追跡◎腹腔鏡下手術の死亡事故

2015.04.23

追跡◎腹腔鏡下手術の死亡事故

名大病院にあって群馬大病院になかったもの

事故対応が炙り出すリーダーシップの質


2015/4/23

三和 護=日経メディカル 
 



事故対応に追われる群馬大学医学部附属病院

 群馬大学医学部附属病院で発覚した腹腔鏡下肝切除術の死亡事故はしばしば、今年10月にスタートする医療事故調査制度との関連で語られる。

群馬大病院に批判的な意見がほとんどで、とりわけ院内事故調査は担当医師の責任追及に終始し制度が目指す医療安全向上への貢献という趣旨からはほど遠いとの意見が大半だ。いったい何が問題なのか――。

 今から13年前のこと。2002年8月にも腹腔鏡下手術による死亡事故があり大きく報道されたケースがあった。舞台は名古屋大学医学部附属病院。当時の資料を基に名古屋大病院の事故対応を振り返ると、群馬大病院にできなかったことが浮き彫りになってくる。

「逃げない、隠さない、ごまかさない」
 名古屋大病院の事故は、潰瘍性大腸炎に対して腹腔鏡下手術が行われた事例だ。執刀医が腹腔鏡挿入トロッカーという器具を挿入する際に腹部大動脈を損傷。患者は大量出血を来し、その後の懸命な救命医療も及ばず死亡してしまった。

 当時の院長の二村雄次氏は事故対応に取り組む姿勢として「隠さない、逃げない、ごまかさない」という基本方針を定めた

これに基づき名古屋大病院は、事故の原因究明と再発防止策の立案を目的に、学外委員3人を含む医療事故調査委員会を設置した

学外委員が参加する調査委員会は、国立大学病院としては恐らくこれが初めてだった。


 調査委員会の設置とその活動を支え続けたのが病院長のリーダーシップだ。院長は捜査に入っていた愛知県警に働き掛け、院内調査が済むまで捜査を中断するよう要請

これに対し警察は、積極的な捜査をしないという姿勢で応じた。

また、調査委員会のメンバーに、当時から患者の視点で医療事故対応に取り組んでいた栄法律事務所の弁護士、加藤良夫氏も招へいした。外部委員の参加に加え、患者側の弁護活動を展開する弁護士への参加要請は、当時としては異例のことだった。「私がメンバーに選ばれた理由は、院長の『逃げない、隠さない、ごまかさない』という強い意思を具体化したものと受け止めた」(加藤氏)。


 
栄法律事務所の弁護士、加藤良夫氏

 その加藤氏は調査委員会で特に2つのことを提案した。いずれも事故を起こした当事者である医師の人権にかかわる。1つ目は黙秘権が認められると伝えること、2つ目は事情聴取の際に弁護士を同席させる権利(弁護人依頼権)を保障することだった

提案は病院側も了承し、当事者である医師にも伝えられた。実際、調査委員会による聴取の際には、医師が選任した弁護士が同席した。

 病院はまた、当事者の証言が真相究明に欠かせないとし、院内の懲戒処分をしないと約束した。全職員に対しては、責任追及ではなく、あくまで再発防止のための調査であると説明

病院として職員は守る」(当時の副院長)という宣言も行われた。加藤氏によると、こうした病院側の再発防止への強い意思が表明されたこともあり、事故を起こした医師は積極的に調査に協力したという。その結果、事故発生から2カ月後には医療事故調査報告書を公表し、遺族側にも手渡されることになった。内容は、「手術の安全性を高めるための術前準備」「トロッカーの取り扱い」「手術技能の認定・教育・研修」「過去の症例情報の共有」など8領域にわたり、具体的な20項目に及ぶ事故再発防止策の提言が行われた。報告書は今もホームページ上で公開されている(こちら)。

 結局、名古屋大病院の事故は国が賠償金を支払い、示談という形で決着した。業務上過失致死も視野に捜査に当たった県警は、最終的に不送致という異例の対応をとったという。つまり、刑事訴追に至ることはなかった。なお、このときの名古屋大病院の事故調の実際については、加藤氏も編者に名を連ねる『医療事故から学ぶ――事故調の意義と実践』(中央法規出版、2005年)に詳しく述べられている。


REPORT


 


 群馬大学医学部附属病院で発覚した腹腔鏡下肝切除術の死亡事故はしばしば、今年10月にスタートする医療事故調査制度との関連で語られる。群馬大病院に批判的な意見がほとんどで、とりわけ院内事故調査は担当医師の責任追及に終始し制度が目指す医療安全向上への貢献という趣旨からはほど遠いとの意見が大半だ。いったい何が問題なのか――。

 今から13年前のこと。2002年8月にも腹腔鏡下手術による死亡事故があり大きく報道されたケースがあった。舞台は名古屋大学医学部附属病院。当時の資料を基に名古屋大病院の事故対応を振り返ると、群馬大病院にできなかったことが浮き彫りになってくる。

「逃げない、隠さない、ごまかさない」
 名古屋大病院の事故は、潰瘍性大腸炎に対して腹腔鏡下手術が行われた事例だ。執刀医が腹腔鏡挿入トロッカーという器具を挿入する際に腹部大動脈を損傷。患者は大量出血を来し、その後の懸命な救命医療も及ばず死亡してしまった。

 当時の院長の二村雄次氏は事故対応に取り組む姿勢として「隠さない、逃げない、ごまかさない」という基本方針を定めた。これに基づき名古屋大病院は、事故の原因究明と再発防止策の立案を目的に、学外委員3人を含む医療事故調査委員会を設置した。学外委員が参加する調査委員会は、国立大学病院としては恐らくこれが初めてだった。


 調査委員会の設置とその活動を支え続けたのが病院長のリーダーシップだ。院長は捜査に入っていた愛知県警に働き掛け、院内調査が済むまで捜査を中断するよう要請。これに対し警察は、積極的な捜査をしないという姿勢で応じた。また、調査委員会のメンバーに、当時から患者の視点で医療事故対応に取り組んでいた栄法律事務所の弁護士、加藤良夫氏も招へいした。外部委員の参加に加え、患者側の弁護活動を展開する弁護士への参加要請は、当時としては異例のことだった。「私がメンバーに選ばれた理由は、院長の『逃げない、隠さない、ごまかさない』という強い意思を具体化したものと受け止めた」(加藤氏)。


 
栄法律事務所の弁護士、加藤良夫氏

 その加藤氏は調査委員会で特に2つのことを提案した。いずれも事故を起こした当事者である医師の人権にかかわる。1つ目は黙秘権が認められると伝えること、2つ目は事情聴取の際に弁護士を同席させる権利(弁護人依頼権)を保障することだった。提案は病院側も了承し、当事者である医師にも伝えられた。実際、調査委員会による聴取の際には、医師が選任した弁護士が同席した。

 病院はまた、当事者の証言が真相究明に欠かせないとし、院内の懲戒処分をしないと約束した。全職員に対しては、責任追及ではなく、あくまで再発防止のための調査であると説明。「病院として職員は守る」(当時の副院長)という宣言も行われた。加藤氏によると、こうした病院側の再発防止への強い意思が表明されたこともあり、事故を起こした医師は積極的に調査に協力したという。その結果、事故発生から2カ月後には医療事故調査報告書を公表し、遺族側にも手渡されることになった。内容は、「手術の安全性を高めるための術前準備」「トロッカーの取り扱い」「手術技能の認定・教育・研修」「過去の症例情報の共有」など8領域にわたり、具体的な20項目に及ぶ事故再発防止策の提言が行われた。報告書は今もホームページ上で公開されている(こちら)。

 結局、名古屋大病院の事故は国が賠償金を支払い、示談という形で決着した。業務上過失致死も視野に捜査に当たった県警は、最終的に不送致という異例の対応をとったという。つまり、刑事訴追に至ることはなかった。なお、このときの名古屋大病院の事故調の実際については、加藤氏も編者に名を連ねる『医療事故から学ぶ――事故調の意義と実践』(中央法規出版、2005年)に詳しく述べられている。