【第1特集 医学部&医者の大問題】--Part2 医者のキャリア&働き方--患者が来たら拒めない 女性差別の根本にある長時間労働が続く理由

2018.09.05

【第1特集 医学部&医者の大問題】--Part2 医者のキャリア&働き方--患者が来たら拒めない 女性差別の根本にある長時間労働が続く理由
2018.09.08 週刊東洋経済

【第1特集 医学部&医者の大問題】

Part2 医者のキャリア&働き方

患者が来たら拒めない 女性差別の根本にある長時間労働が続く理由

 「私立医大入試の2次試験ならともかく、1次試験まで女性差別されていたとは……。これは詐欺以外の何ものでもない」

 東京医科大学の不正入試問題を受け、医大受験時に東京医大を1次試験で落ちたという他医大の現役女子学生はそう憤る。

 今回明るみに出た東京医大入試における女性の一律減点問題。その背景には、出産・育児などで離職しがちな女性医師を大学側が敬遠したとの見方がある。日本女性外科医会代表世話人を務める東京女子医科大学の冨澤康子助教は、「本来なら女性が就労を継続できるよう支援すべき。そういう発想がない上層部がマネジメントしているから、入学させなければいいとの考えになる」と非難する。

 実際、女性医師の就業率は一般女性と同様、出産・育児のタイミングで一時的に落ち込む「M字カーブ」を描く。厚生労働省の資料によれば、医師になった直後は95%近い女性医師の就業率が、10年目近辺で7割台に落ち込む。

 「復帰するにしても、診療所などでのパートの医師がほとんど。それでは医師としてのスキルは伸びにくい」と、育児経験がある大学病院の女性医師は語る。

 救急科や外科など、急患が多い診療科では育児との両立は難しく、女性医師の多くが皮膚科や麻酔科、眼科といった急患が少ない診療科に集まるのが実情だ(左ページ上図)。

長時間働く人の割合は職種別で医師がトップ

 女性医師が常勤医を続けにくい背景には何があるのか。もちろん男性中心の職場で理解が進まず、柔軟な働き方にシフトしにくいとの声は多い。ただ根底には、長時間労働という医師の仕事そのものの構造的な問題がある。

 総務省「就業構造基本調査」によると、1週間の労働時間の実績が60時間を超える人は、雇用者全体が14%なのに対し、医師は41.8%に上る。これは職種別では最も高い割合だ。

 診療科別に平均時間外労働時間を見ると、長いのは急患が多い救急科や産婦人科など(左ページ下図)。女性医師が集まる眼科や皮膚科との時間外労働時間の差は顕著だ。

 さらに、こうした時間外労働に含まれない“隠れ残業”を指摘する声もある。勤務医の労働組合「全国医師ユニオン」の植山直人代表は、夜間の宿直の問題点について指摘する。

 「昭和20年代では宿直で救急医療を行うケースは少なく、労働時間と認められていなかった。ただ今では医療技術が進歩し、救急医療を行うケースが増え、通常業務を行っているのに、多くの病院ではまだ宿直扱いとして労働時間を認めていない」(植山氏)

 長時間労働の傾向は、一般的に市中病院よりも大学病院のほうが強いといわれる。「市中病院での医師の仕事は診療だけだが、大学病院は臨床、教育、研究すべてやる。しかも教授に上がる競争はすさまじく、論文の執筆などに手を抜けない」(大学病院医師)

 このような医師の長時間労働は、どうすれば解消できるのか。まず、そもそもの問題点として指摘されるのが、医師数の問題だ。

 前出の全国医師ユニオンの植山氏は、「日本での絶対的医師不足が長時間労働の一因」と強調する。

 経済協力開発機構(OECD)の調査によると、2015年における人口1000人当たり医師数は、OECD平均の3.2人に対し、日本は2.3人と少ない。植山氏は「1960年まではOECD平均との差は小さかった。せめて夜勤を交代制にできるよう、医師数を確保すべき」と語る。

 ただし、厚労省は医師不足を認めておらず、地域や診療科での医師偏在のほうを問題視する。日本医師会の松本吉郎常任理事も、「そもそも医師数は右肩上がりで増えている。さらに増やすと財政負担も増える。将来的に団塊世代の医療ニーズが減り、医師が余る可能性もある」と話す。立場によって見解が異なり、医師数増加による解決は見込みにくい状況だ。

一律で時間制限しにくい医師の仕事の「特殊性」

 ほかの業界と同様、医療界でも働き方改革が進められている。「夜勤の一部が自宅待機の体制に変わった」(大学病院勤務医)、「以前は宿直明けで働き続ける日も多かったが、最近は休めるようになった」(市中病院勤務医)など、各病院で具体的な取り組みが続く。

 ただ、強制力のある改革は進みにくい事情もある。国による働き方改革では一般企業の時間外労働に上限規制が課されたが、医師の部分は結論が先送りされた。背景にあるのは医師の「特殊性」だ。前出の松本氏はこう説明する。

 「医師の仕事は患者の生命に直結する。上限時間を定め、厳密に守ろうとすると、救急医が足りないなど地域医療崩壊につながる」

 日本医師会は7月に発表した意見書で、医師の時間外労働の上限は他の職業とは異なる形で特別に設定することを提言した。厚労省は18年度末までに結論をまとめる予定だが、医師に例外規定が認められれば、長時間労働の抜け道になる懸念もある。

 医師の一部業務を看護師や専門職に移す「タスクシフト」の必要性も叫ばれる。ただ、「看護師に業務を移すには、責任や安全性の問題など課題が多い」との声もあり、本格的な議論はこれからだ。

 さらに日本の医師法で定められる「応召義務」が長時間労働の温床と指摘する声もある。「医師は診察時間外に駆け込みで患者が来たら拒めない。これは先進国では日本特有。こうした問題をどうするか。患者の行動も含む社会全体の問題だ」(大学病院の女性医師)。

 東京医大の不正入試でクローズアップされた医師の働き方の問題。その解消には、大学や病院のトップ層の意識改革はもとより、医師と患者のあり方も含む大局的な議論が必要なことは間違いない。

(本誌:許斐健太)