【深層リポート 私大歯学部の過酷な現実】--歯科医になれない!? 私大歯学部の過酷な現実

2017.10.16

 
 

【深層リポート 私大歯学部の過酷な現実】--歯科医になれない!? 私大歯学部の過酷な現実
2017.10.14 週刊東洋経済  


【深層リポート 私大歯学部の過酷な現実】

歯科医になれない!? 私大歯学部の過酷な現実

私大歯学部の歯科医師国家試験の合格率が大きく低下している。いったい何が起きているのか。

 高い学費を払って歯学部に通ったのに歯科医師になれない。そんな過酷な状況が今、多くの私立大学歯学部で起きている。

 日本で歯科医師になるには、全国に29ある大学歯学部で6年間の教育を受け、年1回行われる歯科医師国家試験(国試)に合格しなければならない。29歯学部の内訳は国立11、公立1、私立17。入学定員では私立が7割強を占める。

 今年3月に発表された第110回歯科医師国試の合格率は65%(受験者3049人に対し合格者1983人)。2000年代初めの90%前後に比べ著しく低下している。同日発表の医師国試合格率89%と比べても大きく見劣りする。

 しかも最低修業年限である6年での合格率(以下、6年合格率)を文部科学省資料で見ると、より無残な現実がある。16年の第109回国試の6年合格率は51%。国公立大学のそれは68%に達するが、私立大学は43%にとどまる。中でも鶴見大学(横浜市)は13%にすぎない。76人の入学者中10人しか6年で合格できなかった。日本大学松戸歯学部(千葉県)や朝日大学(岐阜県)、岩手医科大学、北海道医療大学も6年合格率は20%台だった(左ページ図)。

歯科医師不足時代に定員を増やしすぎた

 医学部の人気は沸騰し、志願者倍率は15倍を超える。だが、歯学部の倍率は3倍弱。私大歯学部の中には、入学者が定員に満たないところも散見される。たとえば奥羽大学(福島県)は16年度、定員96人に対し、51人しか入学しなかった。充足率は53%だ。

 ある地方私立大の教員は「私大歯学部は学費の値下げ競争を続けて入学者確保に躍起だ。だが、それも限界に近づいている」とため息を漏らす。

 なぜこんなことになってしまったのか。背景を振り返ってみよう。

 1960年代の日本は“虫歯大国”で、歯科医師不足が叫ばれていた。人口10万人当たりの歯科医師数は30人程度。これを50人にするという目標を政府は掲げ、69年に閣議決定した。次々に歯学部の新設が認可され、65年に約1100人だった歯学部の入学定員は、80年代には3000人を超えた。

 人口10万人当たり50人という歯科医師数目標は程なく達成された。にもかかわらず、歯科医師は増え続け、現在は総数で10万人以上となり、人口10万人当たりでは80人を超えている。政府は80年ごろから歯科医師過剰時代の到来を認識しており、一転して削減策が検討された。87年には「入学定員の20%削減目標」が掲げられ、98年にはさらに「10%削減」が求められた。

 しかし、私立大には国の指導の力が及ばないこともあり、結果的に追加の10%は完全には遂げられず、統廃合が起こることもなかった。入学定員削減で歯科医師を抑制できないのであれば、出口で絞らざるをえない。06年に厚生労働省の検討会が、25年には歯科医師数が約1万1000人過剰になると推計。歯科医療の質の低下への懸念などから、新たに養成する歯科医師の数を少なくとも毎年1割程度減らすため、国試の合格基準引き上げなどの抑制策を提言した。

 文科省が各大学に定員削減を要請する一方、厚労省は国試による抑制策を取った。出題数・出題範囲の増加などの見直しが加えられて合格基準も引き上げられ、合格率は7割を切る時代に突入した。

 その結果、最新の国試では新卒者の合格率が76.9%であるのに対し、既卒者は46.6%。受験回数が増えるほど不合格者の割合が高い傾向にある。また、国公立大の合格率76.9%に対して、私立大の合格率は60.8%である。

 私立大の合格率は注意して見る必要がある。国試へ出願しながら、実際には受験しなかった未受験者が相当数いるからだ。その数642人。出願者数の2割近くに及ぶ。うち97%が私立大生だ。「合格可能性の低い学生を卒業試験で落として国試を受験させなければ、見掛け上の合格率(合格者数÷受験者数)をカサ上げできる」(私大歯学部関係者)。留年した学生から授業料を続けて取ることができ、留年商法と揶揄されている。

 卒業保留という裏技もある。卒業試験の成績が悪かった学生に対し、卒業の最終判定を保留。国試の当日に卒業試験を再受験させ、国試を受験できないようにする。学生は再試験の結果がよければ卒業でき、留年による授業料を払わなくて済む。大学側も現役の合格率を悪化させなくて済む。ただし、既卒者の国試合格率は低く、複数回浪人する人が多い。

定員充足率が低く 財務上の不安も

 国試合格率が低く十分な学生を集められないと、大学の財務状況にも影響しかねない。たとえば、16年度の入学定員充足率が53%と最も低かった奥羽大学。日本高等教育評価機構の評価報告書(16年度)によれば、「借入金がなく、資金準備があり、内部留保資金も確保されていることから、安定した財務基盤が確立されている」と不安はなさそうに見える。

 しかし、入学定員充足率は過去4年にわたって全歯学部で最も低い。歯学部6学年分の収容定員600人に対する在学者数は330人。前出の評価報告書でも「定員充足率が0.7倍未満で改善を要する」と指摘された。

 学生数が少ないと、大学の学費収入が減る。奥羽大学の15年度学費収入は、22億円弱の予算に対して決算では2億円以上不足。教育研究経費支出や人件費支出を計3億円近く減らすことなどで収支は合っているが、収入の予算未達が続くと将来の財務が不安視される。

 国試の6年合格率が最も低い鶴見大学も、足元の財務は「安定した状況である」と評価されているが、近年急速に悪化しつつある。流動資産構成比率(換金性の高い資産が総資産に占める比率)13%は、私立大平均の14%を下回る。

 定員に満たない大学はほかにもある。にもかかわらず、持ちこたえているのは“企業努力”をしているからだ。講座を統合し教授やスタッフを減らすなどして人件費を削っている。だが、残った教員の仕事は増えている。また、大学病院の勤務医を減給したり、外勤(勤務先以外でのアルバイト)の報酬分を給与から差し引いたりする大学まである。

 特に地方の大学は厳しい状況にあるが、近年そこから脱しつつあるのが松本歯科大学(長野県)だ。国試の新卒合格率は、14年に35%だったが、16年81%、17年89%と近年は改善している。

 学費負担を下げて、より優秀な学生を集められるようになったことが一因だ。かつては6年間の学費(教材費などは除く)が約5600万円と私立歯科大の平均(約3300万円)に比べ高かった。だが、経費削減に努め、国からの助成金も受けるなどして2048万円へ引き下げた。また、09年度の入試からランクに応じた学費優遇措置のある特待生制度を導入。最も負担の少ない学生は約600万円とした。

 教育改革も行った。1年生は毎週月曜日の1時限目に、前週にあった科目のテストを実施。学生は自分の理解度を把握でき、教員は学生の状況に応じた授業を行えるようになった。スマートフォンを通じたeラーニングも拡充した。

 歯学部長の長谷川博雅氏は、「学生も教員も、PDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回す仕掛けが奏功した」と語る。

 定員割れを防ぎ、安定収入に貢献しているのは、韓国や台湾からの留学生だ。17年は入学定員96人に対して留学生は37人に達している。文科省は少子化対策から留学生の拡大政策を取っており、これに乗った形だ。神奈川歯科大学も留学生の受け入れに熱心で、両校は在校生の2~3割を留学生が占めている。

 松本歯科大学は、一定の効果が得られたことから、18年入学生の学費を値上げし6年総額は2736万円になる。長谷川氏は、「それで学生の質が少し変化するかもしれないが、経営基盤のしっかりしていないところに学生を呼び込むのも無責任だ」と語る。また、特待生制度も、成績上位の学生を毎年選び直して、学費の一部を免除するシステムに切り換える。

 私大歯学部の教育は決して安い買い物ではない。6年間の学費は朝日大学や明海大学など2000万円を下回るところもある(左ページ表)。が、大阪歯科大学、東京歯科大学、日本歯科大学などは3000万円を超える。学費が安くても、国試に合格できる学力を6年間で身に付けられず留年などをすれば、結局は高くつく。

 こうした観点から元私立大教員のS氏は歯学部を分析し、ブログ「(続)とある最底辺歯科医の戯れ言集」で開示している。6年間の学費総額を6年合格率で割った「お得度指数」の17年度入試版では、私立大は昭和大学、松本歯科大学、東京歯科大学の順で「お得」と評価している。

歯学部定員の削減はトーンダウン?

 日本歯科医師会は、14年には「歯科医師需給問題の経緯と今後への見解」で歯科医師過剰への危惧を唱え、「大学は入学定員数を守るだけでなく、養成教育可能な範囲での学生数を考慮せざるをえないと考える」と明言していたが、今はややトーンダウンしている。

 確かに歯科医師の人数は内科医より多く、開業する割合も高い。定年もないことから、歯科診療所は約6万8000(17年)と、コンビニエンスストア(約5万5000店、17年)を上回る。

 しかし、都市部を中心に過当競争が起きている一方、全国には無歯科医地区もある。また、高齢になっても歯を残す人が増えたことで歯周病が増加し、摂食・嚥下(えんげ)障害への対応など新たな領域もある。

 日本歯科医師会副会長の柳川忠廣氏は、「歯科医師は不足という状況ではない。過剰感が蔓延している地域もあるが、地域包括ケアやかかりつけ歯科医師など需要は変化する側面がある」と語る。

 一方、現場からは批判の声もある。30代の歯科医師は、「歯科界はシニア層の発言権が強いために問題を先送りしており、大学教職員は自分のポスト維持に必死。歯学部の統廃合は行われていないが、国試合格率の低い教育を続けていて意味があるのか」と手厳しい。

 前出のS氏は、閉鎖が相次ぐ法科大学院と違って歯学部は閉めにくい事情を、「歯学部に付属する病院は数少ない歯科の高度医療機関で多くの職員を雇用しているが、赤字経営が多く、病院のみでは存続できない。また、地方の大学には歯科医師の派遣機能もあり、歯学部を閉鎖すると地域医療が成り立たなくなる懸念もある」と語る。

 なお、厚労省の歯科医師の資質向上等に関する検討会は現在、歯科医師需給についての議論をまとめており、近く「歯科保健医療ビジョン」が出される。そこでは精緻な需給にまでは踏み込まず、18年に再度需給の推計が検討される。歯学部定員を削減するこれまでの方向性が弱まる可能性もある。

 日本私立歯科大学協会はホームページで受験生に、「今後、歯科医師不足が予測されます。いま以上に必要とされる存在になります」と呼びかける。大学の保身が目的でないことを願う。

ジャーナリスト●塚崎朝子