「お産だけ大きな病院で」

2016.02.16

「お産だけ大きな病院で」/平戸・松浦で唯一の産婦人科 中山吉則院長(62)/医師1人の限界吐露 地域医療の新たな形、提言
2016.02.14 長崎新聞


 平戸・松浦地区で唯一の産婦人科、松浦市志佐町の中山レディースクリニックは昨年末で分娩(ぶんべん)をやめ、「あじさいネット」でカルテを共有する佐世保市立総合病院(同市平瀬町)に分娩を依頼する態勢を始めた。開業から23年、地域医療を担ってきた中山吉則院長(62)は、「難しいお産の場合、母子の運命を握るプレッシャーは言いようがなく、次第に怖くなった」と医師1人態勢の限界を吐露し「どんなお産でも安全を確保できる環境で分娩を行うべきだ」と決断に至った理由を明かす。

 危ないこと

 福岡県内の公立病院に勤務していた中山院長が松浦市の産科医院に来たのは1992年。当時の産科医が不在となり、その代役だった。「最初は、後任が見つかるまでのつもりだった」と笑って振り返るが、代役が現れない中、自らを必要としてくれる地域に根付く道を選んだ。

 周辺には産科の開業医が少ないため、多い年には400人、これまで少なくとも6千人以上の誕生を見届けてきた。生命の誕生に関わる喜びがある一方、昼夜を問わない過酷な勤務は続いたという。

 夜、寝静まった時間に緊急連絡が入る。「赤ちゃんの心音が悪いようです」。その一報で眠気は吹き飛んだ。佐世保の病院へ搬送するケースもあるが、搬送先の承諾を得て救急車を呼び、運び終えるまでに最低1時間弱。一刻を争う。時間のロスを避けるため、スタッフを集め、帝王切開で赤ちゃんを取り上げる夜を何度も乗り越えてきた。

 自信があるから続けてこられたが、医師1人で救急医療体制が不十分な過疎地で分娩を重ねるうち「危ないことをやっている」と考える時間は増えていった。 「分娩は決して安全ではないが、誰もが命の誕生を期待する。違う結果だったとき、絶対に許してはもらえない」。医療訴訟も増え、産科医になりたいという若手も少なくなった。

 “渡りに船”

 松浦市内では看護師不足も深刻さを増している。クリニックでも一時は16人を雇用したが、最近は12人とぎりぎりの状況が続いた。昨年夏の夕方、逆子の状態の妊婦が陣痛で運ばれてきたとき、スタッフが十分にそろわず、佐世保市内へ搬送するしかなかった。「この時間帯でも対応できなくなれば、妊婦に任せてくれとは言えない」。限界を悟った瞬間でもあった。

 中山院長は言う。「どんな状況でも安全を約束するには複数の産科医、新生児科医、麻酔医のそろった施設じゃないといけない」

 県内の病院や診療所がカルテを共有、閲覧できる「あじさいネット」が佐世保、県北でも普及してきたことは“渡りに船”だった。佐世保市立総合病院の協力で、通常の診察はクリニックで行い、途中2回だけ同病院で受診してもらえば、緊急時も同病院で対応できる。二つの病院を併用することで、患者の経済的、時間的な負担もできるだけ少なくする仕組みだ。

 中山院長は「『お産だけ大きな病院で』というのは決して地域医療の崩壊ではない。産科医の高齢化が進む中で、新たな形への変化、転換だと理解してほしい」と強調し、こう続けた。「(私と)同じように限界を迎える産科医院があるのはこの地域だけではないだろう」(山里悠太朗)

◎メモ/あじさいネット

 NPO法人長崎地域医療連携ネットワークシステム協議会(小尾重厚会長)が2004年度から運営する地域医療連携システム。患者の同意の下、拠点病院や診療所、薬局など複数の医療機関がカルテなどを共有し、診療に反映させることができる。15年8月現在、情報提供する拠点病院が30、情報が閲覧できる施設が253、登録患者数は約4万7千人に上る。

【写真説明】

「分娩の取りやめは、地域医療の崩壊ではなく、変化と理解してほしい」と話す中山院長=松浦市、中山レディースクリニック