口閉ざす患者 人権おざなり

2015.07.12

日本経済新聞 2015年7月12日
 
 
口閉ざす患者 人権おざなり
 
「退院したいのですが……」。4月、精神疾患の患者を支援する民間団体、東京精神医療人権センター(東京都立川市)に高齢女性から電話がかかってきた。首都圏の病院に入院して7年になるという。

 センターの相談員が面会。医師に気兼ねして口が重い女性を散歩に誘ったところ、医師が相談員をにらんで言った。「幼稚園で預かっている子供を保護者の同意無く(他人に)預けられないでしょう」。入退院の判断には医学的な見方が必要とはいえ、「成人の女性を子供扱いするなんて」と相談員。精神医療の分野では、患者の人権に鈍感な医療者が珍しくない。






 同じころ、その膿(うみ)が一気に噴き出したような問題が発覚した。聖マリアンナ医科大病院(川崎市)の医師による精神保健指定医の不正取得。資格取得に必要なリポートで、診察していない患者の症例を提出していた。先輩のリポートを使い回す稚拙な手口。指導医を含め20人超がかかわったとされる。

 指定医は、精神障害のある患者を強制的に入院させる判定をする。不正に得た資格で他人の人生を左右する決断をしていたわけで、「人権侵害も甚だしい」(日本精神科病院協会の松田ひろし副会長)。同病院の尾崎承一病院長は「倫理観の問題で教育に落ち度があった」と謝罪した。

 うつや統合失調症など精神疾患を抱える患者は約320万人とされ、がん患者より多い。認知症も精神科の領域だ。社会的ニーズは高まっている。厚生労働省の統計では、「メンタルクリニック」などの看板を掲げた診療所は5739施設(2011年)と02年から3割増えた。

 一方で患者軽視の旧態依然とした風潮がまかり通る。患者を「判断能力がない」と見下し、当事者抜きで物事を決める。身体拘束を恐れた患者は口を閉ざして耐える。内閣府の障害者政策委員会委員を務める精神保健指定医の上野秀樹氏は「密室の病棟の中でピラミッド型の権力構造が形成される」と指摘する。背景には、病状や治療の成果を客観的に表すことが難しい、精神科の性格もある。

 閉ざされた世界を変えるには、外部の目にさらすことが必要だ。

 東京都立松沢病院(東京都世田谷区)は昨年、日本医療機能評価機構の審査を受けた。患者が理解できるような説明をしているかや、身体拘束が適切かなどについて専門家がチェックした。斎藤正彦院長は「自分たちを見つめ直すきっかけができる」と説明する。

 NPO法人、大阪精神医療人権センター(大阪市)は精神科病院への訪問活動を繰り返す。「身体拘束中の患者の様子が廊下から見えないようにして」「退院を申し出る連絡先を掲示して」。患者の視点で具体的な改善点を示す。

 「病棟を歩き回って患者の本音を聞き、職員に伝えることが大事。意識改革は徐々に進んでいる」。センターの代表理事、位田浩弁護士はかすかに手応えを感じている。