〔エコノミストリポート〕診療報酬決定を巡る攻防 参院選見据え医療業界に配慮 本格議論は2年後へ先送り

2016.03.01

 

〔エコノミストリポート〕診療報酬決定を巡る攻防 参院選見据え医療業界に配慮 本格議論は2年後へ先送り=島本明
2016.03.08 エコノミスト 第94巻 第10号 通巻4439号 86~88頁 


 厚生労働相の諮問機関、中央社会保険医療協議会(中医協)は2月10日、2016年度の診療報酬改定案をまとめ、塩崎恭久厚労相に答申した。保険診療での、医師や薬剤師への技術料や医薬品の値段を定める診療報酬は、2年に1度改定され、政府が決定する財源の大枠(改定率)を基に、中医協で具体的な料金(点数)が決められる。
 最新の数値となる13年度の医療費は、初めて40兆円を突破し、前年度比2・2%増の40兆610億円だった。高齢化の進展とともに7年連続の増加で、団塊世代が後期高齢者(75歳以上)になる25年には、52兆円に達すると推計されている。
 財務省は医療費など社会保障費の削減は不可欠としており、財務相の諮問機関、財政制度等審議会の吉川洋分科会長(東京大教授)は、昨年10月の会見で「診療報酬の増額はとんでもない議論」と医療費の増額をけん制。16年度予算概算要求の段階で、厚労省は高齢化などに対応するため、社会保障費を前年度比約6700億円の増額を要求していたが、財務省は5000億円弱へ抑制するよう求めた。
 14年度改定は消費税対応分を除くとマイナス改定であり、2回連続のマイナスは医療崩壊につながるとして、医療関係団体は猛反発。日本医師会(日医)の横倉義武会長は「今改定もマイナスならば、小泉改革時代の医療崩壊のような状況になってしまう」と危機感をあらわにした。医療団体は豊富な資金力を源泉とした政治力を駆使。改定率決定直前の昨年12月9日にあった自民党の議員連盟「国民医療を守る議員の会」総会には、250人(代理含む)の国会議員が参加し、プラス改定を求める決議が採択された。

 ◇実質マイナス1・43%だが…

 結果はどうだろうか。昨年12月21日に厚労省が示した改定率は、全体でマイナス1・03%、本体部分でプラス0・49%、薬価等でマイナス1・33%というものだった。社会保障費の増額分については、財務省の思惑通り5000億円弱に抑制された。
 全体の改定率については、「マイナス1・43%」という見方もある。これまでのルール外で削減が決まった「外枠」分のマイナス0・4%を加えたもので、後発医薬品や、想定より売れた医薬品価格の引き下げや、「大型門前薬局」の調剤報酬の引き下げ、湿布薬の制限などが当たる。制度上の微妙な差異を使って、外枠と位置付けることで見かけ上の全体の引き下げ幅は圧縮される。
 外枠改定分では診療報酬本体部分も削減されており、神奈川県保険医協会は「医療界を愚弄(ぐろう)する『実質マイナス1・43%』改定に抗議する。虚構を演出する『外枠改定』を厳しく指弾する」との談話を発表。政策部長の桑島政臣医師は「本体プラスの虚構を糊塗(こと)する厚労省からの作為的な演出となっている」と指摘している。
 ただ、本体分がプラス改定されたことで、医療関係団体幹部のメンツは保たれた。日医の横倉会長は、「安倍晋三首相をはじめ自民党の方々に深く感謝する。ぎりぎり合格点と考える」と総括。日本薬剤師会の山本信夫会長も「厳しい調剤批判の中、一定程度評価いただいた」と安堵(あんど)を示した。
 今夏の参院選では、日医をはじめ医療関係団体は自民党に組織内候補を擁立しており、全国各地で候補者への政治献金を含む支援活動を本格化させる。今年初めにあった病院団体の賀詞交換会に出席した安倍首相も「何とかこの会に参加できる水準になった。医療に携わる皆さんが誇りと自信を持てる予算を確保していきたい」と語った。16年度には日医の会長選があり、横倉会長の無投票での3選が確実視されている。自民党幹部は「厳しい財政状況下で、診療報酬本体がプラス改定となれば、会長選に向けた実績として十分だろう。参院選で地方組織への集票依頼にも使える」と語る。

 ◇在宅医療に向けた機能分化

 2月10日に答申された16年度改定の中身を見ていきたい。目指したのは大きく三つ。▽医療機関の役割分担▽在宅医療の推進▽薬局の在り方見直し──だ。
 政府は15年に、病床数を現在の138万床から、25年までに16万~20万床程度を削減すべきという方針を示している。高齢化の進展に伴い医療を必要とする人は増えるが、入院ではなく、在宅医療で対応したいという考えだ。病床は機能ごとに入院基本料などの医療費に差がつけられている。スタッフが手厚く配置されている高度急性期、急性期病床を合わせて24万床以上削減する一方で、リハビリなどを行う回復期病床を現在の3倍にあたる38万床に増加させるとしている。
 今改定でも重症者向けに最もスタッフを手厚く配置する「7対1病床(患者7人に看護師1人)」の算定要件を厳格化した。入院患者のうち特に重症度の高い患者の割合を現行の15%以上から25%以上に引き上げるなど基準が見直された。医療機関の経営への影響は大きく、一部の中小病院では、経過措置として2年間は「23%以上」とする緩和措置が設けられている。「10対1病床」で重症患者に対応した場合の加算を設け、7対1から10対1への移行を促す。それでも病院関係団体幹部からは「7対1の基準に残ったとしても、重症患者が集中する。病院経営には大きなマイナスだ」と危惧する。
 患者に身近なところでは、500床以上の大病院や大学病院など特定機能病院では、地域の医療機関が発行した紹介状のない患者から、初診で5000円以上(歯科は3000円以上)、再診で2500円以上(同1500円以上)を徴収するよう義務づける。まずは身近な「かかりつけ医」に相談するようにという政策だ。
 高齢になるに従って複数の疾患を抱え、受診する医療機関、服用する薬の数が増えていく。身近な医師が日ごろから、全人的にその患者を診ようというのが「かかりつけ医」の考え方だ。新たに複数疾患がある認知症患者の主治医機能を評価する「認知症地域包括診療料」(1万5150円=1515点)や、3歳未満の小児患者を継続して診察する「小児かかりつけ診療料」(処方箋を交付する場合の初診時6020円=602点)が新設された。
 これまでなら入院していた患者が、在宅療養することを求められるケースは今後ますます増加する。在宅医療の需要に対応するために、新たに制度化されたのが「在宅医療専門の診療所」。健康保険法では、診療所は診察スペース(外来応需の体制)が求められており、これまでは訪問診療(往診)専門の医療機関は認められてこなかった。新制度では、地元医師会の同意などを条件に設置が認められた。設備投資が少なくて済むことから、参入が加速すると見られる。
 入院期間中から患者の退院を支援するため、病棟への退院支援職員配置促進に「退院支援加算」が新設された。退院時に、一般病棟で6000円(600点)、療養病棟で1万2000円(1200点)を算定できる。退院支援職員は、他の医療機関や介護サービス事業者との面会や情報共有、患者や家族との話し合いが求められる。入院していた医療機関の看護師らが、認知症高齢者などの患者や家族に対して、訪問して療養指導した場合に、1回につき5800円(580点)を算定できる「退院後訪問指導料」も新設された。

 ◇「もうけ過ぎ」の薬局にメス

「薬局の改革の元年。量から質に転換してもらいたい」。中医協で委員が、薬局業界に改革を呼び掛けた。医師が薬を多く処方することで薬価差益(公定価格と仕入れ価格の差)を期待する「薬漬け医療」への批判から、政策的に、処方と調剤業務を分離する「医薬分業」が進められてきた。院外の薬局で薬剤師が処方箋をチェックすることで、安全性の向上や重複投与の回避が期待されるが、一方で患者にとっては手間が増すことや、院内処方より費用がかかることからメリットを実感できないという声も大きい。
 医薬分業(院外処方)率は、1993年の15・8%から、14年には68・7%にまで増加した。医療機関の前に調剤薬局が乱立する風景も見慣れたものになったが、業界最大手の日本調剤の社長報酬が6億円を超えるなど、「薬局はもうけ過ぎ」という批判も多く、今回の改定で大型門前薬局への調剤基本料が引き下げられた。
 一方で、「かかりつけ薬剤師」を評価する項目も新設された。複数の医療機関にかかっている患者の調剤業務を一元的に引き受けることで、飲み合わせによる弊害や重複投与を防ぐことが期待される。新設された「かかりつけ薬剤師指導料」は1回あたり700円(70点)が算定される。算定にあたっては、患者の署名付き同意書が必要となる。患者にとっては負担増になり、それに見合うだけの価値を提供できるか、薬剤師業務の真価が問われる。
 16年度改定では大きなマイナスとなる項目がなく、順当な改定になった。本格的な改定は、3年に1度の介護報酬改定と、2年に1度の診療報酬改定が重なる18年度に持ち越されることになった。
 財源不足、人員不足、独居老人の増加──。少子高齢化に伴い、現在の医療・介護提供体制では対応できなくなるというのは、すべての関係者が一致するところだ。25年を見据え、医療、介護業界では制度改革が進む。16年度は都道府県が主体となって2次医療圏ごとに必要な医療提供量を推計し、医療提供体制の姿を決める「地域医療構想」の策定が本格化する。一般的に医師数や医療機関数と、地域の医療費は連動する傾向にある。地域によっては「必要ない」と判断された医療機関の削減を求めることになり、調整は難航するだろう。
 医療と介護の連携が必要な場面も増加している。地域の実情に合わせて、自宅をベースに医療、介護、介護予防、生活支援を受けられるようにする「地域包括ケアシステム」の構築も急がれる。13年に成立した「社会保障制度改革プログラム法」で明文化されたが、理解が進んでいるとは言えない。それでも各地で試行錯誤が行われており、改革で不可欠なのは地域の実情に合わせた現場の視点だ。次回の18年度改定では、現場の取り組みを後押しすることが望まれる。
(島本明・医療ジャーナリスト)
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 ■診療報酬

 公的医療保険を使って受ける医療の価格。医科、歯科、調剤の診察料、調剤基本料など技術に支払う「本体」と、「薬価・医療材料」からなる。1点=10円で計算する。改定内容を話し合う中医協は、医師や薬剤師などの医療側、健康保険組合や患者団体などの支払い側、学者などの公益委員、専門委員の4者で構成される。