〔エコノミストリポート〕大学病院で相次ぐ死亡事故 経営重視し手術数増加が「院是」 規制強化で体質は改善しない

2016.09.01


〔エコノミストリポート〕大学病院で相次ぐ死亡事故 経営重視し手術数増加が「院是」 規制強化で体質は改善しない=島本明
2016.09.06 エコノミスト 刷 


 群馬大医学部付属病院での腹腔鏡手術や、東京女子医大病院の禁止鎮静剤投与など、医療行為に関連する死亡事例が相次ぎ、両病院は「特定機能病院」の承認が取り消された。ノバルティスファーマ社が主導した降圧剤に関する医師主導臨床研究では、製薬会社有利になるような改ざんが疑われ、4大学で論文が撤回される事態になっている。その背景にあるのは、経営を意識せざるをえない大学病院の厳しい資金環境だ。厚生労働省は臨床や研究について規制を強化しようとしているが、ただでさえ資金が乏しく、規制が複雑で「窮屈」と指摘される日本の医療研究環境がさらに悪化する恐れもある。

 ◇「よく続いた」過酷な労働

「この状況でよく勤務が続いたなと思うくらい過重な勤務体制であることが分かった」
 第三者の立場から、群大病院の医療事故調査委員会委員長を務めた上田裕一・奈良県総合医療センター総長は、7月30日にあった最終報告書提出後の記者会見で、死亡事例が続いた原因に、貧弱な体制にもかかわらず経営重視で手術数を増加させようとした病院の姿勢があったと指摘した。
 この問題は、2010年から14年の間、群大病院の旧第2外科で行われた腹腔鏡を用いた肝臓切除手術において、手術後100日以内に相次いで8人の患者が死亡した事例に端を発する。いずれも元助教の男性医師が執刀した。調査の結果、07年以降に群大病院での肝胆膵(かんたんすい)分野の手術で死亡した64人のうち30人は、この男性医師の執刀だったことが明らかになった。日本肝胆膵外科学会の分析では、11年から14年までの4年間における腹腔鏡肝切除術の死亡率は、群大病院では8・6%に達した。全国平均は0・49%で、実に17・6倍と際立っていた。
 群大病院の対応はお粗末の一言だった。
 千葉県がんセンターで腹腔鏡手術の死亡事例が続いているとの報道を受けて内部調査を始めたところ、群大病院でも同様の死亡事例が起こっていることが発覚した。調査の途中で『読売新聞』に報道され(読売新聞は一連の報道で新聞協会賞を受賞)、慌てて「院内事故調査委員会」を設置。15年3月に調査報告書をまとめた際に、外部委員の了承なしに腹腔鏡手術による死亡8事例全てで「執刀医に過失あり」と追記したことが問題視され、後に当該部分を削除するという失態を犯した。
「執刀医個人の問題」として早期に幕引きを図りたいという病院側の意図が明らかで、医療界、患者から猛反発が起きた。報告書の内容に信頼が得られなくなったため、大学本体が主体となって第三者による新たな事故調査委員会を設置。さらに別の第三者で病院の管理体制を検証する「病院改革委員会」も作られ、一つの事例について計三つの報告書ができるという異例の事態となった。
 最も包括的に問題を検証した第三者事故調査委員会の報告書では、問題のあった旧第2外科(現・臓器病態外科学)と、旧第1外科(現・病態総合外科学)間の競争が背景にあったと分析。もともと医学部では第1外科、第2外科など、数字で診療科を区分けする「ナンバー制」と呼ばれる慣習があるが、通常はメインとする領域はすみ分けがされている。しかし、群大病院は学科内の人事抗争などの結果から、第1、第2で同様の診療科を抱えていた。
 消化器外科肝胆膵分野でみると、07~14年に、医師数は第1が3~6人、第2は1、2人と差がありながら、手術数は第1で589件、第2で573件とほぼ同数だった。両科は同じ入院病棟を使い、同じ診療分野を扱うにもかかわらず、症例検討や知識、経験を交換しあうこともなく、お互いの医局員が話をすることもない状況だったという。上田氏は「多くの医師が患者の死亡をみていた」と憤り、両科の医師、スタッフが死亡事例続発という異常事態を目の当たりにしながら指摘しなかった体制を問題視した。田村遵一病院長も「第2外科は、先行する第1外科に負けないようがんばろうとしたのかもしれない」と振り返る。
 競争の背景に、病院経営改善のために手術数増加を「院是」としていたことが指摘されている。群大病院は全国45の国立大学病院のうち、100床当たりの手術件数で、10年度は1位、11年度は3位、12~14年度は2位だった。病院自らが「国立大学病院は急性期医療の要であり、外科治療の力が問われる。その一つの指標は手術件数」と宣言していた。04年に国立大学が法人化され、以前のように赤字を垂れ流すことが許されなくなり、大学病院でも経営意識が求められるようになっていた。入院患者を増やすことが病院経営には最も効果的で、特に外科部門へのプレッシャーは大きかった。医師1人で見合わない数の手術や診療をこなさざるをえず、経営重視の姿勢が医師個人や医療体制を崩す悪循環だった。
 このほかにも、診療科のトップである教授の指導力不足や、実態を偽った論文投稿、手術実績が乏しいにもかかわらず高度技能指導医を取得していたことなど、次々と問題点が明るみに出ている。
 病院改革委員会(委員長=木村孟・元東京工業大学長)の報告書は、「適格性が疑われる医師が存在した。通常は働くはずの統治、チェック体制が機能せず、極めて属人的な運営が行われていた」とし、医師個人と大学のガバナンス欠如が重なって問題が起きたと分析した。群大は7月29日付で、すでに退職していた執刀医の男性医師を懲戒解雇相当、上司だった元第2外科の教授を諭旨解雇処分とした。

 ◇資金確保で不正に手を染める

 厚生労働省は15年6月、一連の問題を受けて、群大病院に対して、高度な医療を提供する病院として、診療報酬の優遇が受けられる「特定機能病院」の承認を取り消した。
 同じタイミングで、東京女子医大病院も承認取り消し処分になっている。東京女子医大病院では14年に、小児に「禁忌」とされている鎮静剤を投与し、2歳男児が死亡する事案が起きた。規定違反の薬剤投与が過去にもあったとみられ、遺族が医師5人を刑事告訴する事態に発展している。さらに医学部側と病院・理事長側の対立が激化し、医学部長の記者会見に対して理事長側が「あくまで私的な会見で、いかなる意味においても本法人による発表ではない」と申し入れるなど、異常な状況が続いていた。東京女子医大病院は02年にも承認を取り消されており(07年に再承認)、2度目の取り消しで体質改善が困難なことがうかがえる。
 こうした事態を受け、厚労省は特定機能病院の承認要件について、安全対策強化を目的に新たな要件をまとめる見直しを決定した。さらに大学病院には、今年2月、「大学付属病院等のガバナンスに関する検討会」を設置。第1回の会合では、塩崎恭久厚労相が「最も大事なのは、最終責任者である管理者(病院長)の選び方。教授選挙ではなく、適切な人材が権限と責任を持って病院の管理運営に取り組めるようになるかが重要だ」と異例のメッセージを送った。
 医学部、大学病院では「学問の自治」の発想のもと、教授や病院長、学部長を職員や教員の選挙によって選ぶことが多く、山崎豊子氏の『白い巨塔』で描かれたような権力闘争、談合の温床になってきた。検討会では指名制の義務付けや、院外に監査組織を設置するなど外部からの監視を強化する方向で議論が進んでいる。
 大学病院の重要な役割の一つが、実際の患者を対象とした「臨床研究」だ。日本の医学研究では伝統的に、iPS細胞(人工多能性幹細胞)など基礎研究に強いが、診療に直結する臨床研究は弱い。研究資金の乏しい日本の大学では、時間と手間のかかる大規模臨床研究を行う力がないためだ。海外で承認された新薬が、日本での導入が遅れる「ドラッグラグ」と呼ばれる状況も、臨床研究の少なさが影響している。
 2000年代に入り、製薬会社の資金援助のもとで大規模臨床研究が少しずつ進むようになった。その中で製薬会社ノバルティスファーマが関与した5大学の臨床研究疑惑が発覚し、水を差した。
 ノ社の降圧剤バルサルタン(商品名ディオバン)が、「他の降圧剤より心臓と腎臓の保護効果が大きかった」など降圧以外の「特別な効果」を探る目的で行われた臨床試験だ。東京慈恵会医科大、千葉大、京都府立医科大、滋賀医科大、名古屋大の臨床試験において、ノ社の元社員が関与したことが明らかになっており、データを意図的に「操作」した疑惑が生じている。
 8月15日には、東京大医学部循環器内科の小室一成教授が千葉大在籍時に実施した研究論文の撤回が公表された。名古屋大を除く4大学で論文が撤回されている。主導した教授の多くは基礎研究に実績がある。臨床研究で資金集めをしたいという意識があったとみられ、そこを広告、販売戦略に医師主導の臨床試験の結果を活用したい製薬会社に付け込まれた形だ。
 東京地裁では現在、京都府立医科大の臨床試験でノ社の元社員が薬事法(現医薬品医療機器法)違反(虚偽広告)に問われた裁判が審理されている。
 このほか、複数の医師主導臨床研究で製薬会社の不適切な関与が明らかになっており、厚労省が規制に乗り出した。資金提供元の開示やモニタリング、記録保存を義務付ける「臨床研究法案」を今秋の臨時国会に提出する。製薬企業などが、臨床試験に資金提供する場合、契約を結び、インターネットなどでの公表を義務付けることが大きな柱だ。透明性は向上するが、体制を整備できるのは研究資金が豊富な一部の大学に限られるとの指摘があり、少なくとも短期的には論文数の減少は確実だ。

 ◇研究環境は悪化の一途

 国立大学では04年の法人化後、国からの交付金が大幅に減少したことを受け、これまでは求められなかった「経営意識」が特に重視されるようになった。コスト意識を持つこと自体は望ましいことだとしても、その分、地域医療や研究、教育に力を注ぎにくくなっていることは否めない。大学病院を巡るさまざまな問題の背景に、経営改善のプレッシャーや外部からの資金調達があったことは指摘したとおりだ。
 全国医学部長病院長会議が15年11月に公表した「大学病院経営実態調査」では、80の大学病院本院のうち53病院で悪化傾向にあった。収支報告があった73病院では、年間約22億7400万円の医業収支赤字となっており、厳しい経営状況が続いている。また同会議による各大学へのアンケートでは、ここ数年は総額370億円程度で推移していた民間からの奨学寄付金を含む研究費助成額は、ノ社事件後の14年度は326億円と1割以上減ったという。奨学寄付金が「以前より減少した」と答えた大学は7割を超えた。
 それでも、医学界に大きな力を持つ東京大、京都大などの旧帝大には数億~十数億円の奨学寄付金が渡っている。地方との差は大きく、資金提供でも「選択と集中」が進んでいる。
 規制強化や自助努力を求めることが大学病院の体質改善につながるのか、今一度考える必要がある。
(島本明・医療ジャーナリスト)

 ◇「白い巨塔」も今は昔 衰退する大学病院の医局

 医学部の機能は「教育」「研究」「臨床」、そして「医師派遣」の四つに分類できる。付属病院は教育病院や臨床研究の場のみならず、地域における「医師供給バンク」の役割を持つ。
 大学病院は、各大学の医学部に最低一つあるが、私立大学では複数持つことも多く、順天堂大学は首都圏を中心に六つの付属病院がある。臨床では高難度の診療に特化することが期待されており、「本院」と呼ばれる医学部直轄の大学病院はほぼ全てが「特定機能病院」の承認を受けている。
 診療科の科長は、対応する医学部の教授が務める。医学部に所属する教員も、大学病院では臨床医として勤務する。過酷な勤務の割に、給与などの待遇は民間病院より低い場合がほとんどだ。診療科・講座ごとに教授を頂点とした「医局」が作られ、大学外に関連病院を持つ。所属する医師は、医局の指示のもと、大学病院と関連病院を数年おきに異動しながらキャリアを築く。
 しかし、2004年に初期臨床研修制度が導入されて以降、大学病院を研修先に選ばない若手医師が増加。関連病院へ医師を派遣する人的余裕がなくなったことが、地方の医師不足など00年代の「医療崩壊」と呼ばれた一連の現象の要因となった。人事権により、派遣を待つ地方病院などに絶大な影響力を誇っていた医局の力は衰退傾向にある。
(島本明)