院で受ける医師に対し、特定の医療機関に勤務することを条件に研修資金を貸与し、診療科の偏りの解消にも取り組む。中でも医師不足が深刻な産婦人科は、県統一の後期研修プログラムを作り、受講者に年60万円の奨学金を交付するなど医師確保に力を入れる。

 佐藤は言う。「地域枠スタートから10年がたち、研修を終えた医師が少しずつ外に出始めたが、まだ独り立ちは難しい。地方の病院に医師を派遣する体制は十分ではなく、ニーズに応じ切れていない」。地域医療を支える医師養成と派遣の“司令塔”として、医師の偏在解消に向けた模索は続く。

〈山本久美子〉

(いずれも敬称略)


地域医療維持へ経営統合     

 2008年6月、鰍沢町(現富士川町)の南巨摩合同庁舎に、市川三郷、増穂、鰍沢、早川、身延、南部の6町長と西八代郡と南巨摩郡の医師会長、市川三郷町立、社会保険鰍沢、身延町早川町組合立飯富の各病院長らが顔を合わせた。公立病院の再編・ネットワーク化を協議する峡南地域保健医療推進委員会の初会合。「地域医療を立て直したい。その一心だった」。市川三郷町立病院長として協議に参加した河野哲夫(60)は当時の心境をこう振り返る。

 発端は07年、総務省が公立病院の経営健全化のため策定した公立病院改革ガイドライン。厳しい経営が続いている病院に対し、病床削減や診療所への転換などの見直し、病院連携や統廃合を含めた再編が求められた。県内では、地域医療の核となる鰍沢、市川三郷町立の両病院が赤字経営に陥っていた峡南地域で、再編論議が浮上した。

 山梨大から医師の派遣を受ける両病院は、04年に始まった臨床研修制度の影響で医師不足が深刻化。市川三郷町立は02年に16人いた常勤医が08年には8人に半減し、小児科の休診を余儀なくされた。鰍沢も常勤医の減少で内科の入院患者を受け入れられなくなり、累積赤字は膨らんだ。両病院は医師不足で救急患者を受け入れられないケースも相次ぎ、峡南地域の2次救急患者の約3割が別の地域に搬送されるなど、救急医療体制にも支障が出た。

 委員会などの検討を経て14年4月、両病院は経営統合の道を選び、新たに峡南医療センター企業団が運営する富士川病院、市川三郷病院となった。企業団経営管理局長の中村徹(75)は「統合によって医師や看護師が両病院を移動して外来診療や当直を担当するなど、柔軟な人事移動や配置が可能になった」と話す。

 医師や看護師を集約し、医療体制の充実を図ることで、山梨大が医師を派遣しやすい環境整備を目指したが、現在、市川三郷町立の常勤医は4人(統合時8人)、富士川が13人(同12人)と問題は解消していない。病床稼働率も17年度、市川三郷が26・2%、富士川も63・5%にとどまっている。老朽化から建て替えが検討されている市川三郷は、現状の90床から30床へと規模が縮小される見通しだ。

 「人口が減少し外来患者が減る中で、診療報酬はマイナス改定、近く消費税増税もある。職員に対しては働き方改革やワークライフバランスも求められる。医療を取り巻く環境は厳しく、経営的にはつらい」。中村は苦悩の表情を浮かべる。

 今後もさらに加速する過疎化、高齢化による人口減少に地方の公立病院はどう対応していくのか。飯富病院名誉院長の長田忠孝(74)は、病院と診療所が連携して在宅医療に取り組む必要性を指摘。「住民の最も近くにある地域の病院だからこそ、人生の最期まできちっと住民に寄り添うべきだ」。病気を治すだけではない医師の役割に、公立病院存続の活路があると信じている。〈山本久美子〉



来年度から地方独立行政法人に移行し、経営改善を図る大月市立中央病院=大月市大月町花咲


医師引き揚げ後の診療について会見する大月市長の西室覚(左、当時)と同市立中央病院長だった江口英雄(中央、現上野原市長)=大月市役所(2004年9月)



県地域医療支援センターの担当者が「地域枠」の学生の進路相談に応じる面談=中央・山梨大医学部


公立病院の再編・ネットワーク化について協議した峡南地域保健医療推進委員会=富士川町鰍沢(2008年6月)


公立病院の経営の実情について語る中村徹=富士川病院


 「やまなしの平成」の次回は2月11日に掲載します。この企画へのご意見や感想を、山梨日日新聞の公式フェイスブック(FB)やメール(kikaku@sannichi.co.jp)でお寄せください。