シリーズ◎どうする医療事故調査制度

2015.04.24

シリーズ◎どうする医療事故調査制度

遺族に報告書が渡れば民事訴訟は避けられない

弁護士の長谷部圭司氏に聞く


2015/4/24

聞き手:満武里奈=日経メディカル 
 

 予期しない死亡事故が発生した際に第三者機関に報告し、院内での医療事故調査を義務づける法律が今年10月から施行される(参考記事)。

今年3月には医療事故調査制度の運用指針を議論してきた「医療事故調査制度の施行に係る検討会」が具体的な運用指針案を公表。先日まで、パブリックコメントを募集していた。
 制度施行を前に、医療事故に関する訴訟を数多く手掛けてきた北浜法律事務所の長谷部圭司氏に医療事故調査制度のあり方について聞いた。



 
はせべけいじ氏○1999年大阪大学医学部卒。2005年大阪大学高等司法研究科に入学し、2009年に司法試験に合格。弁護士としては大阪弁護士会に所属しており、病院法務・医療安全を専門にしている。

――長谷部先生と医療事故調査制度との関わりについて、お教えいただけますでしょうか。

 私自身は、現在の医療事故調査制度設計自体に、直接関わりを持っていませんが、この制度に期待と不安を抱いています。特に不安に関しては、以下に述べるように数々の問題が予想されていますので、講演会やシンポジウム、さらには各病院での講習などを通じて啓発を行っています。


――今年3月には医療事故調査制度の省令・通知案が示されています。遺族側が求めた場合にはこの報告書を渡すことを事実上、努力義務にしているほか、第三者機関が調査した場合は遺族に報告書を交付することになっています。

 報告書が遺族の手元に渡ることで民事訴訟は増えると考えられます。それだけではなく、刑事訴訟を誘発するのではないかと感じています。

 最も問題なのは、報告書が刑事訴訟に使用される恐れがあるという点です。もちろん民事に使用されるのも困るわけですが、最悪、民事訴訟は保険で補填されます。一方、刑事事件で有罪となった場合、損害保険では補填することはできず、有罪となった医師は医道審議会にかけられ、医師免許が取消しになる可能性が出てくることになります。このようなことになれば、通常の医師は過失がないようにと、過度に防衛医療に走ることになり、医療費の増大と萎縮医療を引き起こしかねません。

 報告書が刑事事件の資料として扱われないという保証は全くありません。刑事事件の資料として使わないとする、努力目標があるにすぎないのです。法律上の制限もないのに、警察官や検察官が捜査の手を緩めることは考えられません。

 そうなると、医療事故調査制度のために当事者が正直に話した結果、それが刑事事件の証拠として使用される可能性があるわけです。しかし、これは黙秘権の侵害となります。

 つまり、「何人も、自己に不利益な供述を強要されない(憲法38条1項)」「取り調べに際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない、旨を告げなければならない(刑事訴訟法198条2項)」と規定されているのに、そのような告知なく自分の不利益になるかもしれない供述をさせられてしまうのです。ですから、当事者から聞き取りをする場合には、黙秘権の告知もないと、事実上の黙秘権侵害が発生すると言えます。

 一方、上記の憲法上の人権の侵害を防ぐために、医療事故を起こした当事者に対し、事前に黙秘権について告知するとなれば、おそらく事故の経緯を話さない医師も出てくることでしょう。そうなると、医療事故の本質に近づけず、今回の制度の目的である「医療の安全を確保するために、医療事故の再発防止を行うこと」を達成できなくなってしまいます。これでは、医療事故調査制度の意味が全くありません。

 この医療事故調査制度で予想されている人権侵害に関して、今のところ弁護士会は一切動いていません。殺人事件の被疑者ですら、黙秘権が侵害されたとき、弁護士は大きな声でそれを指摘するのに、です。医師には人権は無いのでしょうか?

 


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