財務省で 八田信二先生が講演したときの記録です

2018.12.20



財務省で 八田信二先生が講演したときの記録です
日本ヘルスケアー役員協会で 私と共同代表の 久保利英明弁護士 を尊敬くださっております

八田進二先生には 季刊 「監事」に「シリーズ 監事監査について考える」連載をお引き受けいただきました

本稿とともに 監事 理事 評議員 公認会計士の
方々に ぜひお読みいただきたいと思います


  来るべき2019年が ガバナンス 維新の年となることを 期待します

    公認会計士  長  隆

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講師

八田 進二 氏

(青山学院大学名誉教授/大原大学院大学教授)

私が尊敬する弁護士に、久保利英明というとても有名な方がいらっしゃいます。私は久保利さんと研究会等でよくご一緒するのですが、久保利さんは「いま世界では、一人一人がテレビ局を持っているのだよ。」とおっしゃいます。SNSのことです。いつでも好きな時に世の中にメッセージを発することができる。動画も発信できる。したがって、自分以外の人が知ってしまったことは必ず漏れる、社会に発信される、これは昔ならありえないことです。


演題

ガバナンス改革と公務員倫理

1.はじめに

みなさんこんにちは。八田でございます。

私は市ヶ谷の研修所時代から皆さんの研修に長く携わってきましたが、大学では、平成15年から日本でも始まりました専門職大学院の会計専門職大学院、青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科においてずっと「職業倫理」という必修科目を担当してまいりました。

この3月に青山学院大学を離れた後、4月からは、専門学校を中心に展開する大原学園が2006年に設立した会計専門職大学院において、同様に、職業倫理を教えています。

今日の日本で、ある一定年齢以上の世代に欠けているのは、センシティブな意識、気付きの気持ち、あるいは我々の専門的な立場から申し上げると、職業人としての懐疑心、こういったものをあまり持ち合わせていないのではないかと感じています。つまり「これまでがこうだったから、こうなるでしょ。」「従来は許されたのだから、これで文句あるんですか。」という態度、まさに前例踏襲です。

そして、それに対して何らの疑問も持たない、仮に持ったとしても先例重視という形で、先輩がやってきたことを後輩としておかしいとは言えない。こうして同じ道を歩もうとしているわけですが、実は組織の中は変わっていなくとも、取り巻く環境は劇的に変わってきているのです。それどころか、我々一般人の価値観も倫理観も国際感覚も劇的に変わってきているのです。一番変わったのはITの世界です。

私が尊敬する弁護士に、久保利英明というとても有名な方がいらっしゃいます。私は久保利さんと研究会等でよくご一緒するのですが、久保利さんは「いま世界では、一人一人がテレビ局を持っているのだよ。」とおっしゃいます。SNSのことです。いつでも好きな時に世の中にメッセージを発することができる。動画も発信できる。したがって、自分以外の人が知ってしまったことは必ず漏れる、社会に発信される、これは昔ならありえないことです。

私たちは、考え方、気付き、国際的な動向、こういったものの変化に敏感である必要があるのです。近年、コンビニをはじめ、様々な場所で外国人を見かけます。インバウンドの取り組みも盛んです。日本ではとうの昔に国際化が始まっているのです。ということは「日本人による、日本人だけの規律付けや約束事」ではもはや通用しないのです。こういった変化を踏まえて行動しなければならないのです。

本日の私の話のキーワードは「常に懐疑的であれ」です。疑い深く猜疑心を持て、というのとは違います。懐疑的というのは「先入観を持ってことに当たってはならない」「自分の中で大丈夫だな、と自問自答して最後の結論を導き出す」ということです。こういう態度が求められており、これがベースとなって倫理という問題も説明できるのです。

本日のテーマは「ガバナンス改革と公務員倫理」というもので、一見すると脈絡のない言葉が並んでいるように見えますが、私は、同じ意味、同じことの見方の違いだと考えており、その方向で話を進めてまいります。

2.近時のガバナンス改革の議論

巷では、ガバナンスという言葉をよく耳にします。最初はコーポレートガバナンスという言葉から始まりました。今では、コーポレート、つまり会社とか企業という言葉を取り払って、ただガバナンスという言葉を使っています。私が知る限り、日本では20世紀までは公文書にカタカナ文字を使ってはならないとされ、必ず日本語に置き換えていました。しかし、いつの頃からか、怒涛のようにカタカナ文字が氾濫するようになりました。ガバナンス、コンプライアンス、スチュワードシップ等々です。

ガバナンスは「統治」とか「統制」と訳されますが、本来は「目的を定めて、そちらの方向に導いていく」という意味があるのです。

組織や事業体がその与えられたミッションを違うことなく、本当にそちらの方向に向かって皆一丸となって業務を進めていく、その一連の流れをガバナンスというのです。そういうことであれば、上場企業だけではなくて、あらゆる組織・事業体に適用することができるのです。ガバナンス改革の議論は、最初は上場している営利企業を対象としたものでしたが、そうではなくなってきました。独立行政法人、国、地方自治体、これら全てが対象となり、こうしたところが健全な制度対応をすることが求められ、ガバナンスの議論が高まっていくようになったのです。

ガバナンス改革のコアとなるところには「内部統制」、いわゆる内部管理体制があります。ガバナンスを集合の円で描くと、外せないヘソの部分が内部統制なのです。では内部統制について誰が対応するのかを考えるときに、内部統制の仕組みがちゃんとうまくいっているかどうかをチェックする番人が、例えば会社の場合では監査役とかあるいは非営利組織では監事であり、こういった人たちが非常に重要であると言われているのです。

不祥事とか不正とか非効率とか不適切な行為が行われている場合には、組織がうまく機能していないのではないか、あるいは組織全体の意思疎通が図られていないのではないか、ということでガバナンスがうまくいっていないと批判を受ける。

そこでガバナンスを見直すべきだという議論がつい最近、21世紀に入って世の中で起きてきてこれが一般にも浸透していったのです。

これにはどんな背景があるかというと、安倍政権下において日本の経済や社会をもっと元気付けなければいけないということで、コーポレートガバナンス・コードが制定されました。これは上場会社向けの規律付けです。「活力ある会社となるために、このような対応をしてください。こんな取り組みをしてください。」ということです。

3.国際化の中での原則主義

でも受ける側からすると、組織の規模も歴史も違うのに一律の規制などできるわけがないと思うのが通例です。そこで、こうした規律付けを要求する場合の裏返しとして、いわゆる原則主義的な考え方が採用されました。国際標準的な考え方、グローバルスタンダードというものの適用に際して用いる理念はこの原則主義という考え方、Principles based、というものです。

では、日本の一般的な規律はどうかというと、事細かに規則を定めるというスタンスです。ダメだと書いてあることは認められないが、そこに書いてないことは認められるということです。これは規則主義、Rules based、というものです。

必ずしも日本の全ての組織がいつでも規則主義であったわけではありません。私は古い時代は、日本は原則主義であったと考えています。かつては、一を聞いて百を知る、あるいは、阿吽の呼吸とか以心伝心ということで、あまり言わなくても皆が同じように理解をし、問題を起こさなかった。逆に、今の方が規則主義に近づいているのではないかとさえ思われます。

この原則主義ですが、言葉を変えて言うなら、「このルールは守ってください。けれども、守ることがかえって問題を起こす、今の状態では守り切れない、ということなら、その理由を説明しなさい。」ということになります。「遵守せよ、さもなくば、説明せよ」(Comply or Explain)ということです。

これは古き良きイギリスの考え方であると言われていますが、文化的な背景を考えると、日本に適した考え方だと思います。

この原則主義的な考え方が様々なところで受け入れられるようになってきたのがこの数年間の動きです。

日本のコーポレートガバナンス・コードも「Comply or Explain」の考え方に立っています。これが声高に言われるようになったのは、営利企業の会計基準として、21世紀に入り世界に広がりつつある国際会計基準であり、そこでの理念が原則主義なのです。世界には190を超える国があって、全部一律のルールに従え、というのでは無理があります。それぞれの国が持っている法的な仕組みや細かい基準と全く相容れないものを直ちに適用せよ、というのは無理なので、例えば、途上国としては、まだそこまでの実力がないので、ここまでの取り決めは守ることができるが、そこから先についてはまだ猶予が欲しい、という説明をすればいいわけです。つまり、説明責任を果たせばよい、ということからこの原則主義と並んで重要なキーワードである「説明責任(Accountability)」もよく使われるようになりました。

原則主義という考え方は大本に関わることしか書いていない、あとは各自がそれぞれの実態に合わせながら裁量の中でやっていけばいいということです。このように説明すると、かつて、国際会計基準に反対する学者らは「細かく決められた従来の会計基準があっても会社は正しい会計処理を採用していない。いわんや裁量の幅があって大本に関わることしか書いていないというのであれば、各社各様が自由に適用することで、却って、不正や粉飾がやりたい放題になる。」と批判しました。

でも原則主義にはその前提があるのです。それは「大人社会の決め事」だということです。百まで言わなくても分かるでしょう、ということです。規則主義というのは私に言わせると「お子様レベル」の約束なのです。

原則主義というのは大人の決め事です。大人というのは理性を持ち、知性があり、そして自ら判断できる。ということは、一定以上の専門知識と理論を身に付け、加えてそれなりの誠実性、倫理観がある、そういった人間をベースに原則主義を考えているということです。

4.内部統制の最前線

ガバナンスの中核となる内部統制について簡単にお話ししておきます。

内部統制が声高に議論されるようになったのは2007年に金融商品取引法で、上場会社に対して、内部統制という自らの組織の内部管理体制を自分で評価してその結果を報告書に記載し、決算書を監査している監査法人に監査してもらいなさいという内部統制報告制度が始まったためです。これを受けて、日本でもこぞって内部統制の議論が始まったのです。

金融庁は、内部統制の制度を構築するため、まずは内部統制の基本的な考え方を中心に基準作りを行うことが必要だとして、企業会計審議会内部統制部会を設置し、私が部会長を拝命しました。2005年から2年間、これらの問題に取り組み、2007年にその内容を公表するに至りましたが、当時は「組織の締め付けが厳しくなる、息苦しい環境が求められている」等々の批判を受けました。

内部統制報告制度はもともと不特定多数の投資家を前提とした上場会社を対象にした取り決めでした。しかし、ガバナンスの議論が起きて以降、内部統制の議論はありとあらゆる組織体において必要だということで、その後関連法規がどんどん改正され、会社法や独立行政法人通則法、地方自治法などにも内部統制関連規定が盛り込まれるようになったのです。

これはあくまで組織の自治の世界に任されているものですから、その責任者たる経営者の不正に対しては必ずしも100%機能するものではありません。しかし、トップの号令のもと、良い組織を目指した取り組みを進めていけば、おのずからその規制をトップも受けることになり、トップも高い内部統制感覚を持つようになるだろう、と私は信じています。

2007年の基準書において、内部統制とは何か、という共通の土俵を提供すべく、おおまかな定義が示されました。これは、遡ること15年ほど前の1992年に米国で議論された内容をほとんど受け入れる形で採用したものです。しかし、15年ほど時間が経過していましたので、最新の動向の中でいくつか見直さなければならない点があり、また米国の企業社会と日本の企業社会とはずいぶん違うことも踏まえ、アップデートと国内対応を図りました。

5.内部統制の定義、目的、基本的要素

(1)内部統制の定義

内部統制の定義については、

・業務が有効かつ効率的に行われること

・財務報告が信頼できるものとして担保されること

・事業活動に関わる法令等の遵守、つまりコンプライアンスが適切に果たされていること

・資産の保全が図られていること

これら4つの目的が達成されているとの合理的な保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内のすべての者によって遂行されるプロセスだという考え方を示しました。

そして内部統制を構築し、それを運用していくための要素として6つのものを示しました。

・統制環境

・リスクの評価と対応

・統制活動

・情報と伝達

・モニタリング(監視活動)

・IT(情報技術)への対応

の6つです。

(2)内部統制の目的

内部統制の4つの目的はいずれの事業体であっても落とせないものです。

1点目、まずその組織が行う業務が有効かつ効率的に行われていること。まさに経営管理そのものです。

2点目、そこで作られる報告諸表、とりわけ会計数値を伴う財務報告に信頼がなければならないということ。

実はベースとなった米国の内部統制については、2013年に大幅に改定が行われました。改定後の米国では内部統制の目的は「業務目的」「報告目的」「遵守目的」の3つで捉えて理解すべきだ、となっています。つまり、会計数値だけが対象というわけではないということです。日本で最近問題になったデータの改ざんや文書の書き直し、これは絶対やってはいけないということなのです。

3点目、いわゆるコンプライアンス、法令等を遵守せよ、ということです。

4点目、これは私のたっての願いで盛り込まれたのですが、資産の保全という考えです。日本は知財立国、無形資産を数多く持っています。これをちゃんと守ることで国力を高めていく、そうしないと他国がどんどん特許を取ってしまいます。自ら作り出したノウハウ、こうしたものをきちんと守らなければならない、という意味で資産の保全を目的に入れてもらったのです。

この4つの目的は、外すことができない目的であって、これ以外に目的があっても構わないのです。つまりその組織が健全に有効に業務を遂行していくため、もっとほかの目的を掲げても問題ありません。

(3)内部統制の基本的要素

では、そういう組織であるためには、どんな内部統制の要素が必要なのか、ということでここに6つの要素を掲げました。

1点目、「統制環境」です。これは非常に抽象的な言葉ですが、簡単に言いますと、組織の気風を決定するトップの意識、考え方、姿勢、経営者の倫理観、こういったものです。内部統制の生命線であることから、他の基本的要素の基礎になるものです。

巷で不祥事とか、上位レベルの人が責任を問われるケースでは、この統制環境と呼ばれる、経営者の姿勢、経営戦略、経営方針、つまり経営者の考え、ここに陰りがあった場合に不祥事が生じるのです。

2点目、「リスクの評価と対応」です。事業を取り巻くリスクがどこにあって、それに対してどのように対応していくのか、ということです。これは経営にとって当たり前のことです。

3点目、「統制活動」です。これは決めごとです。組織の中で権限と責任を明確化するか、あるいは組織図を書く、ということです。こういったことは、日本人は得意です。

4点目、「情報と伝達」です。これはInformationとCommunicationという2つの要素を組み合わせています。これは正しい情報が適時適切に作成され、そして自由に上下の間でCommunicateされる、こういう状況が必要だということです。真実な情報が常に作成され、風通しが良い環境の中で、業務が行われているということです。

日本で起こる不祥事は大体において内部統制上の問題が指摘されることが多いのですが、その原因は2つあり、1点目は統制環境、すなわち経営トップがおかしいという問題、それから2点目は情報が正しく作られていない、あるいは正しく作られていてもどこかで遮断されてしまうこと、すなわち、わざわざ現場で声を上げたけれども、途中で封印されてしまう、上司が部下に命令するが、それが下に伝わっていかない、こういう問題です。

不祥事が発生した時の記者会見で、マスコミから「それをいつ知ったのですか?」と問われて、社長が「実は今日です。」と答えると、横にいた専務が「私は1か月前から知っていました。」となる。全然情報が共有できていない。

正しい情報が共有できていなければならない、そのためには風通しの良い環境が大事です。特に最近では内部の情報だけではなくてホットライン、内部通報等多様なチャンネルを作っておかなければなりません。公益通報者保護法では、告発者を守って、不正を告発しやすい環境を整えています。

必要な情報がなかなか伝わってこない、そして、ことが起こって大問題となって初めて責任ある立場の人が情報を知るのです。昔なら「事件は末端で起こったのだからトップが知らないのも無理はない」と許されましたが、今の社会はそれを許さない。

20世紀末にわが国では金融機関の破たんが相次ぎましたし、米国でも21世紀初めにエンロン事件やワールドコム事件が発生し、責任者が法廷や国会等に呼ばれました。

責任者が法廷や国会等で質問に答えるとき「知らなかった」と答えることがありますが、この「知らなかった」には2つの意味があります。「本当は知っていたが、知らなかった」と嘘を言う場合と、本当に知らない場合です。

昔なら、本当に知らない場合には、現場の関係者だけを処分して、上の幹部は生き延びたのです。いわゆるトカゲの尻尾切りです。でも今は、それは許されません。

法廷でも「社長、知らないのですか。それでよく社長をやっていますね。」ということになります。人間の体でいうと、社長は頭脳です。足が凍傷に罹っていることに脳は気付かないのですか、神経系統がマヒしているのではないですか、ということになるのです。まさに内部統制は神経系統なのです。それがうまくいっていないから気が付かないのです。したがって、トップに立つ人は「聞いていない」とか「知らない」という言葉を絶対に使ってはいけない、ということに米国でもなったのです。

ただ、内部統制という仕組みをちゃんと作っていても、組織を乱す異分子はいます。この場合にはトップの責任は問えません。でも、ちゃんと内部統制対応をしておきなさいと言われていたにもかかわらず、それをしていなかったらあなたの首が飛びますよ、というのが内部統制の原点なのです。その意味で、まさに内部統制は、経営トップの身を守る制度だと言えます。

5点目、「モニタリング」で、独立的にチェックをすることです。

6点目、「ITへの対応」です。発展するIT環境に対しては常に留意していなければなりません。今の時代では当たり前のことです。

6.我が国のコーポレートガバナンス上の課題

こういった内部統制は、金融商品取引法ではもともと会計の信頼性を高めようとする流れから入りました。しかし、組織の信頼を高めるには何も会計だけではないだろうということで、もっと広がりを持って議論されてきているのです。

私がガバナンスとか内部統制に関心を持っている理由ですが、それは、私の専門である公認会計士監査と密接な関係があるからです。監査は粉飾などの不正がない正しい財務情報が発信されることを保証しなくてはなりません。ただ、会計や監査がどんなに頑張っても、それは企業活動の後追いなのです。企業が商売をした、取引をした、そしてその会計処理が正しいかどうかをチェックしようとしても、経営者、企業の従業員等の行った不当・不正な行為がスタートの段階で隠蔽され、組織ぐるみで隠されてしまうと、そのあとではどんなに調べてもよく分からないのです。やはり元のところにメスを入れなければならない。

巷で起きている不祥事や不正、あるいは社会の信頼を裏切る出来事はみな同じではないか、ということに気が付いたのです。それはすべて開示不正、ディスクロージャー不正なのです。端的なものは粉飾です。最近でも食品の偽装表示、データ改ざん等々数多くの不正がありました。つまり会計不正と同様に、正しい情報を発信していない、読み手を騙している、裏切っているのです。今日の貨幣経済においては、貨幣計算の結果は極めて重要なのですが、お金のことを言うとレベルが低いとか、そんなものは学問ではない、と捉える風潮があります。このように日本では会計に対する理解度、認知度、支援度が極めて脆弱なため、それらを払拭して、国を挙げての教育・啓発と支援体制を強化することが必要なのです。

7.公務員に求められる倫理

こういった中で公務員はどういう姿勢で行動ないし対応していくことが求められるのでしょうか。

冒頭に申し上げたように、私は「職業倫理」という科目を教えていますが、ここで言う職業というのはプロフェッショナルの業務のことです。プロであるがゆえに一般の人よりも高度な倫理観あるいは高いレベルの誠実性を具備しなければなりません。それはなぜでしょうか。

(1)プロフェッション(専門職)の意味

プロフェッション(専門職)というのはどういうことを指すのかと言えば、7つの要件を満たすことが必要です。

1点目は専門知識があること、2点目は正式な教育課程を経てそのメンバーになって業務を担っていること、3点目は団体に入会する基準があること、4点目は倫理規程を持っていること、5点目は免許状もしくは特別の称号によりその地位が認められていること、6点目は行う業務に対して公共の利益が存すること、7点目は所属メンバーがその社会的責任を認識していること、以上の7つです。

このように考えてみると、最も伝統的なプロフェッションは欧州では医師、弁護士、牧師です。日本では「士」という言葉が付く職業、税理士、公認会計士、司法書士等々あります。これらはプロフェッションと呼ばれてもそう大きな間違いはありません。

私は公務員もこうしたプロフェッションとしての要件を満たしているのではないかと考えています。

(2)職業倫理の「理論」「制度」「実践」

そこで、プロフェッションである公務員に求められる職業倫理の枠組みを考えるに当たっては、職業倫理を

・規範倫理学や論理学などの「理論としての職業倫理」

・国家公務員倫理法などの「制度としての職業倫理」

・職場でのOJTやケーススタディ、継続研修などの「実践としての職業倫理」

の3つに分けてその相互の関連の中で考えていくことが大切だと考えます。職業倫理を理解するためには、この3つの間をぐるぐると巡っていき、必要があればそこに戻っていく必要があるのです。

ア.理論としての職業倫理

「理論としての職業倫理」について注意していただきたいのは、プロフェッショナリズム(専門職業意識)ということです。その職業を担ったものとして当然に持っていなければならない心意気、気概ないし矜持といったものです。少し細かく申し上げると、「各プロフェッションが保持すべき職業意識として、公共の利益を保護するために、独立的な職業専門家として、誠実性と高度な倫理観を備えて行動すること」です。プロフェッショナリズムに対峙するのが利益指向の営利主義に根差したコマーシャリズムですが、公務員の皆さんには、自分の地位など目先ばかり気にするコマーシャリズムとは違うプロフェッショナリズムを持っていただきたい。

イ.制度としての職業倫理

「制度としての職業倫理」は、皆さんよくご承知のように、国家公務員法、国家公務員倫理法、国家公務員倫理規程といったもので規定されている内容です。こういったものが制度としてあることを知るとともに、そこに盛られている趣旨等についても理解しておく必要があります。

ウ.実践としての職業倫理

最も大切なのは「実践としての職業倫理」だと考えています。公務員としての現場で得られた事例をもとに、個々人が自らの頭で実際に考え、ディスカッションを重ねることによって、職業倫理観を向上させることが重要です。具体的には、過去に見られた倫理違反事例から得られる教訓、及び、複数の倫理問題に対してどのような対応を講じることが最善なのかを、個々人が考えることが重要です。

(3)今問われている職業的懐疑心

この点に関してヒントになるのが会計監査人の監査の場合における「職業的懐疑心」、すなわち「疑う心(questioning mind)及び監査証拠の批判的評価」ということなのです。

こういったことを踏まえて、公務員の職業的懐疑心というものを考えてみると、

・前例踏襲主義に陥らない

・裁量の幅のある業務の場合におけるエビデンスを伴った説明責任(accountability)の履行

・自ら主体的に考えて的確な結論を導き出す

・本当に国民(関係当事者)の利益に適っているか(「国民目線」の導入)という視点を持つ

ということではないでしょうか。

加えて、グローバル化・国際化・情報化が進む環境下においては、以下の点に留意が必要になります。すなわち、「規則主義から原則主義へのパラダイムシフトが起きている」、「日本国民から見た倫理観だけでは十分でなく、国際的視点ないしは国際的な環境下での倫理観の保持・発揮が求められている」、「講じられた手続ないしは到達した結果に対して、透明性ある正当な手続(Due Process)の下でなされたものなのか、についての説明責任が求められている」といったものです。

(4)倫理に終わりはない

今後、「社会通念としての倫理観の高揚が予想されること」、「国際的な視点での倫理観について常に考慮する必要があること」、「公務員としての公的業務の遂行にとっての倫理観、公務員としての倫理観の意義について考えることが不可欠であること」、こうしたことを踏まえるならば、倫理には終わりはありません。一番困るのは、何か発生した場合、「それでは、今後、倫理観も高めます。」と倫理が逃げ口上として使われることです。倫理はプロフェッションに対する批判逃れの「駆け込み寺」であってはならないのです。

(5)新たな視点での「職業倫理」教育・研修

そこで、「職業倫理」を教育・研修するに当たっては、新たな視点が必要になってきます。

すなわち、

・「時点」から「継続」へ(常にブラッシュアップが必要)

・「覚える」から「考える」へ

・「国内」から「国際」へ

・「過去」から「将来・未来」へ

・「解がある」から「解がない」へ(グレーゾーンへの対応)

といった視点が必要になるということです。

そのためには、「最新の情報を踏まえて、倫理観の「感度」を磨く」、「日々発生する不祥事等を「対岸の火事」として等閑視せず、自身の業務ないし環境に置き換えて考察する習慣を身に付ける」、「日本の常識は世界の非常識、という視点を忘れない」、「社会が期待する倫理観は時代とともに変化することに留意する」といった姿勢が公務員に求められます。

こうしたことを身に付けるための研修スタイルとしては、座学中心の研修から、ケーススタディ、ディスカッション形式といった参加型の研修にすべきです。

日々の業務に対する誠実な姿勢こそが、公務員に対する倫理研修の原点であり、倫理上の最大のジレンマ、困難な課題は、関連企業等の誘惑や圧力等に屈することなく、公正かつ的確な判断及び業務を行うことができているかどうか、ということを常に自問自答することであるということを忘れないでください。

8.おわりに

職業倫理の原点は、自己の業務に関わる相手、国民の立場に立って、わが身を律することである、という視点を持ち続けることではないでしょうか。つまり、国民の信頼を確保するためにも、「疑わしきは避ける」という視点は、公共の利益(Public Interest)の保護を図る立場からも傾聴に値するものなのです。

ご清聴ありがとうございました。

講師略歴

八田 進二(はった しんじ)

青山学院大学名誉教授/大原大学院大学教授

1949年愛知県出身。博士(プロフェッショナル会計学・青山学院大学)。

慶應義塾大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了、慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。

駿河台大学経済学部教授、青山学院大学経営学部教授、同大学大学院会計プロフェッション研究科教授を経て、青山学院大学名誉教授。2018年4月、大原大学院大学会計研究科教授。他に、日本監査研究学会会長・日本内部統制研究学会会長・会計大学院協会理事長・金融庁企業会計審議会委員(内部統制部会長)等を歴任。

著書に「会計。道草、寄り道、回り道」、「会計のいま、監査のいま、そして内部統制のいま」、「公認会計士倫理読本」ほか多数。