〔SUNDAY・LIBRARY〕INTERVIEW 夏川草介 『神様のカルテ0』

2015.04.29

〔SUNDAY・LIBRARY〕INTERVIEW 夏川草介 『神様のカルテ0』
2015.05.10 サンデー毎日  
 


 ◇奇跡は起こらないけれど、あきらめない医者はいる


 生きる人は生きる。死ぬ人は死ぬ。どんなに患者や医者が努力したって、神様は応えてくれない。まるで、人の命に興味なんてないかのようだ。

「医者にできることは本当に少ない。半ば、神様への“面当て”のような気持ちでつけたのが、この本のタイトルなんです」

“24時間365日対応”を掲げる地方病院で、心血を注いで働く青年医師の物語。4作目の執筆中、医療から離れた物語を書いてみたいという思いで綴(つづ)ったのが今回の「0(ゼロ)」。主人公・栗原一止(いちと)の妻・榛名(はるな)の原点を描く物語も収録されている。“ハル”は、多忙な“イチ”を支える強くて優しい女性であり、「ハルのような女性こそ神様」と評される存在だ。

「妻は否定しますが、そんなに自分の家庭と乖離(かいり)している気はしていないんです。妻が支えてくれるから、ろくに家に帰れなくても生活が成り立つ。言葉通りの二人三脚です」

 医療小説とはいえ、ゴッドハンドもスーパードクターも出てこない。奇跡も起きない。「みんな死んでいく、だから暗い物語ばかりなんです」と自嘲(じちよう)気味に言うが、そこには日々対峙(たいじ)し続けている“救いがたい現実”への責任がある。

「以前、診療現場で手のほどこしようのない状態で膵(すい)がんが見つかった40歳くらいの女性患者さんがいました。彼女は赤ちゃんを抱えて離婚したばかりで、絶望のあまり思わず『この子がいなかったらよかったのに』と言ったんです。そんな現実が目の前にあって、フィクションで奇跡を描く気にはなれません」

 物語の中では、一人、また一人と亡くなっていく。それでも読み手の心には、悲しみや苦しみではなくかすかな希望が残る。人の死の後に残る希望とは、何だろうか。

「画期的な治療法はない、奇跡は起こせない。どうしようもない状況でも、あきらめずに真剣に向き合って、考え悩み続ける医者の姿に患者さんが勇気づけられることがあるんです。地味な結論ですが、そういう行為には意味があるはず。その思いで医者を続けています」

 一止は、悩み、迷い、苦しみ続ける。身なりを構わず、うつむきがちで猫背。その姿は、医者としての著者とオーバーラップする。

「医療不信の裏には、メディアで称賛されるスーパードクターの奇跡に慣れ過ぎた“過度な医療信仰”と、医者という人間ではなく技術にしか期待しない“医者不信”があると思うんです。医療は決して万能ではないという情報発信も必要な気がしていて。こんなことばっかり考えているから、ネクラなんです」(笑)

 人生100年時代。長生きへの不安を払拭(ふつしよく)するには、自分なりの死生観を持っておくことが必要だという。

「どう死んでいくか、死んだらどうなるか。それを考えておくことで、死に対する価値観が安定します。人生50年でも100年でも、楽しく生きられるようになります」

 一止と同じように漱石の『草枕』が愛読書だ。「とかくに人の世は住みにくい」、だからといって「越す事」はできない。長野の地で悩み続けると決めている。

(構成・佐藤恵、撮影・根岸基弘)

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 ■人物略歴

 ◇なつかわ・そうすけ

 1978年大阪府生まれ。長野県の病院にて地域医療に従事。2009年『神様のカルテ』で第十回小学館文庫小説賞を受賞してデビュー。ほかに『神様のカルテ2』『神様のカルテ3』がある


[写真]『神様のカルテ0』夏川草介(小学館/1300円) 価格はすべて税抜き表記です。

毎日新聞社