医者の仕事のリアル--地域枠だけではない 医師偏在解消の処方箋

2017.06.07

【第1特集 医者&医学部 バブル人気の実情】--Part2 医者の仕事のリアル--地域枠だけではない 医師偏在解消の処方箋
2017.06.10 週刊東洋経済 
 


【第1特集 医者&医学部 バブル人気の実情】

Part2 医者の仕事のリアル

地域枠だけではない 医師偏在解消の処方箋

求められるのは医師が安心して地域医療に飛び込める環境整備だ。

 医療界全体を見渡すと、かねて指摘されてきたのに、なかなか解決できない問題が存在する。医師が都市部に偏り、地方で不足する地域偏在はその典型だ。

 左下の図は複数の市町村からなる2次医療圏ごとの人口10万人当たりの医師の人数を示したもの。たとえば愛知県では、名古屋市がある尾張東部医療圏と尾張中部医療圏では、同じ県内でも医師数に4.6倍もの開きがある。東京都の場合、区中央部と島しょではその格差は10.6倍に達する。ちなみに全国的には西高東低の傾向が顕著だ。

 医師が都市部を選ぶ理由としては、設備が充実し、かつ専門性を磨けるなどの人気ブランド病院が都市部に集中していることや、子どもの教育などの生活環境が整っていることが考えられる。

 これに2004年度から始まった新医師臨床研修制度が、医師の地域偏在に拍車をかけたという指摘もある。

 かねて出身大学の病院が中心だった初期研修先を、同制度導入後は自由に選べるようになったため、都市部の市中病院を選択する研修医が増加。その結果、大学病院が医師不足に陥り、地方に派遣していた医師を引き揚げたため、地方の医師不足が深刻になったというものだ。

 今年4月からスタートする予定だった新専門医制度も、医師の地域偏在を助長するという批判が上がっている(51ページ参照)。その因果関係の議論は尽きず、地域偏在の問題の根深さを物語っている。

問題解消の切り札 医学部の地域枠

 医師の地域偏在については、国や自治体も手をこまねいてきたわけではない。目玉の対策の一つが、医学部での地域枠の拡大だ。

 地域枠とは、将来地域医療に従事する意思を持った学生を対象とした定員枠のこと。大学によって細かな制度は異なるが、主な制度では地域枠の学生の在学中、学費や毎月の生活費を奨学金として貸与する。そして医師免許取得後、貸与期間の1.5倍にあたる9年間、都道府県内の特定の地域の医療機関や産婦人科、小児科などの医師不足が深刻な診療科で働いた場合、奨学金の返還が免除される仕組みである。

 地域枠はかつてごく一部の大学のみで実施されていたが、08年度ごろから拡大。16年度には全国9262人の医学部入学定員のうち、17.5%にあたる1617人が地域枠となっている。

 「全定員数に占める地域枠の割合が10%を超えたのは10年度。医師の養成には時間がかかるので、地方の医療機関で働く地域枠出身の医師が本格的に増えていくのは、まだこれからのこと」と、厚生労働省医政局医事課の吉川裕貴氏は語る。

ジェネラリスト不足も医師偏在の背景に

 地域偏在を解消するためのコントロールタワーとして、14年度以降各都道府県に設置されたのが「地域医療支援センター」だ。

 センターの役割は、地域の医師不足の状況を病院レベルで把握し、支援するべき医療機関を判断。病院に対して医師が働きやすい環境づくりを支援するとともに、医師の斡旋や派遣に取り組むというものだ。

 現状では斡旋や派遣の実績は都道府県によって差があるが、地域枠出身の医師が増えていく中で、今後センターに求められる役割はより重要になろう。

 地域偏在を解決するには、まだ大きな問題がある。病院からの依頼を受けて、医師のスカウトを手がけている半蔵門パートナーズ社長の武元康明氏は、ジェネラリストの不足が地域偏在の背景にあると指摘する。

 「多くの地方病院が必要とするのは、幅広い病気に対応できるジェネラリストで、スペシャリストの医師を求めるのは、一部の単科専門病院。ところが日本の医学教育はスペシャリスト養成に注力してきており、ジェネラリストが圧倒的に不足している」

 都市部の大病院では、専門特化した医療に携わっている医師も多い。こうした医師がいきなり地方病院に転職して、多様な症例にあたるのは困難だ。スペシャリスト偏重の状況を改め、一般内科医や一般外科医、総合診療医を増やしていくことが求められる。

 長年離島僻地医療に携わり、自らも「ゲネプロ」という組織で、僻地で活躍できる総合診療医を育成している医師の齋藤学氏は、「地域枠出身者の増加により、地域偏在は今後改善に向かうかもしれないが、問題は質」だと語る。

 齋藤氏によれば、経験豊富な総合診療医にとって、多様な症例への対応を求められる地域医療ほど、自己の能力を試し、鍛えられる場はないという。だが地域枠出身の駆け出しの医師がいきなり地方に派遣された場合、十分なサポートを得られなければ、自己の力量不足に対する無力感や、都市部の最先端の医療に取り残されているという焦燥感が募ってしまう。その結果、「地方での9年間の勤務が終わるのを指折り数えて待つことになりかねない」(齋藤氏)。

 地方で働く医師が都市部の医師から遠隔カンファレンスなどで適宜助言やサポートを得られることや、医師が地方病院と都市病院を行きつ戻りつしながら、地域医療に求められるスキルを磨いていく。そうした仕組みの構築が、医師を地域に根付かせ、地域医療の質を上げていく条件になりそうだ。

 実は厚労省も4月にまとめた「医師・看護師等の働き方ビジョン」の中で、「不足する地域に強制的に人材を振り向けるという発想に頼るべきではない」「医師のモチベーションを引き出す方策を講じていくべき」といった文言を盛り込んだ。

 医師が安心して地域医療に飛び込める環境を整えることが、地域偏在解決のカギとなる。

フリーランスライター●長谷川 敦

現役医師のつぶやき

医療圏ごとに定員を決めるなど、ある程度の政策誘導が必要(内科医)

現役医師のつぶやき

地方でも、院長や事務長の腕次第で常勤医は集められる(内科医)

[図表]西高東低だが首都圏でも偏在─2次医療圏ごとの人口10万人 当たりの医師の割合─

<カコミ>

回復期の医療が増える

 日本に現在約800万人いる団塊の世代。その全員が後期高齢者に突入する「2025年問題」に備え、国は「地域医療構想」を掲げ、病床機能の再編に取り組んでいる。

 現状では、緊急の治療を要する患者を対象とした高度急性期や一般急性期の病床(ベッド)数が圧倒的に多い。これを大幅に削減し、急性期を脱した患者の受け皿となり、在宅・生活復帰支援の機能を担う亜急性期病床を増やそうというものだ(左下図)。また在宅医療の充実も図ろうとしている。

イメージの転換が必要

 地域医療構想は、医師を目指す若い人にも大きな影響がある。「医師の仕事というと、急性期の病院で働くイメージがあるはず。だが今後医師の多くは、回復期や在宅医療に従事することになる」(武元康明氏)からだ。

 回復期や在宅医療の現場では、限られた分野で高い専門性を持つスペシャリストよりも、多様な患者の状況に対応できるジェネラリストの医師が求められることだろう。医師の仕事へのイメージを変えておくことが必要だ。

[図表]ワイングラス型からヤクルト型へ─病床機能改革のイメージ─

東洋経済新報社