【第1特集 官僚の掟】--財務省 「最強官庁」の劣化が止まらない--財政再建の大義を捨てた罪と罰

2018.06.20

【第1特集 官僚の掟】--財務省 「最強官庁」の劣化が止まらない--財政再建の大義を捨てた罪と罰
2018.06.23 週刊東洋経済


【第1特集 官僚の掟】

財務省 「最強官庁」の劣化が止まらない

財政再建の大義を捨てた罪と罰

 5月某日、新緑の色増す霞が関。財務省本省の2階の大臣室では麻生太郎財務相と財務省幹部が向き合っていた。

 「人事制度を変えたい。これまでの人事評価は職務遂行能力が点数配分の過半を占めていたが、この偏重が文書改ざんやセクハラなどの問題につながったのではないか。責任感や粘り強さ、倫理観への配分を増やしたい」。そう訴える財務省幹部に対し、麻生氏は「確かに職務遂行能力に半分以上の点数を与えるのは多すぎた。バランスを取るべきだ」と答えた。

 森友学園をめぐる公文書改ざんやセクハラ問題で、国税庁長官と事務次官の2トップが相次ぎ辞任した財務省。7月にも発表される幹部人事では、主計局長が事務次官に昇格する従来の路線を見直し、異例の起用で顔ぶれが刷新される(37ページコラム)。

 加えて、長期的な影響が大きいのが人事制度改革だ。東大法学部卒が多数を占める財務省は、その中でも優秀な人材が選抜されて、主計局畑を歩んで出世するのが常だ。「高く評価されるのは、族議員や各省庁と折衝し予算の合意をスムーズに演出する能力。IQが高く、要領のよい人が点数をもらえる」(財務省幹部)。

 財務省は能力主義への偏重が幹部らのバランス感覚を低下させ、一連の問題につながったと反省。今回の人事制度改革で、責任感や粘り強さ、倫理観などへの評価点の比率を上げることを目玉にする。

 同省幹部は、「幹部の刷新よりも地味だが、人事改革は財務省の文化や仕組みを大きく変えるもの。スキャンダルを機に危機感を持つ今しか実行できない」と語る。

官邸のバラマキに同調 一線を越えた

 財務省が能力主義への偏重に危機感を持ったのは、実は一連のスキャンダルだけが理由ではない。長らく続く消費増税苦闘の歴史の中で、第2次安倍晋三政権以降の財務省の凋落は著しい。官邸に増税のはしごを2度も外されただけでなく、昨秋決定した消費増税の使途変更(国の借金返済に充てる増収を一部、教育無償化に向ける)では、財務省幹部が自ら官邸のバラマキに手を貸し、越えてはならぬ一線を越えてしまった。

 「1000兆円もの先進国最悪の公的債務の存在こそが、財務省が最強官庁でない最大の証拠だ」。財務省職員はそろって自嘲ぎみに語る。財政赤字が抜き差しならぬ状況となり始めたのは1990年代後半のことだ。バブル崩壊後の税収・社会保険料の低迷と高齢化のダブルパンチで、医療保険財政が構造的な危機に陥った。97年に消費税率を3%から5%に引き上げたものの、これは所得税・個人住民税の先行減税との一体実施にすぎず、全体の税収は増えなかった。当時は、官僚7人の逮捕に発展した大蔵省接待汚職事件と省庁再編論議の真っただ中で、財務省の“元気度”は現在と同じような惨状だった(右図)。

 社会保障費の増加による財政構造の逼迫にどう対応するか。この21世紀の重要課題に対して最初に手を打ったのが、2000年に小渕恵三政権下で発足した「社会保障構造の在り方について考える有識者会議」だった。仕掛けたのは、主計官だった田中一穂氏(15年事務次官)らで、初の首相主宰の会議として、現在の経済財政諮問会議に続く流れを作った。

 この有識者会議では、02年に予定されていた医療保険改革に向けて議論が繰り広げられた。その後の森喜朗政権を経て、小泉純一郎政権が登場すると状況は加速。02年度の診療報酬(本体)を史上初のマイナス改定に持ち込み、医療保険制度改革では被用者健保の本人負担を2割から3割に引き上げた。診療報酬(本体)は06年度もマイナス改定となった。一連の改革では、官邸内で財務省の丹呉泰健氏(09年事務次官)が首相秘書官として立ち回っていた。

 「小泉政権の頃は、官邸主導でトップダウンと言いつつも、財務省などがすべて取り仕切ったうえで首相に発言させていた。首相発言で官僚が初めて事情を知り、財務省が慌てふためく現在とは違う」と当時の内閣官房関係者は語る。

 小泉改革後、医師不足による地域医療崩壊やワーキングプア問題が巻き起こり、歳出カットへの批判が高まった。そのさなかの08年1月、福田康夫政権は「社会保障国民会議」を立ち上げ、歳出カットから消費増税路線への政策転換を図り、自民党内政権交代を起こした。この流れを作ったのもむろん、財務省だ。厚生労働省とタッグを組み、将来の社会保障のあるべき姿の需要推計を初めて実施、それを基に消費増税に向かうという世論形成を進めた。

政権交代で財務省は冬の時代に突入

 ところが09年8月、「官僚の無駄を省けば財源はいくらでもある。消費増税は議論すら必要ない」と打ち出した民主党が衆議院選挙で大勝し、政権を奪取。民主党は財務省から予算編成権を取り上げる国家戦略局構想(この構想はその後頓挫)までブチ上げ、一転して財務省は冬の時代に突入した。

 ただ、これは長続きしなかった。まるで財源を捻出できなかった民主党は菅直人政権のとき消費増税へと転換。この際に機能したのが、財務省が民主党政権誕生前夜の09年3月末、09年度税制改正法に滑り込ませた「附則第104条」だ。これは麻生政権が08年のリーマンショックで消費増税先延ばしを余儀なくされたときに生まれたもの。基礎年金の国庫負担引き上げや、医療・介護など社会保障のあるべき姿の費用を確保するため、政府に11年度までの消費増税を含む法整備を義務づけた。

 附則第104条は民主党政権下でも生き延びた。ねじれ国会の中で消費増税政策を進めるためには、民主党政権は自民・公明両党に歩み寄ってもらう必要がある。そのために活用したのがこの附則だった。民主党政権は、自公政権が作った附則第104条の枠組みで議論すると譲歩し、社会保障と税の一体改革へと動きだした。

 内閣官房社会保障改革担当室長を務め、一体改革の事務局を担った厚労省出身の中村秀一氏は言う。「担当室には、財務省から矢野康治氏(現・官房長)などが参加した。結局、民主党が最後まで嫌っていた財務省が、厚労省と一緒に一体改革を主導した」。

 振り返れば財務省はこの20年弱、前半は歳出カットを中心に、後半は持続可能な社会保障の強化・確立のための消費増税を中心に、財政健全化を目指し、転んでは起き上がるしぶとさも見せてきた。

突如、安倍首相が登場し固めた地盤が吹き飛ぶ

 だが今、財務省は官邸に対して連戦連敗中。財政健全化の制御力を失ったのではないかと疑いたくなるほどの凋落ぶりだ。なぜか。

 クーデター政権──。一体改革を担った人たちが安倍政権についてよく口にする言葉がこれだ。自民・公明両党と民主党が一体改革の議論を行っているとき、安倍首相や菅義偉官房長官らのグループはこれに関与しなかった。しかし一体改革がようやく合意に達し、次の衆院選では必ず自民党の政権奪還が実現するという段になって突如、自民党総裁選挙に出馬し勝ち上がったのが、安倍首相だった。

 第2次安倍政権が発足すると、経済産業省出身の今井尚哉氏が筆頭の政務担当首相秘書官に就任し、一体改革に邁進してきた財務省と官邸とは疎遠に。政策の目玉も国民負担を嫌って金融緩和に移った。

 ただ14年4月の消費税率8%への引き上げまでは、財務省内に楽観的なムードが存在したのも事実だ。「一体改革はプログラム法に工程が明記され、線路はしっかり敷かれている」との安心感があった。

 風向きが変わったのは、8%への引き上げ後、個人消費の回復が予想以上に遅れ、GDP(国内総生産)のマイナス成長が続いてからだ。安倍首相の財務省に対する不信感は増し、その後の2度の消費増税延期につながった。

 この間も財務省は官邸にシャットアウトされたわけではなかった。財務省出身の中江元哉首相秘書官(事務)を通じ、増税の必要性や経済環境分析を説明しに官邸に日参した。だが、「官邸は聞くふりだけして、だまし討ちのように延期に突っ走った」(財務省幹部)。

 いくら説明してもトップの意向ですべてが決まるという無力感を繰り返し味わうことで、財務省内部は変容していく。最たる例が昨秋、安倍政権が決めた消費増税の使途変更だった。

 使途変更では、19年10月の消費税率10%への引き上げ時、新たな借金の抑制のために使う予定だった増収分4兆円のうち、2兆円を教育無償化に回す。

 これは、持続可能な社会保障の確立を図るため厳しく税収の使途を限定した一体改革関連法の精神に反する内容だ。時の為政者が自身の支持率向上のために勝手に税収に手をつけることに等しく、財政健全化を遠のかせる。

 本来、こうした動きに最も反発するべき財務省の中で、逆行してこの政策を官邸に売り込んだ幹部たちが今、省内で「使途変更の3人組」と呼ばれている。3人とは、太田充理財局長、古谷一之内閣官房副長官補、宇波弘貴大臣官房総合政策課長だ(右ページ図)。最初の仕掛け人こそ判然としないが、今井首相秘書官とこの3人組が使途変更を主導した。

 財務省内には「使途変更と引き換えに3度目の増税延期を阻止するため」として積極的に評価する声もあるものの、少数派だ。

“ヒラメ官僚”が増加 官邸説得の形跡なし

 外から見て不可解なのは、こうした政策の売り込みで本来官邸に対して働きかける主計局長や事務次官を差しおいて、国有財産の管理や国債発行を担当する理財局長の太田氏が立ち回ったことだ。

 「太田氏は、厚生労働係担当の主計官の経験がない岡本薫明主計局長のお株を奪って動いた。福田淳一前事務次官はもともと自分では何もしない人で、使途変更も傍観していた」(財務省幹部)

 太田氏は、昨夏の人事では官房長就任が有力視されていた。その後「主計局長→事務次官」の出世コースを歩むものだと自他共に認めていた人物だ。ところが、当時の佐藤慎一事務次官が太田氏を嫌い、理財局長のポストに充てたとされる。太田氏は、消費増税の使途変更で安倍官邸に対して大きく得点を稼ぎ、主計局長、事務次官のコースへの返り咲きを狙っていたというのが省内の見方だ。

 3人組のうち、古谷氏は主税局時代に産業界などへの課税を減免する租税特別措置を多発した経緯があり、バラマキ政策志向は意外ではない。それと対照的なのは宇波氏だ。宇波氏は先の附則第104条作成など一体改革の流れを作ったグループの一人であり、省内でもその真意を問う声がある。

 財務省の劣化は止まらない。使途変更を受け安倍政権が見直しを決めた財政健全化計画では、スキャンダルの影響もあってか、財務省が世論形成や官邸説得のために動いた形跡はない。従来計画では、社会保障費の伸びを毎年5000億円程度に抑えるとの数値目標を入れていたが、それも外された。

 また基礎的財政収支(プライマリーバランス)については、消費税率10%のまま25年度に黒字化するという楽観論で押し切られた。「25年までは消費税率を10%超にする議論すらできない。著しい後退だ」と東京財団政策研究所の森信茂樹研究主幹は言う。

 「IQが高いだけで、結局は要領よく官邸の歓心を買うばかりの“ヒラメ官僚”が増えた」(財務省幹部)。偏った能力主義を是正し、財政再建を果たす本来の姿を取り戻せるか。省内の改革は待ったなしだ。