前陸高田市の「高田診療所」が来年3月で終了する。

2015.09.28

 

高田診療所、来年3月終了 地元医療機関との競合避ける /岩手県
2015.09.26 朝日新聞



 前
高田市の「高田診療所」が来年3月で終了する。被災地の医療をサポートするため、県内外の医師たちが交代で診療にあたってきた。市内の医療態勢が整ってきたことが終了の背景にあるが、新たな課題も浮かんできた。


 高田診療所は、海から約3キロ離れた高台の市立第一中学校の敷地にある。震災後に日本赤十字社が救護所として使っていたプレハブなどを利用。災害派遣の医療チームが撤収した後の地域医療を支えるため、県医師会が2011年8月に立ち上げた。

 内科や外科、小児科、眼科、皮膚科など10診療科があり、地元の医療機関が休む土日と祝日が基本的な診察日。県内外の医師が交代で診療にあたり、今年6月までに延べ2703人が派遣された。地元の要望を受け、11年10月に心療内科、12年7月には子どもの心のケアの診療も始まった。

 これまでに受診した患者数は2万4496人(6月現在)。同じ中学校の敷地には仮設住宅もあり、そこに住む人たちを含めて市内外から1日平均で60~70人、多い日では百人ほどが受診に訪れる。今もニーズは高いが、県医師会は震災5年となる来年3月で終了することを決めた。

 診療所開設の目的は「地域の医療機関と競合せず不足を補う」ということだった。石川育成会長は「まだまだ診療に行きたいという医師は多いが、地元の医療機関との競合の心配が出てきた」と終了の理由を語る。

 震災後、市内では4診療所が廃業したが、一方で仮設の県立高田病院の診療内容も充実してきた。社会福祉法人恩賜(おんし)財団済生会(東京)も、10月に市内で内科と整形外科の診療所を開く予定。こうした医療態勢が整ってきた点を医師会は考慮したという。


 ■心療内科の継承課題

 高田診療所の終了に向けて、主にストレスに起因した心身の変調をケアする「心療内科」を地元の医療機関にどう引き継いでいくかが課題となっている。

 県医師会によると、県内にいる心療内科の専門医は10人ほどで、沿岸部には1人もいない。このため、高田診療所では日本心療内科学会の全面的な支援を受け、全国各地の医師が交代で診療にあたってきた。

 これまでに受診した患者数は延べ2216人(6月現在)。頭痛や高血圧、吐き気などの症状があり、うつ状態の人もいるという。

 震災から5年目に入っても受診する人は多い。今年1月から7月中旬までの新規患者は18人にのぼる。こうした状況が続いているため、診療所の終了後も何らかの形で引き継ぐことができないか、県医師会は学会や地元の高田病院とも協議していくという。

 高田診療所で診察にあたってきた大阪市浪速区の「なにわ生野病院」心療内科部長の生野照子医師は「プレハブのような小さな診療所でもいいので、近くにあることが安心感になる」と話し、支援態勢の継続が必要だと強調する。不調を抱えた人は遠くへ診療に行くこと自体が大きな負担となるため、市内から診療所がなくなれば、治療を受けないまま症状が悪化することを懸念している。

 家族を亡くして自分が生き残ったことを責める人や、子供を亡くした悲嘆に苦しむ人、家庭内の不満を内面に抱えて体調を崩す人など、さまざまな人が訪れているという。

 診療所と同じ敷地内の仮設住宅に住む菅野サキ子さん(78)は、12年に初めて心療内科を受診し、今も月に1度通っている。

 震災で自宅を流された後、一時県外に出て避難生活を送る中で体調を崩した。眠れず、胃の調子がおかしくなったが、心療内科で話を聞いてもらうと気持ちが楽になったという。眠ることが大事だからと睡眠薬をもらい、今も処方を受けている。「優しい先生ばかりで感謝しています。診療所が終了した後にどうなるのかとても不安」と話している(杉村和将)