〔自己負担ゼロで医学部を卒業する"方法"〕

2018.06.06


〔自己負担ゼロで医学部を卒業する“方法”〕学費の心配無用 生活費支給もあり 「順天堂大」「慈恵医大」「兵庫医大」…
2018.06.17 サンデー毎日 


 野口英世(1876~1928年)の家は貧しかったが、野口は篤志家らの支えで医師になり、世界的な名声を得た。篤志家の存在がほぼ消えた現代は、たとえ志が高く優秀であろうが、医師にはなれないのだろうか……。いや、タダで医学部を卒業することも可能なのだ。


 厚生労働省が昨年11月に実施した「医療経済実態調査」によると、特定機能病院などを除いた一般病院に勤務する医師の平均年収は1488万円。診療所を営む開業医は同2748万円である(ともに2016年度)。

 数字を見てもわかる通り、医師はまさに日本のエグゼクティブの代表格。収入のみならず名誉も得られる職業とあって、医学部の人気は非常に高い。国公私立で現在計82ある医学部の08年度入試の志願者総数は10万人台だったが、14年度には同14万人に。少子化で大学志願者数全体が減少傾向にある中、医学部だけが高い人気を保ち続けている。

 それだけに難易度も高く、狭き門。もう一つハードルがある。高い学費だ。私立は6年間の学費(入学金+授業料)が平均3000万円以上。総額4700万円以上かかる大学もある。

 国公立なら他学部の学費と変わらないが、通常の4年制より2年間長い6年制なので、総額は100万円以上高くなり、計約350万円。一般家庭には決して小さくない金額に違いない。

 とはいえ、学力が合格水準にある医学部志願者なら、高い学費を理由にあきらめてしまうのは早計だ。大金を投じなくても医学部を卒業できる方法があるのだから。タダで医学部を出ることもできる。中でも近年、狙い目として注目されているのが「地域枠」だ。

 各都道府県など自治体が設けている制度で、その中身は自治体によってやや異なるが、多くが学費を奨学金として全額負担してくれる。国公立大だけではなく、私立大でもそうだ。一部自治体は学費のみならず生活費も奨学金として出してくれる。

 09年度からスタートした東京都地域枠=140~141ページの表=もそう。6年間の学費全額を奨学金として出してくれる上、同じく6年間にわたって毎月10万円(計720万円)を支給してくれる。

 現在の対象大学と募集人数は次の通りだ。順天堂大(10人)、杏林大(10人)、東京慈恵会医科大(5人)。いずれも私立大で、総額はそれぞれ約2800万円、約4420万円、約2970万円である。

 生活費の心配まで消えるのだから魅力的な制度だろう。ただし、出願資格を得るには条件がある。都の制度なので、出願時に都内に住所がある受験生か、都内の高校を卒業・卒業見込みの受験生に限られる。

 加えて、この奨学金は返済不要の給付型ではない。あくまで貸与。「なんだ、返すのか」と思う人もいるだろうが、落胆することはない。都の指定する医療機関で9年以上働くと、返済は免除される。タダになる。

 9年間のうち、最初の2年間は初期臨床研修として勤める。それが修了後、小児医療か周産期医療(注)、救急医療、へき地医療のいずれかを7年間担う。

 都以外の地域枠も奨学金は返済免除とすることが可能で、その条件とはやはり「指定医療機関での9年間の勤務」である。

 地域枠を最初に導入したのは1997年度の北海道(札幌医科大=公立)と兵庫県(兵庫医科大=私立)だった。地域医療に従事する意志を持つ地元出身者を対象に実施された。ただし、両校合わせた募集人数は11人にすぎなかった。

 地域枠が全国に広がり、人数が増えたのは2006年度以降。この年、政府が「新医師確保総合対策」を打ち出し、80医学部(当時)の入学定員の増員を決めたからだ。定員増は17年度まで続き、18年度の定員は10年前より1626人増えている。現在の定員合計は9419人だ。

 自治体は増えた定員の中に地域枠を設けた次第。魅力的な制度だけに「難易度も相当高いのでは」と思われがちだが、各予備校が発表する偏差値を見ると、地域枠入試のそれは一般入試とあまり変わらないケースが多い。認知度が低いためか、競争率も高いとはいえない程度だ。


 ◇医大生の学費を丸抱えする理由


 都の話に戻ろう。ほかの自治体よりも、医師不足が深刻な状態というわけではないのに、どうして地域枠に力を入れているのだろう。ちなみに厚労省調査によると、16年12月末の都の人口10万人当たりの医師数は304・2人で、徳島県(315・9人)、京都府(314・9人)、高知県(306・0人)に次ぎ第4位。全国平均は240・1人だから、医師充足率はかなり高いのだ。

「04年に『新医師臨床研修制度』が始まってから、診療科によっては医師が足りない状況が顕在化するようになったのです」(東京都福祉保健局医療政策部・医療調整担当課長で地域枠を担当してきた医師の田口健氏)

「新医師臨床研修制度」での変化の一つは、研修医が自由に研修先を選べるようになったことだ。

「その結果、出身大の付属病院で研修を行う医師が減り、一部の医学部では外部の病院に派遣していた医局員を引き揚げる動きが出てきました。そうした影響もあって、都でもいくつかの診療科で医師が足りなくなる事態が起こったのです」(田口氏)

 特に不足が目立ったのが、小児医療、周産期医療、救急医療だった。医学部による医局員引き揚げが顕在化する以前から、ハードな仕事や訴訟リスクのせいで担当医が減っていた診療科だ。タダで医者になれる分、都地域枠には厳しさが伴うのである。

「他県では診療科の領域を決めず(返済免除の)条件を緩やかにしているところも多いのですが、都の場合は受験に際し、相当な覚悟が必要です。地域枠で医学部に進んで大学生活を続けているうち、外科に進みたくなろうが、それはできないのですから」(同)

 都地域枠は、スタート当初は順天堂大1校のみ。募集人数も現在の半分の5人にすぎなかった。

「(地域枠を設ける医学部を選ぶ際は)さまざまな項目を設けて審査したのですが、その一つに地域枠の入学者をどれくらい受け入れられるのかというポイントがありました。2人か3人ならOKという大学もあったのですが、あまり少数だと困る。地域枠の学生がほかの大多数の中に交じってしまい、目的を見失うことを懸念したのです」(同)

 現在、順天堂大が受け入れているのは都の地域枠の学生だけではない。新潟県2人(奨学金総額2160万円)、千葉県5人(同1440万円)、埼玉県7人(同1440万円)、静岡県5人(同1440万円)を、それぞれ受け入れている。入学定員は140人だが、そのうち地域枠は29人。もはや少数派とはいえないレベルだ。

 順天堂大が都地域枠の指定大学に選ばれた理由に、地域医療への貢献を挙げるのは、同大の本郷・お茶の水キャンパス事務長を務める伊藤嘉章氏である。

「都内に順天堂医院、順天堂東京江東高齢者医療センター、練馬病院と三つの付属病院があります」

 それぞれが地域医療に力を入れてきたと同大は自負する。


 ◇兵庫県も学費を全額負担


 また、都以外で地域枠の学生を受け入れている新潟県、千葉県、埼玉県、静岡県のうち、新潟県を除く各県にも順天堂大の付属病院がある。やはり各地域の医療に貢献している上、地域枠の学生が卒業したあとの研修施設が整備されているのだ。

 伊藤氏は「本学が都から最初に選ばれたもう一つの理由に、医師国家試験の合格率の高さがあると思います」と、胸を張った。前出の通り医学部を擁する大学は82校だが、16年以降に新設された2校を除く全80校中、この20年間および10年間で、順天堂大の医師国家試験の平均合格率は第2位なのである。

 地域に役立つ医師を誕生させるのが自治体側の目的である以上、国家試験に合格することは最低条件だ。

 都の地域枠の場合、現役で国家試験に不合格だったら、卒業の日から2年以内に合格することが義務づけられている。それでも合格できないと、奨学金の返済を求められる。しかも利息付きだ。

 巨額の負債を背負わされた若者は過去にいるのだろうか……。

「地域枠で入ってきた学生たちは6年間で卒業し、国家試験に通らなければならないという、たいへんなプレッシャーと闘っています。しかし、これまでのところ、地域枠の学生は全員が国家試験に合格しており、本当によく頑張っていると感じています」(伊藤氏)

 入学定員の半数以上を地域枠が占めている医学部もある。16年に医学部を新設した宮城県の東北医科薬科大(旧校名・東北薬科大=私立)。定員100人中55人を地域枠が占めている。

 宮城県による地域枠が30人で奨学金は3000万円。同県を除く東北5県の地域枠もあり、計25人が2600万~3000万円の奨学金を受けている。

 金額だけ見ると、こちらも好条件だが、同大の6年間の学費は約3400万円なので、都地域枠とは違い、自己資金も必要だ。

 兵庫県の地域枠は都と同じくタダで卒業が可能だ。対象と定員は自治医科大(私立)2~3人、兵庫医科大(同)5人以内、神戸大(国立大)10人、鳥取大(同)2人、岡山大(同)2人である。

 いずれも入学金、授業料、実験実習費、施設設備費、入学時学業準備費が奨学金として貸与される。兵庫医科大の場合、その額は4480万円。ただし、ほかの地域枠と一緒で、県の指定する医療機関に9年間勤務すれば、返済が免除される。

各自治体の制度を調べ、自分の条件や意向に合った大学を見つけられれば、医学部の受験戦線を有利に運ぶことができるはずだ。

 ただし、都の地域枠と同じで、所定の期間内に医師国家試験に合格できないと、奨学金は利息を付けて返済しなくてはならない。原資が税金なのだから、やむを得ないだろう。もう一つ、この地域枠には不安要素がある。制度がいつまで続くか、はっきりしていないのだ。

 前述の通り、地域枠は医学部の定員増もしくは現状維持が前提になっている。19年度までは定員の維持が確定しているが、その先の見通しがまだ立っていないのだ。22年度以降の定員削減は避けられない情勢になっている。つまり、地域枠の恩恵を受けられるのはここ数年に限られるかもしれない。


 ◇「給料」を得ながら医師になる


 地域枠以外のお金がかからない医学部入学・卒業の方法も見ておこう。まずは自治医科大。兵庫県の地域枠のみならず、各都道府県から学生が入学し、医師になると、それぞれ地元の地域医療を担う。本部は東京だが、キャンパスは栃木県にある。

 全寮制で、学費総額は約2260万円だが、条件を満たせば全額が返済免除に。その条件とは、卒業後9年間の決められたスケジュールをこなすこと。内訳は初期臨床研修2年、へき地勤務3年、後期臨床研修2年、地域医療従事2年となっている。ちなみに同大の医師国家試験の合格率は今年まで6年連続でトップだ。

 学費がかからない上に、手当までもらえるのは防衛医科大学校(埼玉県)。入学後の身分は特別職国家公務員となり、在校中から毎月11万3300円の学生手当や年2回の期末手当が支給される。洋服代や食事代もかからない。医療費すら無料だ。

 ただし、入校すると学生舎での共同生活が6年間続き、将来の幹部自衛官としての諸訓練も受けなければならない。卒業後は自衛隊に入隊。9年未満で離職した場合は、卒業までの経費を償還しなければならない。16年3月の卒業生の中で償還した最高額は4300万円以上だったという。

 お金をかけずに医者になる方法はいくつもある。ただし、どんな義務が伴うかの事前チェックは欠かせない。

(ジャーナリスト・田中幾太郎)

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(注)妊娠22週から生後満7日未満とその前後の期間の母体・胎児・新生児に関する医療

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 ◇たなか・いくたろう

 ジャーナリスト。1958年、東京都生まれ。週刊誌記者を経て独立。取材テーマは医療や教育、ビジネスなど。著書に『慶應三田会の人脈と実力』(宝島社新書)、『三菱財閥 最強の秘密』(同)、『日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊 本日より「時間外・退職金」なし』(光文社)などがある