〔エコノミストリポート〕都道府県が「効率的な医療」を提供・・・・

2017.07.19

〔エコノミストリポート〕危うい地域医療構想 在宅医療・介護は整備途上 行き場なくさまよう高齢患者=田中尚美
2017.07.25 エコノミスト 


都道府県が「効率的な医療」を提供するために策定する「地域医療構想」で、医療崩壊が懸念されている。日本が前代未聞の「超・超高齢社会」を迎える「2025年問題」への対応は不可欠だが、「効率を名目にした削減ありき」では、患者に必要な医療体制が整備されない地域が生まれかねない。

 地域医療構想は、14年6月に成立した「医療・介護総合確保推進法」に基づき、医療のあるべき将来展望を描く。都道府県は、25年の医療需要を推計し、地域の一体性を踏まえて入院を含む基本的な医療の提供が求められる「2次医療圏」ごとに、16年度中の策定を義務付けられた。
 25年には、団塊の世代(1947~49年生まれの約800万人)が75歳以上の後期高齢者となり、国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上になる。15年度に41・5兆円だった国民医療費は、25年度には52・3兆円に増加する見通しで、75歳以上の後期高齢者の医療費は全体の36%から46%へと膨張する。医療費や年金などの社会保障費が膨大となるほか、介護を必要とする高齢者のための介護医療従事者の人手不足も予想されるため、「効率」で乗り切る狙いがある。

 ◇地域の実情無視

 地域医療構想で都道府県は、高齢化率や患者の傾向を踏まえて医療需要を予測することになっていた。しかし厚生労働省が15年3月にまとめた地域医療構想策定ガイドラインでは、高齢者が長期療養する「慢性期」病床に入院する患者の割合(入院率)を設定する際、「13年時点の最も低い都道府県」に合わせることを求めた。25年の病床数を絞り込む意図がある。
 病床数に注目したのは、人口1人当たりの医療費(図1)が高い地域は、人口10万人当たりの病床数も多い傾向にあることが明らかになっているからだ。高知県は、人口1人当たりの医療費(42万1700円=14年度)、人口10万人当たりの病床数(2522・4床=15年度)が、どちらも全国最多だ。
 地域医療構想では、都道府県は、医療機関からどのような症状の患者向けに病床を設けるか報告を求める。将来の需要見込みと比較して、病床数が過剰な場合は、医療機関に削減を要請する権限を持つ。機能すれば、例えば軽症患者が、「空きがある」からといって、医療費のかさむ重症患者向け病床に入院するといったケースを防ぐことができる。
 病床数については、「対策なしの削減ありき」との指摘が根強かった。政府が15年6月、25年の病床数を「13年の134万7000床から最大20万床削減できる」という推計を発表したためだ。13年度の診療報酬明細書(レセプト)を基にした試算で、対策をせずに高齢化が進んだ場合、25年の必要病床数は152万床に膨らむ。しかし、在宅や介護施設へ移ることで、必要病床数は115万~119万床程度になり、13年より16~20万床削減できるとした。
 一方、16年度中に都道府県が策定した地域医療構想の病床数を合計したところ、25年の必要病床数は約119万床で、13年より15万6000床少なかった(表)。削減数は、政府の推計とほぼ一致する結果だ。政府は推計の発表に当たって「必要病床数は都道府県が地域事情を加味して推計するため、政府推計は参考値にすぎない」と説明したが、都道府県の策定した地域医療構想は、その範囲内に収まった。増床は首都圏の1都3県と大阪府、沖縄県の6都府県のみで(80ページ図2)、道府県ごとの削減率もほぼ政府推計をなぞっている。医療関係者が「厚労省が試算方法を細かく『指示』した結果の機械的な病床削減で、地域の実情を無視している」と批判するのはこのためだ。
 政府の推計は、対策を取らなければ高齢化の患者増で25年の必要病床数は約152万床に膨らむとしている。病床数削減が「患者の追い出し」となり、行き場を失う患者がさまようことを避けるためには、在宅医療や介護サービスの充実が不可欠だ。

 ◇既に足りない施設

 病床は機能別に、▽救急や高度医療の「高度急性期」「急性期」▽リハビリなどの「回復期」▽慢性疾患を抱える高齢者が長期療養する「慢性期」──がある。地域医療構想では、四つの機能ごとに25年の必要病床数を示す。全体的な傾向として、高齢化に伴って需要が増える回復期の病床が不足しているのに対して、急性期の病床は過剰であり、病床機能の再編が必要とされている。そのため地域医療構想では、急性期と慢性期を減らし、回復期を増やすことを掲げる地域が多い。
 機能ごとの必要病床数を推計する際、基準になるのは、「診療報酬点数で測った医療資源の投入量」となっている。実際に入院している患者の症状には常に一定の幅がある。推計された必要病床数に収まらず、実態とは異なることが容易に想像される。
 地域医療構想について、日本医師会(日医)は「不足している病床機能を補う仕組み」とみている。回復期が不足しているという意見について、日医の中川俊男副会長は「回復期の患者は、医療資源の投入量から計算された治療経過の通過点にすぎず、現実には急性期から引き続き同じ病床に入院しているケースが多い。回復期の患者が締め出されているわけではなく、新たに回復期を作らなければならないという考えには、慎重でなければならない」と指摘する。
 慢性期について、政府は家や施設での療養が望ましいとして、在宅医療を推進する方針を掲げる。地域医療構想に従って病床削減を進めるためには、介護施設や高齢者住宅を含めた在宅医療で患者を受け入れることが必要だ。厚労省は地域医療構想策定ガイドラインで、25年までに慢性期病床に入院する医療必要度の低い患者の7割が自宅や特別養護老人ホームなどに移ると見込んでいる。一方、国が実施した特養、老人保健施設、療養病床の利用者の医療ニーズ実態調査では、自宅などへ移行できるのは3~4割程度とされ、大きな差がある。そもそも、すでに現時点で介護付きの高齢者住宅・施設が圧倒的に不足している。
「特養」「介護老人保健施設(老健)」「介護療養型医療施設」「認知症高齢者グループホーム」「介護付き有料老人ホーム」の五つが、立ち上がりや歩行、排せつ・入浴、衣服の着脱などが一人では困難な「要介護3」の高齢者に、介護サービスを提供する施設だ。タムラプランニング&オペレーティングによると、16年10月現在、合計146万戸。これに対して要介護3の認定者は約219万人だ。単純計算で73万人程度の需要が満たされていない。これが25年には、供給戸数191万戸に対して、要介護3の認定者は285万人にのぼると予測される。介護サービスが整備されないまま、大幅に病床が削減されれば、患者の療養環境はさらに悪化し、医療機関の負担も増えることが避けられない。

 ◇報酬改定で「生かさず殺さず」

 自宅をベースに生活支援を受けられるようにする「地域包括ケアシステム」の構築も進んでいない。さまざまな生活支援サービスを日常生活の場(原則的に中学校区、人口1万人規模)で適切に提供する体制づくりで、(1)介護サービスの拡充、(2)医療と介護の連携、(3)介護予防の推進、(4)配食や見守り等の多様な支援、(5)高齢者の住まいの整備──を目指している。13年に成立した「社会保障制度改革プログラム法」で明文化されたが、理解が進んでいるとは言えない。
 例えば、高齢者が骨折や脳梗塞(こうそく)で手術を受け、急性期病床に入院した場合、保険診療制度では、多くは2~3週間以内に退院しなければならない。退院しても自宅で療養することが難しい患者は、リハビリをし、自宅で自立して療養できるまでのサポートが必要になる。高齢者の在宅生活を支えるためには、ケアマネジャーと病院が情報共有を進めて、スムーズに生活を切り替えられるよう、医療と介護の連携強化が最大の焦点になる。
 さらに、自宅で暮らす高齢者を継続的に診る「かかりつけ医」が普及していない。患者の状態を日常的にケアして在宅で医療を受けられる体制を取りながら、必要があれば大病院を紹介する地域の診療所や中小病院の医者だ。
 また、人生の最期を迎える「看取(みと)り」にどう対応するかが大きな課題として挙げられる。厚労省の調査によると、自宅を訪ねて看取りを行う医療機関は5%にとどまる。老後を自宅で過ごしたとしても、最期は病院で迎える患者が大半となってしまう。
 25年に向けて、17年にそれぞれの地域で医療関係者が集い、具体的な病院名を挙げて、病床削減の議論をすることを厚労省は求めている。しかし、日本の医療機関の7割は民間であり、病床数削減は経営に直結する。権限が強化されたとはいえ、都道府県は「要請」しかできず、政府の意図通りに進むか疑問視されている。そもそもこれまで介護は市区町村、医療は都道府県単位で行われており、2次医療圏単位で両者を調整するのは至難の業だ。
 政府が地域医療構想を推し進める最大の武器が「報酬改定」による経済的インセンティブだ。18年4月に、介護サービスの提供者が受け取る「介護報酬」の改定(3年ごと)と、医療保険から医療機関に支払われる「診療報酬」の改定(2年ごと)が、同時に行われるため、政府が望む方向に誘導していくことが予想される。
 これまで報酬体系は、社会保障費の伸びを抑制方針に沿って「医療機関を生かさず殺さず」に削減に向かってきた。医療の効率化は避けられないとしても、削減ありきで患者が「生かさず殺さず」の状態になることはあってはならない。
(田中尚美・メディカルライター