外資進出続くホーチミン、救急医療体制に落とし穴

2015.06.09

  
 
外資進出続くホーチミン、救急医療体制に落とし穴
2015.06.05 日本貿易振興機構ホーチミン事務所


 ホーチミンは2014年に1人当たりGDPがほぼ5,000ドルに達し、外資の小売り・流通、飲食業などへの進出で活況を呈している。治安も良く、生活の利便さは先進国の都市と大差ない。しかし、医療事情、特に救急医療体制は脆弱(ぜいじゃく)で、進出企業は重大な事故、災害、伝染病などへの備えを日ごろからきちんとしておく必要がある。



<国家レベルの病院は北部・中部・南部の3施設>

 ベトナムの公立医療機関は、コミューン(町・村単位)と郡レベル、省レベル、国家レベルの3層となっている。最上位の国家レベルは、北部ハノイのバックマイ病院、中部フエのフエ中央病院、南部ホーチミンのチョーライ病院の3施設だ。急患を除き、通常は病状により下位の診療所・病院から上位の病院に移される。これ以外には、私立の病院がある。

 

 ベトナムには公的医療保険制度があるものの、加入率は7割弱にとどまっており、自由に病院を選択できないなど保険適用の制限も多い。このため、病状が重くならない限り、病院にはなるべく行かず、薬局で薬を購入して自己判断で治療することが多い。薬局は零細店が多く、薬は高温になるガラスケースに無造作に保管され、ばら売りも行われている。使用期限が守られず、処方箋がなくとも手に入ることもよくある。薬剤師の国家試験制度もなく、市販薬による薬害も少なくないといわれている。

 

 公立病院の診療状況は、下位の診療所・病院ほど劣悪で、医療器具の使い回しや消毒の不徹底、診察室の清掃が十分でないなど問題は多い。最新の医療設備は不足しており、病棟では1つのベッドに複数の患者をあてがい、ストレッチャーに寝かされるケースもあるという。病室も足りず、廊下にベッドが並んでいる光景も当たり前のように目にする。感染症に対する意識も低く、結核患者が一般病棟に混じっていたりする。また、看護師が慢性的に不足しており、通常は家族が入院患者の面倒を見ざるを得ず、病棟がごった返していて不衛生だ。加えて医師の国家試験制度がないことから、医療レベルに地域間で差があるため、上位病院に地方からの患者が殺到することになるという。

 

 日本の119番に当たる救急通報システム「115」が都市部には存在するが、通報を受けても現場に近い病院に搬送するだけで、病状に合わせて受け入れ病院を探すようなことはしない。このため、搬送先の病院で緊急治療を受けられるかどうかは、病院との折衝次第ということになる。ここで治療費の支払い能力があることを示せないと、治療を断られることもある。また、救急車の救急設備も十分でなく、看護師が同乗していないことから、現場に到着しても救急処置は取られない。つまり、救急医療システムというより、救急搬送システムというのが実情だ。そのため緊急時にも115番通報せず、タクシーなどでレベルの高い病院に向かうケースが多いようだ。

 

<チョーライ病院には日本も資金・技術面で協力>

 南部の最高レベルの国立病院は、ホーチミンのチョーライ病院だ。1900年に創立され、1971~1974年に日本の無償資金協力により改築された。敷地は5万3,400平方メートルで、50診療科とがんセンター、心臓病センター、教育センター、血液センターを有する。職員数は3,551人で、医師は735人。ベッド数は1,800床で、2014年の入院患者数は12万3,075人。年間の手術数は3万8,722件を数え、難易度の高いものが多い。外来患者は1日当たり平均3,700人で、ピーク時は4,500~5,000人に達する。陽電子放出断層撮影(PET-CT)、核磁気共鳴画像(MRI)、コンピュータ断層撮影(CTスキャナー)など最新の設備がそろっている。医療のレベルも高く、肝臓移植や腎臓移植、内視鏡手術もこなしている。日本との関係も深く、日本は国際協力機構(JICA)を通じて資金・技術面で協力・貢献している。

 

 筆者は5月12日、グエン・バン・コイ副院長と面談した。同氏によると、同病院の課題としては、南部の医療システムの頂点にいることから対応すべき患者数が多く、手一杯で医療関係者も疲弊しており、最先端の医療研究や地方病院の医師の教育に十分な時間が割けない、とのことだった。実際、緊急医療現場(ER)を見学したところ、ひっきりなしに患者が運ばれていた。疾患としては、交通事故による頭部損傷、骨折などが群を抜いて多く、がんや心臓疾患、感染症が続いているそうだ。現在、第2チョーライ病院建設プロジェクト(投資額2億8,790万ドル、ベッド数2,000)が首相の承認を得ており、日本もODAで支援する予定だ。

 

 
<外資系医療機関も進出、外国人医師も常駐>

 外国企業の駐在員やベトナム人富裕層の需要の高まりに応じ、外資系医療機関も進出しており、外国人医師が常駐してきめ細やかな医療を施している。

 

 筆者は5月12日にホーチミンのSOSインターナショナル病院を訪問し、富浜有香医師の説明を受けた。同病院は24時間体制で緊急医療対応を取っており、救急設備のある専用救急車を有し、要請があれば必ず医師が同乗して現場に向かい、緊急治療を行う。病院には最新の医療機器が備えられ、各種検査、ER、病棟を持つ。特筆すべきは院内に24時間対応のコールセンターがあり、ネットワークで世界の医療機関と連携している点だ。ホーチミンで対応の難しい緊急医療の場合は、タイの病院に専用機で搬送することが可能だ。搬送先の海外の病院まで医師が付き添うこともある。ホーチミンから近いバリアブンタウ省沖合に石油掘削のリグを有する外資企業は、同病院の医師にリグ内に常駐してもらっている。緊急時には専用ヘリコプターで搬送するとのことだ。

 

<中小の進出日系企業は本社が危機管理の指導を>

 上述したとおり、ベトナムの公的医療機関の緊急医療体制は十分とはいえず、外国企業の駐在員が安心して利用できるレベルではない。そのため外資系医療機関に頼ることが多い。診察料は高額だが、駐在員の場合、しかるべき手続きを取れば、日本の健康保険組合で医療費還付を受けられる。また、医療費の残額や還付対象外の海外への搬送費用についても、民間損害保険会社の任意保険に入っておけば給付対象となるので安心だ。飛行機による搬送費用は数百万円かかることが多い。

 

 出張などで郊外や地方に行き、重大な事故に遭えば、どのような診療施設に運び込まれるか分からない。その際には、べトナム人スタッフも含めた緊急連絡網を携帯しておかないと、病院側も治療費の支払い能力があるか判断できず、緊急医療が受けられないリスクもあり得る。そうなららないためには、日ごろから緊急時の対応について備えておくことが肝要だ。ベトナムの輸血用血液は汚染されている可能性もあり、現地での手術にはリスクが伴う。

 

 2013年以降、べトナム進出日系企業の中で、中小企業の比率が高まっているが、これらの企業の中には海外進出が初めてで、危機管理まで手が回らないところも多い。本社側で危機管理体制を指導していくことが必要だろう。

 
(栗原善孝)





日本貿易振興機構