<巨大病院誕生 加古川中央市民、7月1日開院>(上)経緯 医師不足解消が原点

2016.08.05


<巨大病院誕生 加古川中央市民、7月1日開院>(上)経緯 医師不足解消が原点
2016.06.27神戸新聞



経緯


医師不足解消が原点


 加古川市の東西市民病院を統合し「加古川中央市民病院」が7月1日に開院する。病床数600床、診療科目30科を備え、職員約1200人が働く東播地域最大の医療機関が誕生する。設立の背景や地域にもたらす影響を考える。(小林隆宏)


 今、県内各地で公立病院の再編が進んでいる。2013年に三木市民病院と小野市民病院が、15年には県立尼崎病院と同塚口病院(ともに尼崎市)が一つになった。18年には県立柏原病院と柏原赤十字病院(ともに丹波市)、早ければ21年度にも県立姫路循環器病センターと製鉄記念広畑病院(ともに姫路市)の統合が予定されている。

 「医者が来なかったら病院はなくなってしまう。早く一緒にならないと、という思いが強かった」。2010年に加古川市民病院と神鋼加古川病院(ともに当時)の統合を発表した当時の市長、樽本庄一氏は振り返る。

 切迫していたのは「加古川市民」の方だった。医師が研修先を選べる新臨床研修制度導入以降、全国で起きた医師不足にあらがえず、04年に14人いた内科医は07年、2人まで減少した。

 市内では以前、東=神鋼加古川病院▽西=加古川市民病院▽北=甲南加古川病院▽南=県立加古川病院-と各地域に総合病院を抱えていた。樽本氏は述懐する。「みんな神戸大系。同じ地域で医者の取り合いをしていた」

 当時の加古川市民病院の苦境を、神鋼加古川病院の副院長だった大西祥男・現加古川市民病院機構理事長は近くで見ていた。「救急で患者を運んでも『あっちは見てくれない』と隊員がぼやいていた」。神鋼加古川病院は医師不足や極端な赤字はなかったが、施設老朽化などのリスクがあった。

 大西氏はその後、医療崩壊の現実に直面する。09年4月から院長になった県立柏原病院は医師不足で診療体制は縮小中。対策に、県と神戸大が地域医療連携推進プロジェクトを始めたばかりだった。「医師がいかに大切か身を持って経験した」。だからこそ院長を務める加古川中央市民病院で、教育の充実を強調する。「学べる、スキルアップにつながるような病院は研修医が増える。研修医が増え、質の高い医療が提供できれば、医師数は安定するはず」。同病院は医師数約170人での開院を予定している。