これだけある医療費の聖域--聖域6 高給維持なら医療費は膨張 定員激増とAIの台頭で「医師余り」がやってくる!

2018.05.24


【第1特集 医療費のムダ】--1.これだけある医療費の聖域--聖域6 高給維持なら医療費は膨張 定員激増とAIの台頭で「医師余り」がやってくる!
2018.05.26 週刊東洋経済 


【第1特集 医療費のムダ】

1.これだけある医療費の聖域

聖域6 高給維持なら医療費は膨張 定員激増とAIの台頭で「医師余り」がやってくる!

 10年前に比べて、新しく誕生する医師数が格段に増えていることをご存じだろうか。

 大学医学部の定員は、2007年度まで7625人に抑えられていた。それが18年度には9419人となり、実に1794人も増えたのだ。1医学部の定員は平均約115人なので、この10年で約16校分も新設されたのと同じになる。たった1校の新設で大問題となった加計学園の獣医学部(正式には岡山理科大学獣医学部)どころの騒ぎではない。

 なぜ定員が増やされたのか。それは06年ごろから地方の医師不足や診療科間の医師偏在が顕在化し、一部の医師らから「医療崩壊」の危機が叫ばれたからだ。07年の「緊急医師確保対策」や08年の「安心と希望の医療確保ビジョン」などの政策に基づき、毎年のように臨時の定員増が図られた。さらに16年に東北医科薬科大学、17年に国際医療福祉大学医学部が新設され、日本の医学部は82校となった。

 医師を増やせば、地方の病院や人手不足の診療科(外科、産婦人科、小児科、救急など)に医師が回るはずだと思うかもしれない。しかし、06年から16年までの10年間で4万人以上も増えたにもかかわらず、地方は相変わらず医師不足にあえぎ、産婦人科や外科の医師数もほぼ横ばいのままとなっている(厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師調査の概況」16年)。

 なぜそうなるのか。それは、医師が都会やワーク・ライフ・バランスのよい診療科に集まる傾向があるからだ。五つの病院団体で作る「地域医療を守る病院協議会」が出した要望書によると、日本全体に対する東京の人口の割合は10.6%だが、東京の専門医の登録者の割合は21.5%、外科や内科など主要な診療科に限ると20~30%にもなるという(医療介護CBニュース「医師の地域・診療科偏在、『対策検討を』地域医療を守る病院協議会が要望」18年5月1日)。

 また、初期研修を終えた新米医師たちには、当直や残業の少ない診療科、特に皮膚科や眼科が相変わらず人気だ。職業の自由を奪うという意見も根強いが、諸外国のように地域や診療科ごとに医師の定員を決めるような政策を取らないかぎり、この問題は簡単には解決しないだろう。

すでに画像診断ではAIが専門医を圧倒

 現状では地方や診療科によって「医師不足」が深刻なのは確かだが、一方で厚労省は「将来的に医師は余る」と予測している。

 今年4月の厚労省「医療従事者の需給に関する検討会」で示された推計によると、医学部の定員を据え置き、労働時間を週60時間程度に制限するなどの仮定を置くと、医師数は16年の約31万5000人から28年には約34万9000人に達し、需要と供給が均衡するという。さらに医師数は40年には約37万1000人に達し、供給が需要を約3万人も上回ると推計されている(右図)。

 つまり、今年医学部に入った医学生が6年で卒業したとすると、医師になって5年目の頃には需要が均衡し、中堅医師になる20年目には医師余り時代に突入している可能性があるのだ。

 そう予測されているのは、日本の人口がすでに15年から減少に転じているからだ。医者にかかる機会の増える65歳以上に限れば、現在も緩やかに増加が続いている。しかし42年にはピークを迎え、その後は高齢者人口も減少に転じる(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」17年推計)。このまま医師を増やせば、安心して子どもを産める社会にするか、移民を積極的に受け入れないかぎり、需要と供給のギャップはますます開くことになるだろう。

 人口減少だけではない。もう一つ、医師余りを加速させる可能性のある大きな要素がある。それは、医療分野におけるAI(人工知能)の発達だ。これによって将来的には医師の仕事の多くが奪われてしまう可能性があるのだ。

 すでに16年夏には、東京大学医科学研究所で約2000万件の論文を学習したAIが、専門医でも診断が難しい特殊な白血病を見抜き、たった10分で適切な治療法をアドバイスしたという出来事があった。また17年には、米ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学が開発したAIが乳がんの画像診断に挑み、病理医11人の成績を大幅に上回った研究も報告された。

 数十年後には、問診から検査のオーダー、診断、治療方針の提案まで、AIの仕事になっている可能性が高い。そうなると、AIの出したデータを患者や家族に説明し、治療選択や精神的なサポートをすることが、医師の主な仕事になる。単に受験偏差値が高いだけの医師では、生き残るのは難しいだろう。

 こうした未来がやがて訪れることを考えると、日本で「医師を増やす」という発想自体が間違いだったのではないかと指摘せざるをえない。

食いぶちを守るため過剰医療の横行も

 そもそも、日本の医療機関数は8442施設(14年)と欧米諸国に比べて圧倒的に多い。フランス(2593施設)、ドイツ(1984施設)、英国(1595施設)はもとより、人口が3倍近くある米国でさえ、5710施設しかない(左図)。日本は病院数が多すぎるために医師が分散し、少数での労働を強いられているのだ。民間も含め、思い切って政策的に病院の統合・集約を進めないかぎり、根本的な解決は難しいだろう。それを放置したまま医師を増やし続け、医師の高所得も維持するならば、さらに国民に医療費負担を求めるしかなくなる。あるいは40兆円を超える国民医療費をこれ以上増やしたくないなら、医師の所得を減らすしかない。

 実際、人口当たりの医師数が多いイタリアでは給与が低く抑えられ、タクシードライバーのアルバイトで足りない収入を補う医師もいると伝えられている。日本でも弁護士や歯科医師は数が増えすぎたために、すでに高所得が保証された仕事ではなくなっている。

 それだけではない。医師が増えすぎれば、現在でも問題視されている過剰医療(ムダな検査や薬の処方、手術など)がより横行する危険性もある。医師の食いぶちを確保するには、顧客(患者)を増やすか、客単価を上げるしかないのだ。そうやって多くの人を「患者」として医療に囲い込むような社会が健全といえるのか。

 われわれは将来の医療ビジョンを、根本から考え直すべき時期に来ている。



東洋経済新報社