【正論】医者が多いと病気も増えるのか 学習院大学教授・伊藤元重

2018.06.14

【正論】医者が多いと病気も増えるのか 学習院大学教授・伊藤元重
2018.06.12 



 学生時代に授業で聞いた因果関係の事例の話をよく覚えている。中世のロシアだったと思うが、それぞれの村の病人の数と医者の数を比べた人がいる。そうしたら、医者の数の多い村の方が病人の数も多いことが分かった。そこで、医者が増えると病気も増えるという見方が広がったようだ。

 ≪1人当たりの医療費は西高東低≫

 この話の信憑(しんぴょう)性は定かではないが、医療が確立しておらず、呪術(じゅじゅつ)などにも頼った時代であるので、そうした考え方が広がったのは不思議なことではない。もちろん、この話のポイントは、因果関係を読み間違えているということだ。医者が多いから病気が増えるのではなく、病気が多い村には医者への需要が多く、結果的に医者の数も多くなるというのだ。

 最近、医療のデータを見る機会が増えたら、「医者が増えたら病気が増える」というのが、間違った因果関係と必ずしも言えないと感じるようになっている。専門家が医療の西高東低と呼ぶ現象だ。

 一般に西日本の方が東日本に比べ1人当たりの医療費が多くなる傾向にある。よく話題になるのは高知県だが熊本県や福岡県なども結構高い。調べてみると1人当たりの平均在院日数が長かったり、投薬薬剤の費用が多くなったりしている。これらの地域に共通しているのは病床数が多いことだ。医者の数ではないが、医療サービスの供給が多ければ、結果的に医療需要も多くなるということだ。

 ただ、より長く入院させたり、より多くの薬剤を投入することで患者が健康になっているわけでもない。1人当たりの医療費が低くなっている東日本の住民の方が不健康だということはないのだ。想像できることは、入院用の病床を抱えていればそれを埋めようとして過剰診療になる。医療機関としても売り上げを上げないと成り立たないのだ。供給が需要を生み出すということが起きている。

 地域の医療費がどれだけなのか、その地域差は私たち国民には分かりにくい。高知県の医療費は全国有数に高いといわれても、高知の人にはその意味が分かりにくいだろう。医療費が増えれば、その費用負担は最終的には全国民の負担に加算されることになる。日本の医療全体のことを考えたら、数が極端に多い西日本の地域の病床数を減らすべきだろう。

 ≪どうやって過剰病床を減らすか≫

 もともと諸外国に比べて日本の病床数は多いといわれているので、病床削減によって大きな問題が起きるわけではない。病床数を調整することが、日本の医療費の膨張を防ぐ、もっとも有効な手段であると指摘する専門家もいる。

 問題は、どうやって過剰な病床を削減するのかということだ。これに関して、筆者は10年近く前、スウェーデンで面白い光景に出合った。その日、ストックホルムの郊外のある病院に来ていた。私たちを案内してくれた病院の事務局の人は、「今日は私たち病院にとって運命の日」だと言っていた。その日、この地域にあるいくつかの病院の中でどれがスーパーホスピタルに選ばれるのかが県によって決定されるのだそうだ。

 スーパーホスピタルに選ばれれば、いろいろな先端医療もできる。しかしもし選ばれなければ、病院の機能を縮小することになるのだ。高齢化が進む中で、急性期の病院の数を少数精鋭にして、介護や慢性治療の施設を増やすことが求められている。これはスウェーデンも日本も同じだ。

 スウェーデンは多くの病院が公立であるので、県の判断によってトップダウンで病床や病院の拡大・縮小・再編を進めることができる。上から決められる現場の病院は対応が大変ではあるだろうが、社会全体の病床の再編を迅速に進めていくためにはそうした調整は有効である。

 ≪自治体の実行力が問われる≫

 民間病院が多い日本ではこうしたトップダウンの病床調整は難しい。上からの指令で強引に病床再編ができるものでもない。しかし急性期から療養病床や介護施設への転換を進めるとともに、過剰な病床を抱える地域での病床の縮小を進めていかなくてはいけない。これは日本もスウェーデンも同じだ。民間病院が多い日本で病床縮小や病床再編をどう進めるか、その手法が問われているのだ。

 そのために行われているのが、地域医療構想に基づく医療供給体制の見直しである。それぞれの地域ごとに今後増減すべき病床数を計算し、その実現のための具体策を策定するのだ。まずはあるべき病床数の姿を明らかにして、それを皆で共有しようというのだ。

 その上で、病床削減や病床転換の具体策を進めていく。本年は地域医療構想の具体的な対応方針の策定のための重要な年となっている。それぞれの自治体がどれだけ実効性のある具体策を策定し、それを実施に移していけるのか。その実行力が問われるところだ。

 スウェーデンの例からも想像されることだが、最終的には都道府県知事による介入が必要となるケースも出てくるだろう。そうした動きに注目していきたい。(いとう もとしげ)

産経新聞社