土曜フォーカス2018 「地域医療」転換の時 団塊世代全員75歳以上

2018.09.25

◎土曜フォーカス2018 「地域医療」転換の時 団塊世代全員75歳以上「2025年問題」迫る 南山城村唯一の医師 「顔の見える関係」に比重
2018.09.22 京都新聞 


 団塊の世代が全員75歳以上の後期高齢者となり、医療と介護の需要が大きくなる「2025年問題」に向け、在宅医療の普及などに比重を置く「地域医療」への転換が進んでいる。最前線で訪問診療などを担当する若手医師の姿を通し、高齢化社会への向き合い方を考える。(鈴木雅人)


 血圧計や採血道具といった最小限の機器と薬を車に積み、早朝に診療所を出発した。「崩土注意」の看板が立つ曲がりくねった山道を上り、中腹の集会所に到着。京都府南山城村で唯一の診療所医師、竹澤健さん(41)は机に機器を置き、待ちわびた80代の女性5人に声を掛けた。「おはよう。変わりないか?」

 聴診器を当て、雑談で健康状態を探る。「もう畑はやってへんのか?」「やめた。体がかなんわ」。週4日、集会所での出張診察と歩いて行けない人への訪問診療を行う。出張診察は50人、訪問で70人を2週間で一巡する。住民の2人に1人が65歳以上の村だけに、患者の大半は80代だ。

 病気の完治を追究する研究室から、高齢の在宅患者の健康状態に目を配る地域医療に転身して、6年になる。米国の大学で肺がん研究の第一人者の下で研究に没頭していたさなか、父の病態が急変。村の医師は2000年代には父だけになっていた。電話で切々と後を継ぐよう訴えた村長をはじめ、「無医村になってしまう」という住民の危機感も転身を後押しした。

 医療機器に恵まれた大病院の経験しかなく、当初は「診療所でできることはほとんどない」と戸惑った。しかし地域を回るうち、患者と語り合うことの方が意味があると強く思うようになった。「顔の見える」関係を築き、患者の変化をいち早くとらえて専門医へつなぐかかりつけ医の役割に徹している。

 耳の聞こえにくい患者には隣に座って肩を抱き、耳元に顔を近づけて診る。文字通り、患者に寄り添おうとする。膝が痛いと外出を嫌がる人を、「寝たきりになったら嫌やろ」と診察中に外へ連れ出し、散歩をともにすることもある。

 国は病院の療養用のベッド数を減らし、高齢者が自宅で簡易な治療を受けながら、やがて家族にみとられて一生を終える医療の姿を描く。しかし、多くの患者は完治を求め、病院の高度な専門医療を望む。

 自宅で診察を受けた伊藤ミサ子さん(89)は、腹部をさすり、「手術をしたって治らへん。この年になって心残りは何もない」とつぶやいた。竹澤さんは「そうやな。治らへんな」と優しくうなずいた。

 医師なら「頑張りましょう」と励ますと想像した記者に、帰路の車中で竹澤さんが答えた。「年を取れば身体と内臓の機能は衰え、誰もがいつか死ぬ。患者を納得させず、注文通りに医療や投薬を行うのは、医師が楽をしているだけだ」

 多くの患者が望む自宅でのみとりも広がらない。症状の厳しさや家族の事情で自宅が難しいケースはあるが、国の意識調査では半数が、そもそもどこで最期を迎えたいかを家族と話し合ったことがなかった。

 「希望を家族と共有していなければ死後にかなうはずがなく、『死』をタブーにしてはいけない」。患者と常に寄り添っているからこそ、最期に向けた話は本人や家族に重みを持つ。竹澤さんは「少子高齢化の先進地」と言える南山城村で、老いと向き合う覚悟を問い掛ける。

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医療機関や医師の数が人口あたりで全国トップクラスの京都市にあっても、地域医療の役割は今後重みを増す。都市部ならではの高齢化の現状に向き合い、若手医師が模索している。(鈴木雅人)


 「3カ所の腫瘍がかなり痛むのではないか」。京都市西京区のクリニック。訪問診療を終えて戻ってきた院長で医師の守上佳樹さん(38)や看護師らが、この日診た13人について報告する会議に臨んだ。症状や薬の処方にとどまらない。「右手がしびれて家の鍵を開けられなかった」などと、暮らしぶりの細部におよんだ。

 昨年4月に開業した「よしき往診クリニック」は、看護師や薬剤師、事務担当者ら医師以外の常勤スタッフが中心となり、クリニックでは珍しい朝夕2回の会議を開き、患者情報の共有を徹底する。守上さんや非常勤医師17人が夜間や休日の急な往診をする際、診たことのない患者の診療経過や生活状況を伝える。

 医師のトップダウンが一般的な中で、「裏方」とされがちな職種が主導する。守上さんは24時間対応が可能な地域医療の新しいかたちを模索する。「高齢化で患者が増える中で、1人のドクターというよりはチームで臨まないと、対応は難しくなる」とみる。

 都市部である京都市の高齢化率は28%。5割に迫る京都府南山城村のような過疎地と比べ、数字上は進展は緩やかだ。ただ、団塊世代が全員75歳以上の後期高齢者となる2025年、推計では同市の後期高齢者は27万5千人にも上る。

 80代と90代の女性が2人でエレベーターのない5階で暮らす。入居開始から40年を超え、都市部の高齢化を先取りしたような同区の洛西ニュータウンを訪れるたび、「通院が難しく、医師が自宅まで行くことを必要とされる時代が来た」と守上さんは実感する。

 自宅で老衰などで亡くなっても警察が異状死として事件性の有無を調べざるを得ない問題が、とくに在宅医の手薄な都市部で懸念されている。遺体は検視され、近所に聞き込みが行われることもある。在宅医らが駆け付け、死亡診断書を書けば避けられる。「悲しい扱いをされることを防ぎたい」。守上さんは病院勤務医のころ、家族から連絡を受けても物理的に行けず、歯がゆい思いをした。

 病院や大学医学部の中には、地域医療に身を投じた医師を「キャリアを終え、野に下った」と、低くみる人もいまだにいるという。しかし病院で「自宅でリハビリを」と伝えても、自宅は段差が多く危険であったり、薬を処方しても実際は自宅に大量に余っている。診察室から見えない患者の生活に、医療が高齢化とどう向き合うべきかのヒントがある。守上さんと同世代の医師たちはそう考え、クリニックに参加した。

 京都府立医科大の救急専門医、宮本雄気さん(31)は高齢者の救急搬送が増加する中で、同じ患者が再びけがや病状を悪化させて搬送されるケースを何度も経験した。クリニック開業から週1回勤務し、「適切に在宅医療が介入することで、患者にとって介護も含めた多職種による支援が必要だと分かり、再発を防げるのではないか」との思いを強くした。

 若手医師らが地域医療のあり方を探る動きは京滋に広がり、守上さんらは来月に勉強会を立ち上げる。西京区では薬剤師、管理栄養士らと病院や診療所、介護施設、薬局の枠を超えた連携も始めた。「在宅で医療を受ける高齢者にどんな支えが必要か、誰もまだ正解は分からない。多くの人と一緒に考えたい」と語る。