医療功労賞に2氏=埼玉

2018.01.23

医療功労賞に2氏=埼玉
2018.01.21 

 「産後も母子を支援したいと、出産で緩んだ骨盤底筋を鍛える講座や、赤ちゃんの発育をサポートする講座などを開講している。同院で生まれ、10歳になった子供たちを招いて「二分の一成人式」を開き、出産の映像を見せて命の大切さも説く。
虐待を受けた子供の居場所作りにも挑戦したいという。「今後も母子のよりどころとなりたい」と語る。」

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 地域医療に貢献した人をたたえる「第46回医療功労賞」(読売新聞社主催、厚生労働省、日本テレビ放送網後援、損保ジャパン日本興亜協賛)に、さいたま市中央区の渋谷診療所院長、渋谷純一さん(60)と、所沢市の助産院もりあね院長、田口真弓さん(60)の2人が県内から選ばれた。表彰式は2月8日、さいたま市内で行われる。受賞者の功績と喜びの声を紹介する。


 ◇渋谷診療所 渋谷純一院長 60

 ◆原発避難者の診療「使命感」

 2011年3月、東京電力福島第一原発事故で、福島県双葉町民らの避難所となったさいたまスーパーアリーナ(さいたま市中央区)の救護ステーションで指揮を執った一人で、自らも診療に当たった。

 06年に父の後を継いで診療所院長となり、さいたま市与野医師会会長就任2年目の時、事故が起きた。市から「医師を派遣してほしい」と頼まれて現場に駆けつけると、診療を求める人々が列をなし、数人いた医師では手が足りなかった。「大混乱だった。電話をかけまくって医師に来てもらった」。各医師会と連携し、常時約20人の医師が患者を診る態勢を整えた。

 普段服用している薬の名前を覚えていない患者も多く、標準的な薬を選んで、飲み過ぎないように気を配った。事故や津波のショックで眠れない人がいる中で、「もっと具合の悪い人に薬を譲って」と気丈に振る舞う被災者もいて、その姿が胸に迫った。避難所が旧県立騎西高校(加須市)などに移るまでの約2週間、仕事の合間に毎日、同アリーナに通った。「体はくたくただったけれど、使命感があった」と話す。

 現在も会長を務める医師会では災害対策を強化した。研修会を開いて消防や行政の話を聞き、災害時の医師同士の連絡手段を決めるなど模索を続ける。「危機意識を共有していきたい」

 ◇助産院もりあね 田口真弓院長 60

 ◆命の大切さ 子供にも説く

 所沢市に助産院を開いて約20年、1500例以上のお産に立ち会ってきた。県助産師会会長も務め、「がむしゃらにやってきた。身に余る光栄」と受賞を喜ぶ。

 看護師として出身地の福岡県や、結婚を機に転居した所沢市で約11年働いた。2人の娘を出産した後、「産科を学びたい」と32歳で看護短大に入り直した。卒業後は同市内の病院産婦人科で勤務し、1995年に助産院を開業した。

 「妊婦と丁寧にかかわりたい」と、健診では妊婦1人ごとに1時間の枠を設ける。体調や赤ちゃんの状態を調べるだけでなく、妊婦が抱える悩みや「家族に囲まれて産みたい」といった希望もじっくり聞く。

 バランスの良い食事や早寝早起き、呼吸法なども指導する。体調管理を通じてお産に対して前向きな気持ちを持たせ、妊婦に自分の力で産むことを意識してもらうという。「自分の力でお産ができれば、大きな達成感が生まれる」と話す。

 産後も母子を支援したいと、出産で緩んだ骨盤底筋を鍛える講座や、赤ちゃんの発育をサポートする講座などを開講している。同院で生まれ、10歳になった子供たちを招いて「二分の一成人式」を開き、出産の映像を見せて命の大切さも説く。

 虐待を受けた子供の居場所作りにも挑戦したいという。「今後も母子のよりどころとなりたい」と語る。