〔エコノミストリポート〕総数は「医師余り」も 地域、診療科偏在解消めど立たず

2016.12.13

〔エコノミストリポート〕総数は「医師余り」も 地域、診療科偏在解消めど立たず 社会的責務に反する医師の自律=田中尚美
2016.12.20 エコノミスト 


 国は「医師不足解消のため」として、2008年度から大学医学部の枠を「臨時定員」で暫定的に広げてきた。しかし、医師の養成数を減らすべきだという意見が強くなってきたのが厚生労働省の「医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会」の議論だ。15年の調査で、全国の歯科医院数(6万8737カ所、厚労省医療施設調査)は、コンビニエンスストア(5万7052店、日本フランチャイズチェーン協会調査)より多いという明らかな過剰になっている。人口減少に転じた日本では、現状のペースで医師が生まれると近い将来、同じ道をたどるという懸念からだ。
 医師需給分科会は、日本医師会や全国医学部長病院長会議など、医療団体の幹部が名を連ねる。議論の基になった「医師の需給推計」(今年3月公表)が、波紋を呼んだ。
 医学部の定員や医師の労働力などを基に予測した医師の「供給」と、高齢者の増加や平均寿命の延びなど人口動態、病床数による医療の「需要」を比較。推計によると、需要は30年まで増え続けるものの、その後は減少する見込みだ。
 需要が最も多いと想定した場合(上位推計)、33年ごろにその時点で必要な医師数約32万人を満たす。中位推計では、24年に約30万人で需給が均衡するという結果だった(図1)。
 医学部の定員は16年度、計9262人だ。供給が現状のままなら、40年に医師数は33万3000人まで増加し、上位推計でも1万8000人も需要を上回る「医師余り」となる。医学部は卒業に6年かかり、医師国家試験合格後に2年間の「初期臨床研修制度」(研修医)が義務付けられていることから、在学中の学生が既に「供給過多」となっている可能性がある。

 ◇疲弊する現場

 この結果に異論を唱えたのが地方の医療現場だ。計算上は医師総数が確保されるとしても、地域、診療科の偏在解消にめどが立っていないためだ。「いつになっても田舎は医師であふれない。医師の総数議論は偏在対策をやってからすべきだ」(辺見公雄・全国自治体病院協議会長)との声が上がる。
 医師の地域偏在はいまだに大きい。14年の調査では、人口10万人当たりの医師数は、最多の京都府(307・9人)と最少の埼玉県(152・8人)で2倍の開きがある(図2)。同じ都道府県内でも、地域の一体性を踏まえて入院医療体制を整備する「2次医療圏」で比較すると、県庁所在地と周辺部で2~3倍の開きがあることも珍しくない。
 この推計の前提となる「医師の労働力」の算出にも、現場の医師からは疑問の声が上がった。30~50歳代の男性医師の仕事量を「1」とした場合、女性と60歳以上を「0・8」と推定。また12年の病院勤務医調査を基に、勤務医の労働時間は週53・2時間とした。
 一方、12年の国立保健医療科学院の報告では、4割の医師が週60時間以上働いているとの結果が出ている。医師需給分科会の議論の中でも「非常に多くの要素があり、一つ仮定が違うだけで、まったく変わってしまう恐ろしい数字だと思った」(全日本病院協会の神野正博副会長)、「女性医師の仕事量は、実態としてはもう少し少ない感じがする」(日本女医会の山本紘子会長)との指摘も出た。
 医師需給分科会は6月の中間とりまとめで、医学部定員の追加増員について「慎重にすべきだ」と指摘すると同時に、医師の「偏在」を改善するため、医師の配置に関する直接的な対策が必要と盛り込んだ。▽卒業後の一定期間、勤務地を限定する「地域枠」▽研修医の募集定員の病院ごとの割り振りに都道府県の権限を強化▽専門診療科を確立するための「後期臨床研修」の募集定員を、診療科ごとに、地域の人口に応じて設定──などの対策を提案した。
 地域医療機能推進機構の尾身茂理事長は、保険医登録、または保険医療機関の責任者になるための条件として、一定期間、医師不足地域での勤務を義務付けるよう提案している。尾身氏は「医師に居住・移転および職業選択の自由が保障される一方で、公共の福祉、地域に貢献するという社会的責務を果たすことが期待されているはずだ」と訴える。

 ◇医局の復活も議題に

 しかし、医師が「都市部や『ラク』と言われる診療科に集まる流れ」を変えるのは簡単ではない。医師はどこでも開業でき、自身の診療科として何を掲げるかについても規制がない(自由標榜(ひょうぼう)・開業制)ためだ。地域、診療科の偏在について、医師の自由意思を「尊重」することが「諸悪の根源」(厚労省幹部)との批判も根強い。
 医療の質の向上や医師の新たなキャリア形成を目的に17年4月から始まる予定だった「新専門医制度」は、導入まで1年を切った16年7月に18年4月からへと1年先送りされた。厚労省の真の狙いは「診療科ごとに定員を設けたり、診療報酬に差をつけるなどの方法で、医師への影響力を持とうとしている」とささやかれて、医師の反発は大きかった。
 医師への規制強化を実現するため、最後の手段として「医局制度」の復活を求める意見まで出始めた。自民党の国会議員でつくる「医師偏在是正に関する研究会」の小島敏文衆院議員は「医師が勤務地を自由に選べる現状では、どのような改革を進めても意味がない」と指摘する。
「医局」は医学部の講座と、対応する大学病院の診療科が一体となったもので、トップの主任教授は「教育、研究、臨床」にとどまらず、系列の地方病院への医師派遣に大きな権限を握っていた。数年ごとに教授の指示で医局の関連病院で勤務する「キャリアパス」は過去、多くの医師が通る道だった。医局の問題点は数多く指摘されつつも、医師が行きたがらないへき地の医療機関に交代で医師が派遣されていたのは、医局に権威があったからこそだった。
 しかし04年、厚労省が指定する臨床研修病院で地域医療などを学ぶことを義務付ける「初期臨床研修制度」を導入。若手医師は希望する医療機関で複数の診療科を経験する仕組みになった。
 幅広い診察ができる医師の養成が狙いだったが、大学病院を研修先に選ばない若手医師が増加。若手医師の勤務先を管理してきた医局は、関連病院へ医師を派遣する人的余裕がなくなった。それと同時に、人事権を基に、配下の医師だけでなく派遣を待つ地方病院まで絶大な影響力を誇っていた医局の力は、衰退したという経緯がある。

 ◇まとめられない厚労省

 医師需給分科会は来年の通常国会での関連法案提出に向けて議論を煮詰めるはずだったが、10月中旬以降、日程が設定されたにもかかわらず、3回続けて流会となるという異常事態となっている。厚労省が10月、テーマが重なる「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」を設置したことを受け、メンバーの中で、厚労省の議論の進め方に不満がたまっているためだ。厚労省担当者は記者説明で、「(二つの検討会の成果の)取り扱いについて省としての意思決定はできていない」と思わずこぼした。厚労省の議論の進め方への批判は、ほかにもある。
 1979年の琉球大(沖縄県)以来、30年以上認められていなかった医学部の新設が、16年度に東北医科薬科大学(仙台市)、17年度には国際医療福祉大学(千葉県成田市)で承認された。被災地復興支援や国際的な医療人材の育成を目的としているが、一方で医学部の臨時定員を削減することも検討されている。この時期の医学部新設は政策的に一致しないという意見も根強い。
 議論が錯綜(さくそう)している現状に、医療関係者の中には「解決に向けた議論がまとまる前に、人口減少と過疎化で地方が消滅する」という意見すらある。
 地方と都市、勤務医と開業医など医療界内部でも対立が大きい。医師はこれまで「プロフェッショナル・オートノミー(専門家による自律)」を主張してきた。日本医師会などの医療団体は、患者を第一に考えた偏在への解決策を自ら提案することが求められている。
(田中尚美・メディカルライター)

 ◇医学部定員の推移

 医師の養成数は国が政策的にコントロールしてきた。医師国家試験は9割以上が合格するため、実質的に大学の医学部定員が年間の養成数となる。
 1973年には、地域の医師不足に対応するため「1県1医学部」構想を閣議決定。全国に医学部が新設され、医学部の1学年の定員は4000人台から8000人超へと急拡大した。しかし82年、医師数の増加が「全体として過剰を招かないように配慮」すべきと閣議決定され、83年には「医療費が国を滅ぼす」との議論が起こって医療費削減が求められるようになり、それ以降は7625人が続いた。
 2000年代後半になり、地方の医師不足が問題化し、再び医師数を増加に転じた。16年度の医学部定員は9262人。内訳は、定員8269人と「地域枠」などの臨時定員993人となっている。将来的に医師が過剰になるとの見方から、臨時定員は20年度以降、削減が検討されている。
 16年度、東北地方の医師不足解消を目的とした東北医科薬科大学(仙台市、定員100人)、17年度に国際的に活躍する医師養成を掲げる国際医療福祉大学(千葉県成田市、定員140人=うち20人は留学生)に医学部が新設される。新設は1979年以来となる。