特集 20年後も医学部・医者で食えるのか? 医歯薬看の新序列 (2/5)

2018.05.14

特集 20年後も医学部・医者で食えるのか? 医歯薬看の新序列 (2/5)
2018.05.19 週刊ダイヤモンド



特集 20年後も医学部・医者で食えるのか? 医歯薬看の新序列 (2/5)


Part 1 巨塔崩壊、フリー跳梁 「ドクターX」のリアル


医師たちを掌握してきた大学医局が崩壊の危機に陥り、医局に属さないフリーランス医師が稼ぎまくる。医療現場のリアルは、テレビドラマのように、あるいはそれ以上にドラマチックだ。


フリーランス女医が赤裸々に明かす


大学医局はブラック職場


白い巨塔が崩れゆき、現場が疲弊し切った末に始まった医師の「働き方改革」──。激震が続く医療界の内情を、組織に属さない一匹狼のフリーランス女医が忖度なしで赤裸々に明かす。


 己の腕だけを頼りに、権力闘争に明け暮れる大学病院の面々をギャフンと言わせる。決めぜりふは「私、失敗しないので」。

 フリーランスの外科医・大門未知子を主人公とした医療ドラマ「ドクターX」(テレビ朝日)は、2012年の放送開始以降次々と続編が制作され、視聴率20%超を連発した。

 “群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、専門医のライセンスと叩き上げのスキルだけが彼女の武器……”。そんな未知子さながらに生きる女性医師が現実に存在する。

 フリーランスの麻酔科医、筒井冨美。勤務医でもなければ、開業医でもない。組織での地位もなければ、守るべき自分の城もない。

 忖度もポジショントークも一切なし。一匹狼のフリーランス女医が医療界の真実を明らかにする。

◇     ◇

 私が医科大学に入学した昭和末期、日本の医療界は大学医局というシステムに支配されていた。そのヒエラルキー型の組織は「白い巨塔」(1965年初版の大学病院を舞台にした小説。幾度も映像化された)と呼ばれた。

 医大を卒業したての新人医師たちの多くは、そのまま母校の付属病院に就職し、封建的な徒弟制度の中でスキルを磨いた。

 大学医局の頂点に立つ「教授」(下図参照)は、大学病院のみならず関連病院における医師の人事権を掌握。“絶対君主”として君臨し、この先もずっと、大学医局はわが世の春を謳歌すると思われた。

 しかし04年4月、新研修医制度(医師臨床研修マッチング制度。左ページ図参照)が始まったことで、医局制度は大きな転換期を迎えた。医師免許取りたての新人医師は2年間、特定の医局に属さず、多数の科を回ることとなった。

 この制度変更をきっかけに、封建的な大学病院を嫌って、大学病院以外で研修する新人、都会の市中病院に就職する若手が増えた。これが大学医局の衰退の始まりだった。生命線であった「安定した新人供給」が断たれたのである。

 だからといって患者数は減らず、増え続ける医療訴訟の対策として「医療安全」「感染対策」などの書類や会議は増える一方だった。

 しわ寄せは、残った中堅医師に過重労働としてのしかかった。「大学病院で滅私奉公しても、かつてのように報われる保証はない」「一生このまま薄給激務でいいのか」と彼らは思い始めた。

 ブラック労働に疲れ果てた中堅医師が医局を去っていった。

 産婦人科や小児科のように、女医率が高い割に夜間救急の多い科は、崩壊が速かった。患者を受け持たずアウトソーシングしやすい麻酔科も、崩壊が速かった。

 「教授以外が全員辞職(三重大学)」など大学病院における麻酔科医集団辞職の事例が相次いだ。

 07年には国立循環器病研究センター、08年には国立がん研究センター中央病院といった都市部のブランド病院においても医師の集団辞職が報道されるようになった。


初任給14万円 新人は1日16時間 年350日働くべし


 平成初期、とある地方の国立医大を卒業した私は、当時の常識にのっとって母校の付属病院に研修医として就職した。

 初任給は月14万円。「新人医師は、1日16時間×年350日ぐらい働くもの」とされていた。

 卒業後6カ月目からは、外部の救急指定病院に単独で当直のアルバイトに出て、生活費の足しにした。つらいことも多かったものの、少しずつだが収入や待遇は改善し、また激務の中で成長している実感も得られた。

 そして、すごろくのコマを進めるように、「研修医→専門医→博士号→米国留学→大学講師」までたどり着いたところで、前述の新研修医制度を契機にした医局崩壊が始まった。

 07年のある日、まるで張り詰めた風船が破裂するように、私は突発的に大学病院に辞表を出した。

 「終わりの見えないブラック労働」「去りゆく同僚」「入らない若手」「しがみつく訳あり人材」「口だけ達者で働かない管理職」という職場環境から、とにかく逃げたくなったのだ。

 「当面は出張麻酔のアルバイトをしながら、のんびり次の職場を探そう」と考えていたら、当時の麻酔科医不足の影響もあり、退職公表後の数日後には2カ月先までの仕事が埋まった。

 「これなら、無理して常勤医に戻らなくてもよいかも」と思い始め、フリーランスとして独立する覚悟ができた。

 医局衰退やフリーランス医師誕生の一因は、インターネットの発達にある。昭和の時代から大学医局は、医師と病院をマッチングさせるハブ機能を担ってきた。教授や医局長に逆らえば、当直のアルバイト一つ見つけることが困難になる。だから、医局員たちは服従せざるを得なかった。

 ところがネットや携帯電話が進化し普及した現代、医師個人が病院と直接交渉したり、医師同士が大学医局とは無関係な広域ネットワークを形成することが可能になった。


腕で勝負するフリーの矜持


「私、失敗したら辞めるので」


 大学病院の多くは、いまなお年功序列的な人事制度を取っている。報酬額は卒業後の年数でほぼ決まり、高齢になるほど高額だ。基本的には降格、減給、解雇がない。しかし、医師の能力は均一ではない。仕事はすご腕医師に集中し、誰もが認めるヤブ医者は定時に帰宅できる。その結果、実質的な時給を計算すると「ヤブほど高時給」という現象が発生しやすい。

 勤務医からフリーランスへの転身は、社会主義国から資本主義国への亡命のようなものである。麻酔科医としての腕や症例数が報酬として評価され、高度な技術を要したりリスクの高い仕事では、報酬が加算される。加算したがらない病院とは契約を更新しないことも可能である。

 08年放映のドラマ「チーム・バチスタの栄光」(フジテレビ)にも、大学病院の若手麻酔科医が「フリーランスの方が稼げる」とボヤくシーンがある。

 フリーランス業界では仕事と報酬がセットで動くので、自分の体力や家庭状況に合わせて、仕事量を調節することも可能である。あらかじめ同業者と仕事のやりくりをすれば、長期の休みを取ることも可能である。

 女医が急増し(上図参照)、勤務医なら何かと迷惑がられるママ女医も、出来高制なら周囲とのトラブルは少ない。

 もちろんフリーランスで働くことのデメリットもある。主なものでは雇用の不安定、それと病気(=無収入)リスク。有能な医師には、好条件のオファーが集中するので仕事が途切れる不安はない。

 能力の低い医師は、仕事も途切れがちで収入も勤務医時代よりさほど増加しない(ので、勤務医に戻るケースが多い)。訳あり人材は、市場から淘汰される。要するに「有能は厚遇、低能は冷遇、無能は淘汰」されるのである。

 ドクターXの主人公のように「私、失敗しないので」とは言わないまでも、「私、失敗したら辞めるので」が、フリーランスの掟だ。

 後ろ盾となる組織も、明日の収入の保証もなく、失敗は自己責任であり、そのまま失職につながる。あれから11年、この世界で私は生き延びることができた。

 もちろん、「崩れゆく白い巨塔」「去りゆく中堅医師」を、教授たちは黙って見ていたわけではない。

 日本麻酔科学会の理事長は09年、学会ニュースレターで「モラルの喪失と感じさせる案件」として、大学医局を去ってフリーランス化する麻酔科医を公然と非難した。それでも、中堅医師のフリーランス化はなお続いた。

 そもそも、「日本麻酔科学会」とは学術団体であり、学問、研究、人材育成などを行う組織である。学会員がフリーランスに転じると「モラルの喪失」と責めるのは、全く筋違いの発言である。

 「大学医局で修業→独立開業」というのは、医師として一般的なキャリアパスだ。理事長の発言は、「上司や先輩に滅私奉公して教授の座をつかんだら、滅私奉公してくれるはずの後輩がどんどん辞める」ことにムカついて八つ当たり……としか見えない。

 フリーランス医師というものを広く世間に知らしめたのは、やはりドクターXだろう。それまでフリーター呼ばわりされ、医療界の底辺扱いされることも多かったが、「腕一本で生きる、新しいタイプの生き方」としてポジティブに紹介された。

 このころから病院ホームページでも、「麻酔はフリーランス医師が対応します」と公表されたり、医師の経歴紹介で「フリーランス経験の後に部長に就任」といった記載を見掛けるようになった。

 15年、日本麻酔科学会によるアンケート調査の結果が学会自身を驚かせた。「一般病院の59%、大学病院の39%が外部からフリーランス医師を雇っている」というものだったのだ。

 医師紹介会社に頼らないと業務を回せない大学病院の存在も明らかになった。現実がドラマに近づいたのだ(左図参照)。

 ドクターXの主人公が「あのバイト女医め!」と病院幹部に忌み嫌われているように、現実のフリーランス医師も厚生労働省幹部には不評である。

 16年の厚労省の医師需給分科会では「医療界で本当に大きな問題」(第4回会議)、「フリーランス麻酔科医などというのはもっての外」(第5回会議)という、不快感丸出しの発言が議事録に残っている。これは、フリーランス医師が、厚労省で論議される問題にスケールアップしたということも示している。

 ドクターXに登場する若手医師たちは、主人公を嫌っていない。ひそかに尊敬したり、上司の目を盗んで助けを求めたりする。現実の若手医師にとっても、フリーランスは現実味のあるキャリアパスの一つとなった。

 かつては医師である夫が「大学病院を辞めてフリーランスになりたい」と言い出せば、妻は大反対するのが相場だった。

 ドクターXの大ヒット以降は、妻の方から「ねえ、フリーランスってもうかるんでしょ……あなたもそろそろ考えない?」と言い出すことも増えているらしい。


屈指の名門聖路加病院に労基が是正勧告


 16年、日本屈指の名門病院である聖路加国際病院に労働基準監督署の立ち入り調査が入った。同調査では、「医師の時間外労働過多」および「時間外労働に対する不適切な賃金支払い」を指摘され、是正勧告を受けた。

 「時間外労働の削減」を厳しく求められた結果、病院は17年から土曜外来の大幅縮小や救急車受け入れ制限を余儀なくされた。不適切な賃金支払いに関しては、「病院側が十数億円を追加で医師に支払った」との報道もある。

 この騒動に、日本中の病院管理職は震え上がった。多くの大企業同様に、日本の病院は労働基準法違反だらけであり、サービス残業も公然の秘密である。

 「当直は労働時間として計算し、時間外労働は月45時間以内を厳守」という労基署の指導は、研修希望の若手医師が殺到する、都心の人気ブランド病院だからこそ対応できたのだ。同様の指導が医師確保に苦労している地方医大に行われたら、経営破綻しかねない。

 救急車受け入れ制限という対策も、多数の総合病院が林立する都心だからできること。地方で実行するのは困難だ。診療レベルの維持と勤務医の労働時間制限の両立に関しては、厚労省も労基署も明確な指針を示してはくれない。

 このころから、聖路加のみならず大学病院や公立病院に対しても労基署の調査が入るようになる。17年放映の「ドクターX シーズン5」では早速、「サービス残業を強要されそうになった研修医が『労基署……』と呟き、定時帰宅」というシーンが登場。また女医率の上昇により、産育休時短は「当然の権利」とされるようになり、それに苦言を呈した管理職の方が処分される時代となった。

 17年には大阪府某公立病院の小児科部長が、入職早々に産休を取得しようとした女医への不適切なメールがマタハラと認定されて、処分されている。

 その結果、大学病院や都内のブランド病院においても、採用の調整弁として、もはや外部フリーランス医師の応援なしには現場が回らなくなりつつある。

 17年に開催された厚労省の医師需給分科会(第10回会議)では、「非常に重要なのがフリーランス医師への対応」という医大理事長の発言がある。同分科会も回を重ねるにつれ「不愉快な連中」から「注視すべき存在」へと、見解が変化しつつあることが読み取れる。

 もはや日本の医療はフリーランス医師なしでは成り立たない。SNSやブログなどで医師自身が情報を発信する時代に突入し、オンラインメディアの発展によって、地方の多忙な医療現場に張り付きながら、論客として活動する医師も増えている。医局を守るための不都合を封じ込められる時代ではない。フリーランスで稼ぎ、自由に発信する私自身がその証左だ。

 18年開始の新専門医制度によって、医師の一極集中はさらに進行した。フリーランス医師の活用は、地方病院に残された数少ない選択肢でもある。今後は、作家が複数の出版社と取引するように、複数の病院と契約して成果に応じた報酬を受け取る医師がありふれた存在になってゆくだろう。

フリーランス医師・筒井冨美


Column 内科、麻酔科で5人が勤務 フリー医師に頼る地方病院


 東京・羽田空港午前6時55分発の山形・庄内空港行きANA便には毎朝のように複数のフリーランス医師が乗り込む。午前7時55分に到着するとおのおの、マイクロバスやタクシーで周辺の病院へ向かう。

 その一つ、324病床を持つ徳洲会庄内余目病院は1991年の開設以来、高齢者が多い庄内地方の医療を支えてきた。

 同病院の長年にわたる悩みは医師不足。近年は5~7人のフリーランス医師に勤務を依頼して常勤医の不足を補ってきた。大学病院にも医局から医師を派遣してもらうよう頼んでいるが、週1回が限度だ。

 「週2~3日勤務してくれるフリーランス医師にとても助けられている」と同病院の職員。現在は内科、麻酔科で計5人のフリーランス医師が働く。

 その一人で内科の非常勤医師、西島昌美は週3日、東京の自宅から通う。うち2日は泊りがけ。週2回、羽田-庄内間を往復している。悪天候で飛行機が飛ばないときも、患者が待っていると思えば休むわけにはいかず、前日入りしたり、夜行バスで向かったりする。「遠くで大変だけど、こんな自分でも役に立っている」(西島)という充実感がある。

 北海道・東北地方の医師不足は深刻だ(上図参照)。西島が知るだけでも複数のフリーランス医師が同地方に飛行機で通勤している。新幹線網が充実してきた近年は、東京駅始発の新幹線で通う者も増えたようだ。

 世間や医療界からはフリーランスという働き方に批判もあるが、彼らがへき地医療の一端を担っているというのも事実である。


フリーランス医師 座談会 医療界の裏側ぶっちゃけます!


年収は常勤時代の3倍 9割9分はダメ医者


筒井冨美さん 麻酔科医。50代前半女性。年収は3000万円弱。出産前は1.5倍。「もう一生分の金は稼いだ。今後は言いたいこと言って生きる!」


桑田吉峰さん 産婦人科医。50代前半男性。今の年収は約3500万円で、最高年収は5000万円弱。「55歳過ぎたら離島で蝶の写真撮りながら暮らしたい」


西村美智子さん(仮名) 外科医。女性。年収は?千万円。「フリーは人の役に立つという医師本来の目的と違う。常勤に戻り、誰にも恥じない仕事をしたい」


フリーランス医師はテレビドラマの影響で一般に広く知られるようになったが、医療界の中ではいまだ異端児。旧態依然とした業界を自らの腕だけを頼りに泳ぐ彼らの生態に迫った。


──フリーになったきっかけは?

筒井

 新研修医制度(33ページ参照)が始まって、医局に若い人は入んないわ、教授とかおじいちゃん連中は昔の感覚で面倒くさいことはなんでもかんでも下にやらせるわで。大学病院がしみじみ嫌になって辞めました。

 最初は次の職場を見つけるまでのつなぎのつもりだった。でも、思ったより軌道に乗って、収入が大学病院常勤時の3倍。それでそのまま10年たっちゃいました。

桑田

 僕の場合は、出身大学の関係でへき地医療を9年やって、母校に戻ってきたんだけど、産婦人科の教授が他科の診療を認めなかったんですよ。

 へき地医療で学んだスキルを有効に使いたかったのと、急に多額のお金が必要になったこともあって。それでどうしようかと考えて、手っ取り早く稼げるところに行こうと。

筒井

 あと、コレ(小指)の癖が悪い人はフリー向くんですよ。

桑田

 俺だ(笑)。

筒井

 もっとすごい人、いっぱい知ってるから(笑)。将来は教授間違いなしといわれていた大学の講師が急にフリーになって、よくよく聞いたら“コレ”。

 それに比べると、女医がフリーになるときは、あんまりドラマがないかな。

西村

 よくあるのは、結婚、出産で常勤を退くパターン。フリーというより、パート医師になる。

筒井

 西村さんは、フリーかどうか微妙な、いわゆる「裏フリー」だよね。

西村

 そう。「研究生」とかの肩書で大学に籍は置いているけど、バイト(非常勤)の掛け持ちで生計を立てるってやつ。博士号を取るために、2年前からこの道に入りました。

筒井

 博士号を取ったら、完全にこっち側に来るの?

西村

 いえ、大学医局に戻る派。フリーだと誇りを持てる仕事がなかなか回ってこないですから。

 私の専門領域では、医局内でチームを組み、いろんな病院で手術を行う。よその科みたいに1人でやるっていうわけにはいかないんです。

 それと術後のフォローが必要な病気が多い。だから、治るまで見届けるのが医者としての使命だと思っているのに、フリーだとどうしてもその場限りで終わりになってしまう。

桑田

 産科や麻酔科は単発で終わりますからね。麻酔は基本、そのときだけ。産科も最長で妊娠期間の10カ月。

筒井

 テレビで神の手と紹介されるクラスになれば外科医でも出張手術で稼げはします。手術のたびに“お布施”を受け取って、心臓バイパス手術は、バイパス1本10万円だって。

西村

 さすがにもうやめたんじゃ? 稼ぎ過ぎちゃって(笑)。


羽田の平日朝便はフリー医者だらけ マイル貯まりまくり


──1週間のスケジュールは?

筒井

 週5日勤務で土日は休み。週3は固定で行っているところがあって、残りの2日はスポット。たまにオンコール(呼び出し当番)や緊急手術もあります。基本、心臓とか開腹を伴うハードな手術。

 麻酔科医のくせに「心臓はやりません」とか宣言しちゃっている人、結構いますけど。

桑田

 夜中に一人でそういうのやりたくないんだろうね。さじ加減を間違ったら事故につながるから。

 ハードな心臓手術1件よりも帝王切開の麻酔2件の方が実入りがいいし。

筒井

 だから仕事を選んで、おいしいとこだけ持っていくやつが出てきちゃう。

 私の勤務地は埼玉を中心に、関東一円。子どもが小学生なんで、夜は家に帰ります。桑田先生は結構、複雑ですよね。

桑田

 日曜から水曜までは北関東の産科で日勤と当直。隔週木曜は最近まで、羽田経由で山形に飛んでいました。その仕事が終わったら、特急と新幹線を乗り継いで自宅に帰る。

 週の後半は北東北のへき地の診療所で高齢者相手に一般内科をやりつつ、別の病院の婦人科にも行っています。

 まともな休みは月に5日間。盛岡の自宅で子どもに会うのは月に6日かな。隔週木曜の仕事は3月で終わりましたけど。

筒井

 空いてもすぐ次が入るでしょう? 特に東北は金を積んでも来てほしい状況だもの。

桑田

 なぜ隔週木曜が空いたかというと、常勤の医者が来たんです。

 山形だけに「ラ・フランス」と言われた。つまり“用なし”ですわ。

筒井



西村

 ああ……(苦笑)。

桑田

 座布団5枚くらい持っていかれそうな空気?

 まあ、僕みたいなの多いですよ。平日の羽田の朝便なんて、地方に飛ぶフリー医者だらけ。マイルが貯まる貯まる。

筒井

 品川のタワーマンションに住んでる人、多いよね。羽田に近いから。


生死分ける第六感は立って寝るような10年で身に付けた


──仕事はどこから調達?

桑田

 病院は紹介会社経由が多い。紹介あっせんだけで、年収の2割をピンハネされちゃうんだけど。

筒井

 うん、2割が相場だよね。麻酔科は同業者の組合がある。

 大学に籍を置いている人だと、フリーランスなのに、行く先はなぜかぜんぶ医局経由って人もいるよね。いわゆる、教授の“コマ”ってやつ。

 広く唾を付けとくと、オペ(手術)が必要な患者を優先的に大学病院へ紹介してくれたりするから。

桑田

 そうそう。

西村

 今一番忙しいのは1日に25件くらい救急車が来る病院。そこで研修医を教えながら急患(救急患者)を受けています。

桑田

 25件ってことは、夜中に休みがまったくない。単純に割ると、1件の処置に1時間かけられないから……。

西村

 一度に4人診たり、手際よくやらないと回りません。

桑田

 こういう現場って、万が一患者が亡くなったとき、放置したとかで訴訟になるリスクも高い。

筒井

 急患が一度に押し寄せたときの優先順位の判断は、第六感の世界になってくるよね。

桑田

 理由じゃなくて感覚。

筒井

 それが身に付くまでには、10年くらいかかる。それも、今の若い医者みたいな“ゆるふわ”の10年じゃなくて、それこそ毎日午前さま続きで立って寝るような世界で10年。

桑田

 麻酔科医は、寝るのうまいと思うわ。

筒井

 仕事するフリして寝てる。医者になってから、リアルに立って寝られるようになりました。エコーの吹き出し口が暖かくて気持ちいい。

──稼げる科といえば?

筒井

 麻酔科が有名だけど、それで麻酔科医が急増しちゃってもう飽和状態。稼げるフリーって実は産科だと思います。

桑田

 お産は自由診療だから、フリーは一番稼げるかもね。一人で全部できれば、基本どこでも雇ってくれるから。

筒井

 あと内科。特に地方は、何でも診られる内科医を欲しがっている。

桑田

 僕も週に1回は内科やっています。高齢者が多いから、少なくとも高血圧や糖尿病は診られないとダメ。

西村

 両方を診られない人にも、なんらかの仕事は回ってきますよね。まともなフリーもいるけど、私の印象ではフリーになる人って9割9分は常勤だと雇ってもらえないようなダメ医者。

筒井

 確かに、遅刻の常習犯とか、社会人としてアウトなやつがいる。彼らはフリーランス医師じゃなくて、フリーター医師。

桑田

 産科だと、患者からの女医のニーズが高いから、もうそれだけで重宝される。で、実際に来てみたら「分娩はしない」「手術はしない」と宣うやつもいた。

西村

 医師不足でフリー医師が跋扈する今の状況は、確実に日本の医療の質を低下させると思います。

筒井

 でも、自らの腕だけで勝負するフリーが切磋琢磨して質を高めていく一面もある。良い麻酔かければ仕事はいくらでも来るって、独立して分かりました。


楽な仕事は単価下落 ゆるふわ層の年収は500万円コースに


──これからも医者は食いっぱぐれない?

筒井

 医師免許って本当にありがたくて、例えば、昔から楽といわれる予防接種とか健康診断のバイトだけでも十分食っていけます。

桑田

 医師免許を持ってさえいれば、産婦人科医も内科検診できるし、コンタクトレンズの検診もできるしね。

 婦人科として検診の仕事に行ってみると、検診の方法も知らない医者が来ていることがザラにある。

西村

 コンタクトなんてお客が来なかったら座っているだけ。それで時給1万円。

筒井

 今さ、医者ってだけで、銀行が3000万円くらいポーンと貸してくれるよね。

西村

 大企業が平気でつぶれる時代で、弁護士もダメ。食いっぱぐれがなくて安定してる職業の筆頭が医者ということなんでしょう。

筒井

 でもゆるふわな医者が増えて、楽なルートに人が集中した結果、誰でもできるような仕事は単価が下がっている。今後ゆるふわ層はせいぜい年収500万円コースになって、フリーも格差が広がると思います。

 麻酔科医もハードな手術をやりたがらないやつばっかり増えているから、私は全然、危機感ない。

桑田

 新専門医制度(40ページ参照)の影響で、仕事の打診が増えたしね。地域偏在を解消するつもりが、結局、都市部に若い医者が集中したから。

西村

 国が考えることって、本当にやることなすこと裏目に出てる。

筒井

 フリーランスを目の敵にして排除したがってるのに、結果、フリーの医者をアシストしている。傑作ですよ。


物議を醸す専門医育成システム始動


新制度で狙う大学医局復権


1年延長のドタバタの末、今春始まった新専門医制度。専門医の質の向上とともに、医師の地域偏在も是正されるかと一部で期待されたが都市集中は変わらず。地方から怒りの声が上がる。


 国家試験に合格した医学部卒業生は初期臨床研修を経て、任意で後期研修を受けてきた。受け入れる医療機関は、研修医が学会専門医の資格を取得できるよう独自に制度を構築。医師不足の中で各地方、病院、医局にとって研修医の確保は生命線であり、争奪戦になっていた。ところが「質にばらつきがある」などの批判があり、今春、研修場所を大学病院中心にした「新専門医制度」が始まった(下図参照)。

 この新制度、運営が不透明だとして一部の学会が反旗を翻すなど混乱。開始が予定より1年ずれ、今も批判がやまない。地域医療への配慮がうたわれ、医師の地域偏在が是正されるかとも期待されたが、そうではなかったからである。

 「東京への集中は防げていない」。3月の日本専門医機構(以下、機構)社員総会で、日本皮膚科学会理事長の島田眞路は主張した。

 根拠は新制度の進捗状況を示す資料にある(左ページ表参照)。東京都で今春までに初期研修を終えた研修医が1350人だったのに対し、新制度の研修に採用されたのは1825人。プラス約500人は都道府県別で断然トップだ。

 前出資料を基に本誌で増減率を算出したところ、初期研修時以上に研修医が集まったのは、宮城、東京、京都、岡山、福岡、石川、徳島、長崎、鳥取、大阪、新潟、群馬、熊本、愛知、鹿児島の15都府県。大都市圏以外の県は、「格の高い大学(病院)が研修先としてあるから」と島田はみる。実際、格上とされる旧帝、旧六、新八、私立御三家がある都府県はほとんど例外なく、100%以上だった。

 つまり、これらの大学は新制度によって研修医を確保しやすくなる。「新制度を利用して有力大学が医局の強化、復権を狙っている」と受け止める医師は少なくない。

 島田は山梨大学長でもある。山梨県は初期研修53人に対し新制度の研修採用が37人で、増減率はワースト3位。外科の採用はたった1人だ。「大学病院の運営が非常に難しい」と頭を抱える。

 機構は東京、神奈川、愛知、大阪、福岡の14基本領域については、「過去5年間の平均採用実績を超えない」との条件を課していた。総会で島田は「東京は過去の実績より低くすべき。地域医療の危機だ」と指摘した。

 これに対し、「東京が減れば、東京の大学医局から地方に医師を派遣できなくなる」と反論を受けた。島田は「大学関連病院に医師を回せなくなるという、中央集権的な考えの脅し。地域医療の事情を知っているのは地方なのだから、初期研修で都会に集まった研修医を地方に逆戻りさせるべき」と憤る。

 機構は4月、前出の5都府県の募集定員について検討プロジェクトをつくると表明した。仮に過去の平均採用実績より低くするとしたら、憲法22条「職業選択の自由」に反するとの主張が出てきそうだ。それでも島田は「医師の仕事は『公共の福祉』のはず。憲法22条には『公共の福祉に反しない限り』とある」と譲らない。

ダイヤモンド社