解説◎国立国際医療研究センター国際感染症センター長・大曲貴夫氏に聞く

2015.06.11

解説◎国立国際医療研究センター国際感染症センター長・大曲貴夫氏に聞く

MERSには新型インフルエンザで培った対策を

全身防護服は不要、サージカルマスクや手袋で十分対応できる


2015/6/10

聞き手:富永紗衣=日経メディカル 
 
 
 隣国の韓国で中東呼吸器症候群(MERS)の流行が拡大している。日本にもMERS患者がいつ発生してもおかしくない。韓国のMERS患者1例目は、咳が止まらず複数の医療機関を受診したという。もし目の前にMERS疑い患者が来たらどのように対処すればいいのか。国立国際医療研究センター国際感染症センター長の大曲貴夫氏に、現状認識と今後取るべき対策について聞いた。(収録日は2015年6月5日)
 
 
 
 
 
 国立国際医療研究センター国際感染症センターの大曲貴夫氏

――現在、韓国ではMERS患者が急増しています。この状況をどう受け止めていますか?

 韓国ではこの数日間で、数十例の感染者が出ています。短期間でこんなに多くの感染者が出るのは、警戒すべき状況だと感じています。日本と韓国の間では、1日に何便も飛行機が行き来していますから、無症候または症状が軽いMERS患者が日本に入国する可能性はもちろんあるだろう、と認識しています。

 そもそも呼吸器感染症は発見が難しいです。全ての患者を検疫など水際で阻止するのは難しいことは、中国の例で証明されています(注:韓国のMERS患者が医療者の要請を振り切って中国に出国した例[関連記事])。


――日本にMERSコロナウイルスが侵入する可能性の議論よりも、もう患者が日本にいるという前提で備えた方がいいということですか?

 そうですね。私達医療者は、常に最悪の状況を想定して動かなければいけません。インフルエンザと一緒で、いつの間にかMERS感染者が日本に入ってきて、一般の医療機関を受診することは十分想定し得るので、これを念頭に対策を練るべきだと思います。

 さらに、不安に駆られた人々が医療機関に押しかける状況も想定できます。その中にMERS感染者が見つかる、というのは十分あり得る話です。まずはサージカルマスクの着用や院内の導線確保など、外来を中心に感染対策を見直してみる必要はあります。

――実際にMERS患者が来た場合、先生のところではどう対応するお考えですか?

 MERSはあくまで呼吸器感染症なので、同じ呼吸器感染症である新型インフルエンザに準じた対応を取る予定です。基本的には、新型インフルエンザのBCP(事業継続計画、医療機関では診療継続計画)を参考に対応したいと思っています(関連記事)。

――他の医療機関はどうでしょうか?

 三重大学のウェブサイトで公開されている、「新型インフルエンザなど発生時の初期感染対策に関する手引き」(厚生労働科学研究)などが参考になると思います。MERSに合わせて多少の修正は必要でしょう。しかし、導線の配慮やサージカルマスクの着用など、基本的に新型インフルエンザ対策とやることは一緒です。

 MERSのような新しい感染症が出現した場合、どのような対策を取ったら良いのか見当がつかず、頭が真っ白になりがちです。しかし、多くの感染症はその症状から行うべき感染防止対策が決まってきます。私も相談をいただきますが、「新型インフルエンザ対策と同じですよ」とお伝えするようにしています。そうすると我に返る方は多いようです。

――民間病院や診療所でも、MERS疑い患者が来るかもしれない。そんなときに、頭が真っ白になっている場合ではないですよね。

 指針となるものを思い出せれば良いと思います。多くの医療機関では毎年、インフルエンザ対策を行っておられます。まずはそれをきちんとこなすことが必要です。その上で、医療体制の整備としては、新型インフルエンザ対策が参考になります。新型インフルエンザ等対策特別措置法の基で、2013年4月までに指定医療機関などでBCPを作成しています。いい機会ですから、一度見直してみてはいかがでしょうか。

 医療者がまず注意したいのは、呼吸器の症状を有する患者さんをとにかく早く察知することです。そして、咳をしている呼吸器症状がある人には、無防備に相対しないことです。つまり、飛沫予防策をとることが前提です。そして渡航歴を必ず確認すること。もしも14日以内に韓国や中東などの渡航歴があるなど感染の疑いが確認されたら、別室隔離と保健所への相談へと進みます。これで、一般の医療機関の対応としては十分だと思います。


――MERSのような呼吸器感染症に対して、個人防護具の選択の指針はありますか?

 平たく言えば、飛沫予防策を中心に据えて、同時に接触予防策も考えるということでいいと思います。繰り返しになりますが、外来診療ではサージカルマスクを着用する。インフルエンザの鼻腔内検査や挿管などの措置を行う場合は、空気感染が起こり得ますので、N95マスクなどを着用した方がいいでしょう。最初から、全身防護服を着る必要はありません。行う医療行為と患者との距離に応じて、個人防護具のレベルを上げていきます。

 具体的には、WHOが2014年に出した急性呼吸器感染症のガイドラインが参考になると思います(“Infection prevention and control of epidemic-and pandemic-prone acute respiratory infections in health care")。日本語訳も、国立保健医療科学院のウェブサイトに掲載されていますので一読することをおすすめします(医療におけるエピデミックおよびパンデミック傾向にある急性呼吸器感染症の予防と制御)。先ほど挙げた、厚生労働科学研究による新型インフルエンザの初期対応の手引きも、上記ガイドラインを参考に作成されたものです。

 MERS関連の総括的な情報は、国立感染症研究所が直近のリスクアセスメントをまとめてウェブサイトで公表していますので、参照すべきです(中東呼吸器症候群[MERS]のリスクアセスメント[2015年6月4日現在])。

――韓国でなぜここまで感染が拡大してしまったのでしょうか?

 MERSの存在が恐らく一般の医療者には認知されていなかったのでしょう。そのためMERS患者の発生や、MERSを想定した感染防止対策の開始に時間がかかったことは想像できます。かといって、もし日本だったら速やかに把握できたはず、とは言えないと思います。

 発熱や呼吸器症状が出て、渡航歴が不明な患者がいるとします。インフルエンザ検査が陰性だから「インフルエンザではないから隔離予防策は不要だ」という判断をしたとしたら、それは危険なわけです。入院して咳が止まらず「ひどい肺炎だね」なんて言っているうちに、医療従事者や同部屋の患者に曝露し、MERS感染が拡大する――。日本でも十分起こり得るシナリオです。特別な話ではないと考えています。

 このような新興感染症の流行時には、その感染症に関する知見は少ないので、既に対応の経験のある国々の経験から学んでいくことが重要です。自身の医療機関の対策を見直すきっかけにすることの方がよほど大切なことだと思います