「尊厳ある死」を準備する 「本人の意思」と「医師の責任」がせめぎ合う現場

2017.11.20


「尊厳ある死」を準備する 「本人の意思」と「医師の責任」がせめぎ合う現場
2017.11.20 AERA



 高齢化に伴う「多死社会」を迎え、終末期医療に関する議論が活発化している。自らの意思を明らかにしたい。自然に逝きたい。体制整備が始まっている。


 東京都世田谷区にある特別養護老人ホーム「芦花ホーム」に足を運んだ。入所者の平均年齢は約90歳。9割は認知症。入所者約100人のうち、1年間で3~4割はホームで亡くなるか、病院に運ばれる。

 常勤配置医の石飛幸三さん(82)は2005年に初めてホームを訪れ、胃ろうや経鼻胃管から経管栄養を受ける16人の姿にショックを受けた。一日でも長く生きてほしい。家族の思いは理解できる。ただ、寝たきりで寝返りも打てず、ほとんど話すこともできない。管につながれ自分の現状すら認識できない状態は、彼らの本意なのか。

 着任して間もない頃、考えを変えるきっかけになった夫婦に出会った。認知症の80代の妻が誤嚥性肺炎になり、提携先の病院に入院した。「胃ろうをつけるしかない」と話す病院の医師に向かって8歳年下の夫は、

 「自分のこともわからなくなった女房を胃ろうで生かし続けるなんて、かわいそうでできない」

 医師は「餓死させることになる。保護責任が問われる」と迫ったが、夫は頑として聞かなかった。石飛さんが「責任はとる」とホームへ連れ帰った。

 ホームに戻ってからは、夫が自ら食事の介助をした。朝は無理に起こさない。食べ物を欲しがらなければ、無理に食べさせない。1年半後、ついに何も食べなくなった。眠る時間が長くなり、ホームで最期を迎えた。

 石飛さんは言う。

 「食べないから死ぬのではなく、死ぬのだから食べない。それが本当に本人を尊重すること。食わなきゃ自然の麻酔がかかって気持ちよく眠る。死ぬことは怖くない。俺たちはいつまでも生きやしない。自然の掟に従わないといけない」


 ■尊厳死協会に11万人

 それ以降、自然な看取りを目指すようになった。すべての入所者に意思確認書の記入も求めた。救急等で病院に運ばれる際、適切な対応をとるためだ。例えば「老衰で最期を迎える事態になったと思われる時」という問いには、次の三つの選択肢を用意している。(1)苦痛なく自然に最期を迎えることを第一と考えるできるだけ医療措置を受けて、一日でも長く生きていることを望む。(3)どちも言えない、だ。

 もっとも、こうした取り組みは多くの医療や介護施設だけではなく、国も推進している。

 06年に富山県の射水市民病院で発覚した人工呼吸器取り外し事件(27ページの年表)で終末期医療の議論が活発化し、厚生労働省は07年に終末期医療のガイドラインを策定した。患者と患者家族、そして医療者を含めた十分な話し合いの上で、患者本人の意思決定を基本に、その内容を文書にまとめるなどして、終末期医療を進めることが重要だとした。16年度からはこの内容を周知する目的で、医療関係者への研修事業も行っている。

 国民、医療関係者ら約2万人を対象とした厚労省の調査では、終末期の医療に対する意思表示を書面であらかじめ作成することに約7割は賛成しているが、実際に行っている人は3%に過ぎない。

 1976年に発足した日本尊厳死協会は、終末期医療の事前指示書「リビングウイル」の普及活動に取り組む。協会では尊厳死を「本人の意思に基づいて、死期を単に引き延ばすためだけの延命措置を断わり、自然の経過のまま受け入れる死」としている。俳優の秋野暢子さん(60)など著名人を含め、会員は11万人を超える。

 協会では亡くなった会員の家族へのアンケートも実施している。リビングウイルに法的効力はないが、医療者の約9割がそれを受け入れているという。ただ、医師で同協会副理事長の鈴木裕也さんはこう指摘した。

 「たとえ事前指示書が準備されていても、親族の誰か一人でも訴えを起こすと、治療を止めたことで殺人を疑われる可能性がある。現場では、『医療者の免責を認める法律がないから、例えば本人が希望しても人工呼吸器を取り外すことはできない』という声が圧倒的に多い」


 ■もし余命が半年なら

 尊厳死の法制化を目指す「終末期における本人意思の尊重を考える議員連盟」会長の増子輝彦参院議員(70)は言う。

 「19年の参院選までは選挙もない。来年の国会での法案提出に向けた努力をしたい」

 議連は12年に尊厳死法案を公表している。そこでは、適切な医療を受けても回復の可能性がなく、死期が間近と判断される状態を「終末期」と定義。15歳以上の患者の意思が書面などから明らかで、2人以上の医師が終末期だと判断すると、延命目的の人工呼吸器の装着や人工栄養の補給を始めなくても、医師は民事、刑事、行政いずれの責任も問われない、としている。知的障害などがあり意思表示のできない人は対象としていない。

 現在、議連には超党派で衆参166人の議員が名前を連ねている。ただ、05年に発足して以降、一度も法案提出には至っていない。その理由を、

 「議連は超党派の集まり。党議拘束はないが、各党、各会派の党内手続きが進まなかった。また、障害者は対象としていないが、それでも法律ができることにより、尊厳死に追い込まれるのではないかという懸念の声が障害者団体などからあることも事実だ」(増子さん)

 市民レベルで終末期の過ごし方を考える取り組みもある。

 千葉県鴨川市の亀田総合病院では、有志でプロジェクトチームを結成し、地域で終末期医療を考えるワークショップを開いている。疼痛・緩和ケア科医師で、地域医療連携室の蔵本浩一室長(41)はこう話す。

 「終末期の医療について医療者主導で話し合いを進めること自体に違和感があった。場合によっては医療者の都合が前面に出てしまう可能性もある。究極的には患者さん主導で自分の意思を伝えることが大切だ」

 ワークショップで用いるのが「もしバナゲーム」だ。

 4人1組になり、カードが5枚ずつ配られる。カードは全36枚で、「痛みがない」「誰かの役に立つ」「自分の人生を振り返る」「お金の問題を整理しておく」など死に際に必要なことが書いてある。余ったカードを中央に置き、余命半年と仮定してゲームがスタート。手持ちのカードと、余ったカードの中にある自分が大切にしたいと思うことが書かれたカードを交換していき、最終的に残ったカードについてそれぞれが選んだ理由や捨てた理由を発表する。

 高齢者だけでなく、地元の大学生もこのゲームに取り組んだ。

 「終末期の医療についての『本人の意思』は、声の大きな家族の意向で変わることも多い。選択を迫られてからではなく、元気なうちから将来の意思決定を考える機会をつくり、家族や地域で話す機会をつくっていく必要がある。満足のいく終末期の医療を受けるには、法律や制度を整えるだけではなく、市民レベルの意識も高めていく必要があるのではないか」(蔵本室長)


 ■制度化には強い反発

 政府は08年、医師が延命治療などの相談を受ければ診療報酬を加算する仕組みを導入したが、「高齢者は早く死ねということか」といった強い反発を受け、10年4月に廃止。今年4月には京都市が延命治療などへの意思を確認する「事前指示書」を3万部作って配布したが、「国の医療費抑制に同調しているのでは」といった反発が出た。市民レベルの意識が高まっていれば反応は違ったかもしれない。

 誰にでも、いつかは訪れる死。その「いつか」を考えることが、「尊厳ある死」への準備になる。

 

 ■終末期の医療に関する国内外の動き