インドで見た「早い、安い、うまい」医療が日本を救う

2016.06.30

インドで見た「早い、安い、うまい」医療が日本を救う
天皇の執刀医Dr.天野篤の「危ぶめば道はなし」【7】
PRESIDENT Online スペシャル2015年4月2日(木
著者
順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授 天野篤 構成=福島安紀 撮影=的野弘路

インド・バンガロールの病院の現実


順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授 天野 篤
1月下旬、インドのシリコンバレーとも呼ばれるIT(情報技術)産業の集積地、バンガロールへ3泊5日で行き、2つの病院を視察してきました。バンガロールはインド南部の都市で、日本を含む海外の多くの企業もここに拠点を置いています。

私が視察したのは、貧困層を含む一般向けの「ナラヤナ・ヘルスケア」グループの心臓病専門病院と、主に富裕層向けで、セコムの子会社・セコム医療システムが昨年3月にオープンしたばかりの「サクラ・ワールド・ホスピタル」の2カ所です。

サクラ・ワールド・ホスピタルは、最新の医療機器や設備、ホスピタリティが整った病院で、それはそれで興味深かったのですが、ナラヤナ・ヘルスケアでは、私のモットーである「早い、安い、うまい」心臓手術と医療サービスが提供されており、医療費増大に苦しむ日本の医療の活路を見出だせた気がしました。

ナラヤナ・ヘルスケアは、心臓外科医のデビ・プラサド・シェティ医師が、2001年に創業した病院グループです。シェティ氏は、かつて、ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサの主治医を務め、「お金のあるなしに関係なく、多くの患者を助けたい」と考えてこの病院を開業したそうです。

心臓専門病院はベッド数が400床で、年間約6000例の心臓外科手術と年間約3000例のカテーテル治療を実施しています。順天堂大学医学部附属順天堂医院の心臓血管外科では、年間730例の手術を実施していますが、それでも日本の中ではかなり多い方です。欧米では心臓病手術の集約化が進み、1000例を超える病院は決して珍しくありませんが、年間6000例というのは、かなり多いことが分かっていただけると思います。

驚いたのは、ナラヤナ・ヘルスケアでは、ある程度高い医療水準を維持しながら、心臓手術の平均施術料が約800ドル(約10万円)と非常に格安であることです。日本では、例えば冠動脈バイパス手術なら総医療費が約350万~400万円かかります。実際には、医療費の自己負担額を軽減する「高額療養費制度」などの利用で個人負担は2万~30万円くらいでしょうか。日本は国民皆保険なので個人負担は少ないですが、国家的には高額医療であることは変わりがありません。


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格安医療はどうして実現するのか


ナラヤナ・ヘルスケアを開設した心臓外科医、デビ・プラサド・シェティ医師と。写真提供・天野篤教授
インドでは同じ手術で人件費や手術器材・薬剤などが安価であることから約20~30万円かかると言われていますが、健康保険への加入は15%程度と普及率が低いので総医療費が安価であることが求められます。ナラヤナでは高水準の医療を多くの階層に提供するという病院コンセプトのために、他の病院よりかなりの低価格です。治療費が格安なので、これまでは心臓手術を受けられなかった低所得者層、新生児でも治療が受けられるようになり、多くの命が救われています。

手術室は23室あり、1日に1室2~3例、計50例の手術を実施しています。医師は40人、職員数約1000人という必要最小限の人数でたくさんの手術をこなすことで、低コストの医療を実現しているわけです。コストを抑えるために、使い捨ての手術器具を再使用したり、入院期間を短くするために家族に無料の看護プログラムを受けてもらったり、さまざまな工夫がなされていました。患者さんたちは、4~7日入院し、その後1回外来診療を受け、地元へ戻るそうです。

少子高齢化が進む日本と、人口爆発国のインドでは、心臓病の患者の年齢層や患者数の多い病気の種類は異なります。心臓外科手術を受ける患者の平均年齢は60歳くらいで、日本より20歳近く若い印象を受けました。年齢層としては、僕が研修医だった35年前の日本と同じような感じです。

特徴的なのは小児心臓病の患者数の多さで、ウイルス感染症などが原因の先天性心疾患が多いことで、生まれてすぐに心臓病の手術が必要な赤ちゃんが1日に800人も誕生しているそうです。新生児心臓手術だけで1日に800例ということになります。日本は人口が少ない上に少子化の影響もあり、小児心臓手術の全国の合計件数が月に1000例くらいですから全然規模が違います。成人も合わせてインド全体で心臓外科手術がすぐにでも必要な人が200万人もいるといいますから、とにかく早く退院させるようにしているのは、費用を抑えるだけではなく、できるだけ多くの患者の手術を実施して早く元気に社会復帰させるためでもあるのです。

政府は、成長戦略の一環として、ロボットなど最先端の機器を駆使して付加価値をつけ、医療を産業として海外にもアピールすることを打ち出しています。精度の高い診断機器の開発は、患者さんのためになると思いますが、治療の部分にもロボットなどの最新機器を使うことで、これ以上高負担を強いていいのか疑問です。

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世界共通言語「英語」の使い方


ナラヤナ・ヘルスケアでの心臓手術。医師2人と看護師1人で手術が進行していた。外部の採光を利用して手術室内の電気代を節約している。写真提供・天野篤教授
日本は国民皆保険で、前述した「高額療養費制度」があるので、手術を受けたときの実質的な自己負担額はそれほど高くないかもしれませんが、国民医療費全体が上がれば、それだけ健康保険や国民健康保険の保険料、税金も上がり、結果的に患者や国民の負担が大きくなります。たくさんお金を払ってでも、最新の機器を使った医療を希望したいという人はそちらを選べばいいですが、それをすべての患者に押し付けるべきではありません。

年金生活をしながら治療を受ける高齢者が多いわけですから、僕は、ナラヤナ・ヘルスケアが実践しているように、日本でも低コストで科学的根拠にのっとったスタンダードな治療を提供することを主軸にすべきだと思います。病院のため、医師のためではなく、最終的には、患者、国民、国のためという考え方で効率化を図り、大がかりでコストのかかる手術ロボットなど使わずに、大多数の心臓手術は低コストで完遂させて、付加価値を求める一部の人たちへの医療はお金を出せば選択できるようにすればよいのではないでしょうか。

それから、もう一つ、インドに学ぶべきだと思ったのは世界共通言語としての英語の使い方です。一般的に、日本人は、2人で会話していた時に、例えば留学生が入ってきてもそのまま日本語で話し続けると思います。ところがインドの人は、現地の言葉が分からない人が入ってきた瞬間、全員が伝達言語としての英語に切り替えて話し始めるのです。インドには、イギリスの植民地だった過去や、国が広くて地方が違ったら言葉が通じないなど、共通言語としての英語が必要だという理由はもちろんありますが、2020年には東京オリンピックが開催されるわけですし、ぜひ日本人も見習うべきです。

日本の良さを伝えながら国際的に飛躍していくには、小さいうちから、下手でもいいからどんどん英語を使って、日本に来た外国人が困らないようにしていくような英語教育が必要ではないでしょうか。文法の問題があっても伝達を優先することが大切という事です。日本でもJK(女子高生)言葉なんていうのは我々が理解できない文法ですからね。病院の中でも、今後、旅行者など外国人に対する医療受け入れ態勢の整備を進めていきますが、同時に、公用伝達言語として英語を使うようにしていかなければと思いました。

今後も、ナラヤナ・ヘルスケアの医師たちとは密に連絡を取り合い、お互いにいいところを吸収していければと考えています。

天野 篤(あまの・あつし)
順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授
1955年埼玉県生まれ。83年日本大学医学部卒業。新東京病院心臓血管外科部長、昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授などを経て、2002年より現職。冠動脈オフポンプ・バイパス手術の第一人者であり、12年2月、天皇陛下の心臓手術を執刀。著書に『最新よくわかる心臓病』(誠文堂新光社)、『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)、『熱く生きる 赤本 覚悟を持て編』『熱く生きる 青本 道を究めろ編』(セブン&アイ出版)など。

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