〔奈良県医師会長が警告〕もう見過ごせない! 医療崩壊 6つの盲点

2016.09.15

〔奈良県医師会長が警告〕もう見過ごせない! 医療崩壊 6つの盲点
2016.09.25 サンデー毎日 


 いつでも、どこでも、誰でも保険医療が受けられる日本の国民皆保険制度。それが今、静かに“自滅”の道を進んでいる―こう警告するのは、塩見俊次・奈良県医師会長(67)。診療報酬改定や医師不足解消のウラに隠れた「盲点」を明かす。


〈マスコミがほとんど報道しないが、医療が崩壊に向かっているのは事実だ。今から数年後の日本の医療は様変わりしていることだろう〉

〈何年後かに医師になった人が自分の希望する勤務地で仕事ができなくなりそうだ。そうなれば当然医師になろうとする人が減るだろう。またまた医療の質が低下する〉

 塩見氏のツイッターにはそんな懸念があふれている。本誌の取材に応じた塩見氏は、こう力説する。

「医療の現実を、患者も医師もよく理解していない。気付いた時に手遅れにならないよう、国民に広く知らせる必要がある」

 塩見氏は診療の合間を縫って、安倍首相や厚労省、政府の社会保障制度改革国民会議、経済財政諮問会議などでの委員らの発言をこまめにチェックする。

〈医師偏在の対策:保険医の配置・定数設定。自由開業・自由標榜の見直し言及〉〈かかりつけ医以外の外来受診時、定額負担〉などメモには細かな字が並ぶ。

「記していくと、国の目指す方向がおのずと浮き彫りになるんです」

「医療崩壊」という言葉がしばしば聞かれるようになったのは、2000年代半ば。小泉政権の時代だった。06年4月には、診療報酬の引き下げ幅が3・16%と過去最大に。医療費抑制名目でマイナス改定が続き、地方を中心に病院や診療科の閉鎖が相次いだ。

 福島県立大野病院で起きた帝王切開後の妊婦死亡事件(04年)で、06年に主治医が逮捕されたことも“崩壊”の引き金になった。

「予見不能な医療事故が刑事事件として立件されたことに医師たちはショックを受けた。08年に主治医の無罪が確定したものの、『お産は扱いたくない』と産科離れにつながったのです」

 塩見氏は、さまざまな事情から安全で公平、かつ継続的な医療が提供できなくなる状態を「医療崩壊」と考えている。

 さかのぼれば1983年。厚生省保険局長(当時)が「医療費が増え続ければ国家は滅びる」と医療費亡国論を展開した頃から、医療崩壊は指摘されてきた。高齢者の増加や医療技術の進歩などを背景に医療費は増加の一途を辿(たど)り、90年度は約20兆円だったが2013年度には40兆円を突破。25年度には54兆円にまで膨らむという。

「税金や保険料で国民皆保険を支えきれなくなってきたから、国は医療費を削減したい。その考えに異論はありません。減っても、きちんとした医療さえできればいい。ところが国は、一見そうとは分からないよう巧妙に制度を変えたり、方向付けをしてくる。患者も医師も医療の質の低下に気付きにくいのです」


 ◇湿布薬は「市販品」を薬局で買うハメに!?


 2年に1度の診療報酬改定。4月からは紹介状なしで大病院を受診すると、初診で5000円以上、再診で2500円以上の支払い義務が生じるようになった。だが、患者の側からは分かりにくい改定もある。

 塩見氏の専門である整形外科では「湿布薬の適正給付」の名のもと、処方が変わった。以前は処方箋と診療報酬明細書に湿布の枚数だけを記せばよかったが、4月からは1日分の用量か、あるいは何日分相当かを記す義務が生じたのだ。

「医師仲間から書き方を質問されることが増えました。患者さんの個人差もあり、湿布を何枚出したから何日分と単純に言えるものでもなく、難しい。もともと湿布はもうかるものでもない。となると処方箋や明細を書くのが面倒で、湿布を出さない医者が出てきても不思議ではない。かねて湿布や風邪薬など、薬局で買えるものは保険適用外にしたい国の意向はあった。しかし、いきなり適用外にはしないところが巧妙で分かりにくいのです」

 最近は医師処方と同じ薬効成分の湿布が市販されている。枚数にもよるが、2000円前後と安くはない。保険診療(3割負担)で医療機関で処方してもらった方が安上がりなようだ。

「胃炎などで鎮痛剤がのめない患者さんにとって、湿布が処方されなかったり、高額な市販品の湿布を買わなければならなくなることは、生活の質(QOL)を落としかねません」


 ◇本当に大丈夫なのか 「ジェネリック8割」


 医療費の中でも増加が著しいのが薬剤費だ。今年度は医療費約40兆円中10兆を占めるため、削減の“本丸”とされる。国は20年度までに先発医薬品より安価なジェネリック(後発)医薬品のシェアを、現在の4割台から8割以上に上げることを目指している。

「ジェネリックは先発薬と有効成分が同じだけで、コーティング剤や製造方法は異なる。試験管内での溶出試験しか行われておらず、体内でどう溶け出すのかは分かっていません。患者が不利益を被る恐れがあるのです」

 記者も医師の勧めで頓服薬をジェネリックに変えた時、効き方やキレの違いに驚いた経験がある。ジェネリック製品を否定はしないが、従来品と同等という実感は薄い。


 ◇過剰なブームが怖い 薬よりサプリ頼み?


 さらに塩見氏は昨今の過剰なまでのサプリメント・ブームに警鐘を鳴らす。

 市場調査会社・インテージによれば、昨年度の健康食品・サプリメントの推定市場規模は1兆5785億円。前年比2・9%増で、調査が始まった13年度から拡大傾向にある。

 そもそもサプリメントは、医療費抑制の一助として法整備や規制緩和の対象になってきたが、塩見氏は「サプリメントのCMが垂れ流される状況」に違和感を拭えないでいる。

「サプリメントは薬ではない。なのに、例えば大手製薬会社が販売していると薬の代わりと思いこむ人がいる。要は病院に行かず、自分でサプリメントを買ってセルフメディケーション(自身の健康に責任を持ち、軽度の不調は自分で手当てすること)という国の方向付けです。結果、患者の自己診断が病気の発見を遅らせたり、悪化させる危険もある」

 整形外科分野での代表的なサプリといえば、軟骨成分のグルコサミンとコンドロイチン。

「軟骨には血液が流れていないので、サプリを服用しても患部には届かない。口から摂取したものは体内で変化するため、成分がダイレクトに作用するわけではないのです。薄毛の人が髪の毛を食べたら、毛が生えますか? 肉類を一生懸命食べたら筋肉隆々になりますか?(笑)。サプリは国が認めた大きな詐欺ではないかと思うことがあります」

 加えて、最近は一部報道で「薬は飲むな、手術は受けるな」とかまびすしい。

「副作用のない薬はないのに、副作用をあげつらい、いたずらに患者を不安に陥れている。薬よりサプリ、と勝手に自己判断して病院に行かなくなることが怖いのです」


 ◇医師増員でも質は? 不足より偏在が問題


「医師不足」解消を目的に医学部の定員が増員されたのは08年度。07年度の7625人から右肩上がりに定員は増え、今年度は9262人。厚労省は33年度には必要な医師数の確保が可能としている。だが、塩見氏が疑念を抱くのは「増やし方」にあるという。

「増えた約1600人という数字は16の医大や医学部の新設に等しい。それなのに多くの大学では教員を増やしたり、教育環境・設備を整えたりすることなく、定員だけ増やしている。まともな教育ができるとは到底、思えません」

 元をただせば、そもそも塩見氏に「医師不足」の認識はなかった。06年8月、奈良県で分べん中の妊婦が意識不明となり、19カ所の病院で受け入れを断られた末に亡くなったことがあり、メディアは「たらい回し」「医師不足が要因」などと報じた。だが、塩見氏は違和感を感じたという。

「現実問題として、検診も受けていなかった妊婦を救急で受け入れるのは難しい。よりよい受け入れ先へ、と考えた結果であり、医師不足が原因ではなかった。産科医が足りないとか、へき地の医師が足りないという医師の偏在が問題だったのに、単に医者の数を増やせばいいと安易な発想に結び付けてしまったのです」

 偏在を加速させたのが、04年に始まった「新医師臨床研修制度」と塩見氏は見る。新人医師が2年間の研修先を自由に選択できるようになったため、人材が都市部に集中した。

「地方の新卒医師は東京や大阪など大都市の病院で研修を受け、地元に残らなくなった。事実、奈良県立医大でも人が激減したのです」

 経済財政諮問会議が作成した「骨太の方針2016」には、医師の地域や診療科偏在などの対策について、年内に取りまとめるとある。

「曖昧な内容のまま6月に閣議決定されてしまった。事前に厚労相が諮問会議に説明したという資料によると、医師の診療科や勤務地選択の自由を廃止しようとある。つまり外科を志望しても小児科に行かざるを得なくなったり、奈良での勤務を希望しても『医師が足りないから北海道へ』と命じられるかもしれない。研修だけは自由で、それ以降は不自由になる。球団を選べないプロ野球のドラフト会議と同じで、医師の人権侵害にあたるのではないか。優秀な人材が医者にならず、他の分野へ流出してしまうのではと、心配です」

 厚労省は8月、来年度から医師の研修先や勤務先などの情報をデータベース化する方針を固めた。

「国が医療や医師を管理しようとしている。裏には税金と保険料で賄われている医師を公務員とみなす価値観があるのです。これも医師に対する人権侵害です」


 ◇地域連携で淘汰(とうた)危機 小規模病院の“受難”


 一昨年の医療法改正では、都道府県が「地域医療ビジョン」を策定し、近隣の医療関係者同士で協議の場を設けることが義務付けられた。「地域の連携」と聞こえはいいが、塩見氏はここにも盲点があると見る。

「例えば、同じ地域の病院同士が稼働していない病床の削減について話し合ったとしましょう。大病院が小規模の病院に『病床を減らせ』と言えば、小さな病院は従わなければならないのか。協議が決着しない場合は、知事が削減を要請できることになっている。拒否すれば病院名の公表や補助金の交付対象から外されるなどのペナルティーがあるため、小病院が閉鎖に追い込まれ、へき地医療の切り捨てになるのではないか、との危惧があるのです」

 地域連携の流れは昨年の医療法改正で決定的になり、「地域医療連携推進法人」の創設が決まった。地域の複数の病院がグループ化し、医薬品の共同購入や病床の再編が可能になったが、「同時に医師や職員の引き抜きが起きる可能性もあり、小さな病院にとっては死活問題になりかねません」


 ◇TPPとは無関係!? 皆保険“崩壊”の脅威


 日本の医療は世界に冠たる国民皆保険である。だが塩見氏は「『国民皆保険は守る』『触るつもりはない』という政治家の言葉に騙(だま)されてはいけない」と喝破する。「形として残ってはいても、実際は保険適用にならない診療が増えている」(塩見氏)からだ。

 最近、話題になったのが免疫系の抗がん剤「オプジーボ」。もともと皮膚がんの一種、悪性黒色腫(メラノーマ)の治療薬だったが、昨年12月からは一部の肺がんにも公的保険での適用が可能になり、今年8月には腎細胞がんの一部にも適用が広がった。厚労省は薬価を下げる方針を示しているが、現在は1年間投与すると薬価は約3500万円。仮に対象となる肺がん患者5万人に投与すれば、医療費は1年間で1兆7500億円。

「一つの薬剤が医療費を押し上げ、皆保険制度の脅威になりかねません。なぜ高額なまま適用範囲を広げたのか。これまでは日本が環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に参加したら、米国の医療が流入して自由診療が増え、皆保険制度は崩壊するといわれてきた。ところが実態を見ると、TPPとは無関係に簡単に崩壊し得るのです」

 薬剤費のみならず、患者の「フリーアクセス」も医療費増大の一因という。軽い風邪でも自由に大病院にかかれるから検査が増えて医療費が高くつく―という理屈だが、それも規制の対象になりつつあるという。

「今後は地元のかかりつけ医以外を受診した場合は、医療費を高くとろうという提案が出ている。医者と同様に患者も選択肢が減るかもしれない。医療の安心には本来、お金がかかるものなのですが」

「医療の状況はジグソーパズルのようなもの」と塩見氏は言う。一つ一つのピース(事象)を見ても全体像はつかめない。だが、組み上がった時に日本の医療の実態が見えてくる、と。

「見えた時は手遅れ。だから、早く気が付きましょうと警告しているのです。国は団塊世代が全て後期高齢者になる2025年に医療費が逼迫(ひつぱく)すると躍起ですが、その世代も大体10年後には亡くなる。その10年のために、長年続いた医療制度を改悪してはならない。医療費の不足は他の無駄使いを削って補うべきなのです」

 4年前、大病をしたが一命を取り留めた。再発の危険を抱えながら発信をやめないのは、「次世代に負の遺産を残したくないから」である。

(本誌・菊地香)

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 ◇しおみ・しゅんじ

 1949(昭和24)年、大阪府生まれ。橿原整形外科クリニック(奈良県橿原市)院長。2008年より奈良県医師会長