〔エコノミストリポート〕患者置き去りの「新専門医制度」 国が医師に与える新たな権威 白い巨塔と地方医療界の対立激化=島本明

2016.06.28

 

〔エコノミストリポート〕患者置き去りの「新専門医制度」 国が医師に与える新たな権威 白い巨塔と地方医療界の対立激化=島本明
2016.07.05 エコノミスト 


 自分を診断する医師が本当に経験、実力があるのかという疑問を抱いたことがある人も多いだろう。数少ない専門性を証明する資格が、各学会が認定する「専門医」だ。医師にとって取得することによる直接的なメリットはほぼないが、若手医師の8割が取得を目指す。法律的な裏付けはなく、「ピアレビュー(専門家同士の相互チェック)」というアカデミアの思想による仕組みだ。
 2017年4月、厚生労働省の事実上の要請で新たな専門医制度が開始される予定になっていた。学会が独自に作った「専門医」が乱立している状態を問題視したとされる。しかし厚労省の真の狙いは「診療科ごとに定員を設けたり、診療報酬に差をつけるなどの方法で、医師を支配する思惑」にあることが透けて見え、反発する医師は少なくない。さらに地域医療崩壊につながるとの懸念も高まっている。新たな権威による復権をもくろむ「白い巨塔」大学医局と、医師不足にあえぐ地方の病院団体や開業医中心の医師会との対立が一気に先鋭、顕在化した。

 ◇変わった風向き

 新専門医制度は、13年に厚労省の検討会が報告書で「学会の認定基準の統一性、専門医の質の担保に懸念がある」と指摘したことが導入のきっかけだ。取得の難易度に学会ごとにばらつきがあることが問題視された。中立的な第三者機関で、認定と養成プログラムの評価を統一的に行うことで質を担保するとの考えから、14年に設立された「日本専門医機構」が導入の準備を進めてきた。
 初代理事長には慶応大医学部長を務めた池田康夫氏が就任。理事には日本医師会(日医)、病院の運営組織や団体が名を連ね、各学会も構成員として参加するなど、日本の医療界が総結集した組織となった。
 それが今年に入り、具体的な制度の仕組みが見えてくるにつれ反発の声が高まり出し、6月7日、決定的に風向きが変わった。
「患者や国民に不利益を及ぼすような急激な医療提供体制の変更をしないことが重要だ。地域医療の崩壊を防ぐことを最優先し、ここは一度立ち止まる必要がある」
 日医と、全国の病院を運営する組織や団体でつくる「四病院団体協議会」が緊急記者会見を開き、17年度からの新制度開始の延期を機構と各学会に要望した。さらに日医の横倉義武会長は機構に対して、「問題が解決されないまま拙速に17年度からスタートしようとする姿勢が問題だ」と指摘。機構の理事改選が6月末に迫っていること受けて、「どのようなメンバーになるか機構の方で考えてほしい」と要望した。意向をくんで制度開始延期を決断できるような人選になるよう、因果まで含めた。
 これに対し、新専門医制度を主導してきた主要学会は、17年度開始を譲らない。学会の連合組織である「日本医学会連合」の高久史麿会長が「制度導入可能な基本診療領域では、予定通りスタートするよう求める」と反発した。
 一方で、14年の機構発足時から理事長を務めてきた池田氏は6月20日の理事会で、6月末の任期満了をもって退任する意向を表明した。「専門医養成のプラットフォームは作った。次の執行部に委ねたい」と説明したが、17年度開始の実現に暗雲が立ち込めたことで、詰め腹を切らされた形だ。
 厚労省は「医療界のプロフェッショナルオートノミー(職業的自律)を尊重する」として、表面上は直接的な関与を控えてきた。しかし、医療界の対立が顕在化するにつれ「調整の労は取らせてもらう」(厚労省の神田裕二医政局長)として、2月に厚労省社会保障審議会医療部会に検討の場を設けるなど、事態収拾に向けて公然と動きを見せた。6月7日には日医などの会見直後、塩崎恭久厚労相が「要望の趣旨は十分理解する」という談話を公表。意をくんで実施に突き進んできた機構ははしごを外された。

 ◇実質的にメリットなし

 医療界内部の肩書にすぎない専門医を巡って、なぜ対立が生じるのか。現行の専門医制度は「外科専門医」なら日本外科学会、「総合内科専門医」なら日本内科学会、というように、各学会が診療領域の「専門医」を認定している。専門医の他に、前段階にあたる「認定医」、専門医の中でさらに経験を積んだ医師が取得する「指導医」の資格もある。基本の18領域に加えて、「心臓血管外科専門医」「リウマチ専門医」など臓器別、疾患別に特化した「サブスペシャルティ専門医」がある。
 認定主体が各学会という点を問題視する声が大きい。特にサブスペシャルティが乱立するようになった背景には、資格を認定することで会員や認定料収入を確保するという本末転倒の目的があった。
 専門医資格があっても診療報酬で優遇があるわけではなく、広告に表示できるなどごく一部を除いて実質的なメリットはない。それでも、若手医師にとって専門医取得は必須条件となりつつある。医療情報サイト「m3.com」が今年1月に実施した35歳以下の医師への調査では、8割以上が専門医の資格を「取得済み・取得準備中」だった。
 新たな専門医制度は、厚労省の報告書という「暗黙の強制」がありつつも、医療界を挙げて準備が進んできた。17年4月から18領域に加え、患者のファーストアクセスとして診察し、専門医への橋渡しをする「総合診療専門医」を加えた計19の専門医養成が始まるはずだった。
 それが、ここに来て「延期」の大合唱となったのは、新専門医制度が過疎地を中心とした地域医療の崩壊につながるという懸念が高まったからだ。新制度では、専門研修基幹施設(大病院)を中心に、近隣の複数の医療機関で症例の経験を積むことが求められている。多様な症例を効率的に経験するためには、患者数の多い都市部の病院や、地方では大学病院が有利になる。表向きは「地域医療」を掲げるものの、医師が確保できないと経営危機に直結する。
 地方の中小病院では、実質的に若手医師を採用することができなくなるだけでなく、ベテランの指導医クラスも、専門研修基幹施設に吸い上げられる状況になる。全日本病院協会の西沢寛俊会長は「会員の中小、地方の病院から『医師を引き揚げられる』という悲鳴が多く寄せられている」と訴える。関西2府6県4市による関西広域連合も「制度を実施した場合、国民の医療を受ける権利を脅かすことになりかねない」とする意見書を厚労省、文部科学省に提出した。

 ◇大学医局、復活の可能性

 一方、導入に賛成しているのは医学部・大学病院だ。新専門医制度は大学病院にとって有利で、「医局の復活」につながるという指摘がある。医局は医学部の講座と、対応する大学病院の診療科が一体となったもの。トップの主任教授の役割は「教育、研究、臨床」にとどまらず、関連のある地方病院への医師派遣に大きな権限を握っていた。
 研修医として大学病院で過ごすことは、原則的に医局に入ることを意味する。大学院で医学博士号取得のための研究をしつつ、数年ごとに教授の指示で医局の関連病院で勤務する「キャリアパス」は過去、多くの医師が通る道だった。医局の問題点は数多く指摘されつつも、医師が行きたがらないへき地の医療機関に交代で医師が派遣されていたのは、医局に権威があったからこそだった。
 しかし04年、厚労省が指定する臨床研修病院で地域医療などを学ぶことを義務付ける「初期臨床研修制度」が導入されて以降、大学病院を研修先に選ばない若手医師が増加。関連病院へ医師を派遣する人的余裕がなくなり、地方で医師不足などの「医療崩壊」の要因となった。それと同時に、人事権を下に、配下の医師だけでなく派遣を待つ地方病院、製薬会社まで、絶大な影響力を誇っていた医局の力は衰退傾向にある。
 新制度では専門研修基幹施設になれるのは大病院に限られ、診療科によっては県の中で大学病院しかない場合も想定される。必然的に、後期臨床研修で大学病院に戻らざるをえない医師が増える。厳しい時代を乗り越え、独自の医師確保策に取り組んできた地方の病院では、再び医局の権威におびえる「制度改悪」に反発が大きい。

 ◇国の医師支配につながる

 多くの医師が根底に抱えているのは、厚労省が医師の裁量を制限し、診療科や地域の偏在解消のため医師をコントロールする手段として新専門医制度を使うのではという懸念だ。現在、医師はどこでも開業でき、自身の診療科として何を掲げるかについても規制がない(自由標榜(ひょうぼう)制)。「医師不足」が問題とされて久しいが、実は医師の自由意思を「尊重」することによる診療科、地域の偏在こそがその原因との指摘も根強い。
 専門医を厚労省が支援し、公的な資格として認知されるようになると、国の誘導的な施策に利用されることが予想される。事実、新制度導入に当たって、専門医ごとに定員を設けるかどうかが大きな争点になっている。例えば、医師が集まりやすい診療科では専門医認定の定員を減らし、現在不足が問題となっている産婦人科、小児科、救急などに多くの定員を割り振って、事実上自由を奪うという方法が可能になる。海外では、家庭医と専門医に、診療報酬で差をつける「医師間格差」も一般的だ。
 現状は、当初の予定通り全19領域で17年度から新制度に移行するのは不可能な情勢だ。焦点は影響の大きい内科・外科学会の判断、そして専門医機構が直轄認定する予定の総合診療の動向だ。内科学会は7月末までに判断すると表明した。
 当初は専門医を目指す医師の募集を近く始めるとしていた。将来に直結する初期研修2年目の研修医や、医師採用計画に影響する地方病院をはじめ、全国の医療関係者が固唾(かたず)をのんで行く末を見守っている。最大の問題は、この議論で「医療の質」が置き去りにされていることだ。それぞれの立場で、「医療の質、すなわち患者にどのような影響があるか」を第一に考えた議論を求めたい。
(島本明・医療ジャーナリスト)

 ◇医師のキャリア形成 都市部の民間病院が人気

 医師免許を取得するには、原則的に医学部(医学科)を修了することが必要だ。医師数の増加が医療費増加につながるとの考えから、長く医学部定員を抑制する時代が続いていたが、地方の医師不足が顕在化、深刻化したため、2007年度の7625人を底辺に近年は増加傾向にある。16年度は9262人となり、19年度までは同程度を確保することが決まっている。
 医師国家試験合格(医師免許取得)後は「初期臨床研修制度」と呼ばれる2年間の実習が義務付けられている。内科・救急部門・地域医療の3科目が必修、外科・麻酔科・小児科・産婦人科・精神科から2科目を選択することとなっている。この制度は、04年から義務付けられた。以前は医師免許取得後、出身大学の大学病院に進むことが一般的だったが、制度導入後は都市部の民間病院に人気が集中。地域医療崩壊のきっかけになったと言われる。
 2年間の初期研修を終えた後、多くの医師は自分の専門診療科を確立するため、さらに後期臨床研修と呼ばれる3年間の研修を受け、「専門医」を取得する。
 初期研修期間中は「研修医」、後期研修期間中は「専攻医」と呼ばれる。いずれも研修認定施設に就職する形になり、給与を受け取る。医療機関側は若手医師採用に直結するため、待遇や魅力的なプログラムを提供するなどの取り組みに力を入れる。
 初期、後期とも症例数が多く、優秀な指導医が多い都市部の大病院が人気を集める傾向にある。沖縄県立中部病院(うるま市)、亀田総合病院(千葉県鴨川市)のように地方でも魅力的な研修プログラムを提供することで人気を集めている病院もあるが、例外的な存在だ。
(島本明)