東北や成田の医学部新設で医師不足は解消する?

2015.08.11

東北や成田の医学部新設で医師不足は解消する?


2015/8/10

倉沢正樹=日経メディカル 

 


 政府は7月31日、千葉県成田市に医学部を新設する方針を決めた。医学部の設置主体は国際医療福祉大学が本命視されており、早ければ2017年度にも開学の運びだという(関連記事)。2016年度の開学に向けて準備が進んでいる東北と合わせ、1979年の琉球大学以来、三十数年ぶりとなる医学部の新設が動き出す。

 成田市の医学部新設に対しては、構想が浮上して以来、日本医師会や日本医学会、全国医学部長病院長会議などが繰り返し反対意見を表明してきた。既存の医学部の定員増により医師不足に解消のめどが立っていること、大学病院の新設で医師や看護師の引き抜きが起こり地域医療の崩壊を招く恐れがあること──などが主な理由だ。しかし政府は、これらの反対を押し切る形で今回の方針を決定した。

 新設される医学部には、一般の医学部に求められるものとは異なる、特殊な条件が数多く設定されている。そもそも国家戦略特区の事業として計画された経緯から「国際的な医療人材の育成」が掲げられており、「既存の医学部とは次元の異なる際立った特徴」を有する医学部となる。具体的には、多数の外国人教員の確保や、英語での講義の実施、海外臨床実習の必修化などが求められる見込みだ。

 とはいえ、医師の養成には多額の費用が掛かり、たとえ私立大学であっても、私学助成金などの形で相当な額の税金が投入されることになる。また、一定数の教員を外国や他の地域から募集するにしても、卒業生が輩出されるようになるまでの間は、地域の医師需給にマイナスの影響を及ぼすことが避けられない。ただでさえ成田市周辺を含む千葉県は、医師不足や看護師不足から、増床の許可を得た病院が病棟をオープンできない状態が続いている。

 こうした事情に鑑みれば、新しい医学部は国際的な医療人材の育成にこだわるよりも、地域の医師不足解消に資する形で開設する方が社会の要請にかなうのではないだろうか。

偏在解消なくして医師不足の解消なし
 ただ、ここで問題になるのが、医学部の新設や定員増と医師不足の解消は単純には結び付かないということだ。

 日本の人口1000人当たり医師数は、2012年の時点で2.3人。軒並み3.0人を超える欧州諸国から見ると低い水準だ。しかし都道府県別に見ると、徳島県や東京都、京都府のように、人口1000人当たり医師数が既に3.1人に達しているところもある。

 これに対し、最も医師不足が深刻な埼玉県の人口1000人当たり医師数は1.5人にすぎず、上記の医師充足県との格差は2倍を超える。この地域偏在の解消には、2007年から急増した医学部の「地域枠」が一定の役割を果たすと期待されるが、その数は毎年の卒業生の約2割にとどまり影響は限定的だ。

 また、地域偏在と並んで医師不足の大きな要因とされる診療科間の医師の偏在については、2017年度に始まる新専門医制度を活用する案が浮上している。だが、専門医制度を通じた医師数のコントロールには否定的な意見もあり、具体的な検討は進んでいない。

 つまり、現状のまま医学部の定員を増やしたり医学部を新設しても、医師不足に悩む地域の状況が改善する保証はないのが実情といえる。せっかく医学部を新設するのであれば、医師不足の解消に向けて今一歩踏み込んだ対策を検討してもいいのではないだろうか。

 その面で1つのヒントになりそうなのが、ドイツが1993年に開始した保険医の定員制だ。これは、14の診療科ごとに各地域で保険医として開業できる定員を定め、それを10%上回る場合には新規開業を認めないという仕組み。近年は医師の偏在解消を目的に、過剰地域の医師の報酬を減額し、不足地域では増額する政策も導入されている。

 かなりドラスティックな政策といえるが、実は1990年代後半に厚生省(当時)も、ドイツの制度を参考に日本版の保険医定員制を導入することを検討していた。当時の同省幹部は筆者の取材に、「医師数は養成数でのコントロールが難しいので、保険医数をコントロールさせてもらう」と述べていた。しかし、保険医定員制は自由開業医制や職業選択の自由を侵害するものだとして関係団体の強硬に反対したため、結局、実現には至らなかった。

 だが、その芽はまだ消えていないようだ。塩崎恭久厚生労働相の私的懇談会が6月にまとめた提言書「保健医療2035」には、「医師の偏在等が続く場合においては、保険医の配置・定数の設定や、自由開業・自由標榜の見直しを含めて検討を行い、(中略)地域や診療科の偏在の是正のための資源の適正配置を行う」という記述が出てくる。医師不足の大きな要因である地域・診療科間の偏在解消に向けて今後、保険医の定員制が改めて再び政策メニューに躍り出てくる可能性は十分にある。

 三十数年ぶりに医学部を新設するのであれば、やはりそれは国民のニーズに正対したものであるべきだ。来年、そして再来年の開学に向けて、新医学部がどのような経緯をたどるかを注視していきたい。