白老町立国保病院*公設公営で病床維持*無床診療所化*町が方針転換

2018.05.18


白老町立国保病院*公設公営で病床維持*無床診療所化*町が方針転換
2018.05.17 北海道新聞 


 【白老】町は改築計画を進める町立国保病院について、現在の58床を廃止して公設民営の無床診療所化する方針を断念し、公設公営で病床を維持する方針を固めたことが16日、分かった。維持する病床数をどの程度にするかは未定。町は22日に町議会特別委員会で正式に説明する。(田鍋里奈)

 町立病院を巡っては、町議会と町民の一部が無床化に強く反対しており、町はこのままでは町民と町議会の理解を得るのは難しいと判断した。公設民営化した場合の指定管理者と想定して協議してきた一般財団法人苫小牧保健センター(苫小牧市)にもすでに今月1日に協議終了を伝えており、14日に町議会各会派に方針転換を伝えた。

 町は2016年5月に病床を43床程度に減らす改築基本構想を策定。その後、直営方式では医師確保が難しいとして公設民営方式に切り替え、17年2月から苫小牧保健センターと運営や改築について協議してきた。

 さらに戸田安彦町長は昨年11月、財政状況の厳しさなどから22年度に予定する新病院開設に合わせて病床をすべて廃止する方針を表明。訪問診療の体制強化などを掲げて「町民のかかりつけ医の機能を重視する」と強調した。20年には登別市の独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)登別病院が白老町に近い登別東町に移転することもあり、近隣病院と連携する中で町民の医療体制を確保するとしていた。

 しかし、無床化には町議会や町民の一部が強く反発。町議会は今年1月、判断の根拠や今後の医療体制を確保する具体策を示すことなどを求める意見書を全会一致で町に提出。無床化は暗礁に乗り上げていた。

*町民の安心を優先*財政面で重い課題残す

 白老町立国保病院の改築を巡り、町が新病院を公設民営の無床診療所とする方針を公設公営で病床を維持する方向に転換したのは、町内に公立病院の病床が無くなることに対する町民の不安を解消できなかったためだ。ただ、同病院は赤字続きで町財政を圧迫してきた経緯もあり、病床を維持することで財政面で今後に重い課題を残すことになる。

 町の一般会計から同病院への繰入金は毎年約2億円に上り、2013年には財政健全化に関する外部有識者委員会が同病院の「原則廃止」を答申した経緯がある。町は施設の改築費を試算したところ、病床を43床とした場合は約24億円だが、無床の場合は約15億円。同病院を存続させた上で無床化すれば、人件費などを削減でき、町の繰入金を圧縮できるとみて、町は無床化へかじを切った。

 だが、町内では20年に開設されるアイヌ文化復興拠点「民族共生象徴空間」の周辺整備に20億円近い金額を投入することもあり、町議会では「象徴空間には金をかけるのに医療環境の整備を削るのはおかしい。町民生活の切り捨てだ」との批判も根強かった。

 町立病院の病床維持は町が財政再建よりも町民の安心を優先した形だが、多額の負担を伴うことは免れない。病床を残したことで将来世代への負担が重くならないよう町は財政面での見通しを示すことも求められる。(田鍋里奈)

*白老町立国保病院の沿革と改築計画の動き

1950年 4月 白老村立国保診療所が東町3に開設

  57年 6月 白老町立国保病院に昇格

  66年11月 日の出町3の現在地に移転新築し、外科、内科、小児科、産婦人科で病床数100床に

2000年 2月 産婦人科廃止

  09年 4月 老人保健施設(29床)を併設し、病床数58床に

  13年 6月 慢性的な赤字が続き、町長の私的諮問機関が原則廃止を答申

  14年 8月 戸田安彦町長が経営継続を表明

  16年 5月 町が病床数を43床程度に減らす改築基本構想を発表

  17年 2月 戸田町長が苫小牧保健センターに運営を委ねる公設民営化を目指す方針を表明

     11月 戸田町長が指定管理者制度を導入し、無床診療所とする方針を表明

     12月 町議会特別委員会で無床化に反対、慎重論相次ぐ

  18年 1月 町議会が戸田町長に、無床化の根拠の明示などを求める意見書を提出

      5月 町が方針転換し、公設公営で有床を維持する考えを町議会各会派に伝える