ケーススタディー◎大高病院(東京都足立区)

2015.04.17

ケーススタディー◎大高病院(東京都足立区)

激戦区東京で救急病院開設した40代医師の挑戦

精神身体合併症例など搬送困難事例も積極受け入れ


2015/3/26

増谷彩=日経メディカル 
 
急性期病院の経営環境が厳しさを増す中、激戦区の東京都区部で、果敢にも救急科がメーンの病院を新設した医師がいる。

救急科と精神科を専門とする大髙祐一氏は2013年、足立区に22床の大高病院を開設。

精神身体合併症例などの搬送困難事例を積極的に受け入れ、地域の救急医療の円滑化に貢献している。


 東武伊勢崎線・西新井駅近くの大通りから少し奥に入った住宅街。ここに、まだ新しい白壁が目立つ、瀟洒な建物がある。壁に打ち付けられているのは、「大高病院」の文字。救急科を標榜し、2013年に開院した22床の病院だ。

 
「精神科と救急科は全く別物のようにみえるが、実際にはかなり近い」と語る大高病院院長の大髙祐一氏。

 地域の救急医療の円滑な運用を妨げている部分に介入し、自ら解決する。大高病院の機能を一言でいえば、このように表現できる。具体的には、(1)地域の住民が受診しやすい初期救急機能、(2)3次救急を担う救命救急センターの後方支援、(3)2次救急の搬送困難事例の積極的な受け入れ――といった役割を担っている。

 院長は、東京医科大学で救急医学の医局長を務めていた大髙祐一氏だ。近年、厚生労働省が急性期病床の絞り込みに向けた政策誘導を強めており、病院の生き残りに向けた競争が激化している。そんな時代に、競合ひしめく東京で42歳(当時)で病院を開業した大髙氏。いったい、どんな狙いと勝算があったのか。

救急医であり精神科医でもある強み
 同病院の診療機能には、大髙氏がこれまで積んできたキャリアが色濃く反映されている。東邦大学を卒業後、精神科医を志して東邦大学大森病院の精神神経科で研修を始めた。当時、大髙氏は非常勤として精神科単科病院に勤めていた。こうした患者の中にも、精神疾患以外の疾患を合併したり外傷を負うケースは少なくなかったことから、精神疾患と身体疾患を併せて診ることの必要性を強く感じるようになった。

 
足立区の住宅街に建つ大高病院。

 

 「主治医として、どんな病気にも対応できるようにしておかなければ患者の不利益になることもある。精神科以外の知識がなければ専門医に依頼することもできないと思った」と大髙氏は振り返る。そこで、医師3年目からは修行のつもりで東京医科大学病院の救命救急センターに勤務することを決めた。

 当初は何年か救急医学を学んで精神科に戻る予定だったが、次第に救命救急医の仕事にやりがいを感じるようになる。そのまま救急医として勤務を続けるうちに、「救急科の方が専門となった」(大髙氏)。

 すると今度は、救急の世界で精神疾患を有する患者への対応に問題意識を抱くようになった。「救急医の中には精神症状を呈した患者を敬遠する人もいる。さらに精神疾患や認知症などの患者は、症状をうまく伝えられないことがある。その結果、重症なのに軽症に見誤られたり、適切な医療を受けられなかったりするケースが出てくる」と大髙氏。誰もが課題に気付きつつも、解決方法が分からない状態だったという。

 東京医大でキャリアを積んだ大髙氏は、日本救急医学会専門医、日本精神神経学会専門医、精神保健指定医の資格を有する、希少な存在になっていた。「精神科も救急科も経験している私が、この課題解決のために役立てるのではないかと考えた」と大髙氏は述懐する。

 さらに、「大学病院では、キャリアを重ねるにつれ純粋に患者を診ること以外の仕事が増えてくる。どちらが向いているか、好きなのかを考えると、直接患者に関わっていたかった」との思いもあり、開業に踏み切った。

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22床の中には、比較的高度で緊急を要する医療を行うためのハイケアユニット4床も含んでいる。

最初から「病院」として開設するつもりだった
 開業に際して目指したのは、冒頭に紹介した地域住民の初期救急外来、救命救急センターの後方支援、搬送困難事例の積極的な受け入れという3つの機能を果たすこと。救命救急センターの後方支援とは、重症者を診る最後の砦である3次救急医療機関のベッドを速やかに空けられるよう、必要な治療がなされた後の引き取り先としての態勢を整えるということだ。

 特に、全身管理が必要な症例は、救命救急センターでの治療を継続できる受け入れ先が見つかりにくい。例えば、交通事故で救命救急センターに搬送されて手術は終了したものの、心不全と肺炎を合併して人工呼吸器を外せなくなるなど、重い合併症があったり、疾病が複数科にまたがるようなケースだ。

 また、2次救急の搬送困難事例を積極的に受け入れる上では、精神科と救急科の2つを専門とする大髙氏の強みが存分に生かせる。精神症状を有するケースが救急搬送困難事例となりやすいことは東京都の調査結果でも示されている(関連記事:開始から4年、「救急医療の東京ルール」は成功したか)。大髙氏が重視したのは、「とにかく、まず診察をする」医療機関になることだ。特に搬送困難事例の受け入れについては、「まず受け入れて診察し、治療方針を立てるだけでも意義が大きい」と言う。

 大髙氏が掲げる「3本柱」の医療を提供するとなると、人員・設備面で一定以上の規模が必要となるため、診療所ではなく、最初から病院として開設することを考えた。そして、こうした体制を構築できれば、地域の救急医療への貢献に加え、経営的にも勝算があると考えていた。「救急医療において、精神疾患を合併する患者にフォーカスしたり、救命救急センターの受け皿となる医療機関が必要とされていることは明らか」であり、そうした機能に半ば特化して差別化を図れば急性期病院として生き残っていけると判断したのだ。

 
「まず診察」の姿勢で搬送困難事例も積極的に受け入れる。診断し、治療方針を示すことができれば患者の転院もスムーズに進むという。

「まず診察」して“通訳”する
 開業地として足立区を選んだのは、救急車の出動台数が多く、精神科の医療機関数が多いことが決め手となった。大髙氏は、「精神科が多いのであれば、精神科の患者が身体疾患を合併して困るケースも多いだろうと考えた」と説明する。足立区を含む二次医療圏は医療計画上の病床不足地域だったが、東京都の行政指導によりまず診療所として開設することが求められたため、2013年9月に5床の有床診療所として開設。その後同年12月に17床増設して病院に改組した。常勤医は、地域で救急医療に携わりたいと2014年3月に加わった30歳代の消化器外科医と大髙氏の2人。近々、もう1人加わる予定だという。

 開業して1年半が経過した現時点での実績を見ると、病床稼働率93%、平均在院日数16日程度で運営しており、急性期病院として十分な水準といえる。入院患者の内訳は、半分が救命救急センターからの転院、3割が救急搬送、残り2割が救急外来や一般外来からの入院だ。

 全体の患者に占める精神疾患を持つ患者の割合は認知症患者を含めると約4割、認知症患者を含めなければ約2割だという。精神身体合併患者の救急対応など、ニーズが高い一方で競合が少ない領域をカバーすることは、狙い通り大きな強みとなった。

 救急搬送困難事例や3次救急医療機関からの引き受けが多くなると、ともすれば退院や転院まで持っていけずに患者が滞留してしまいがちだ。しかし大高病院では比較的短い期間で慢性期病院や精神科単科病院、施設などに紹介している。これは、大高病院だけでは治療を完結できない場合でも「まず診察」の姿勢で受け入れ、患者の症状の理由や治療方針を示せば、次の病院も安心して受け入れてくれるためだ。このように、各専門領域の“通訳”のような役割を担うことも少なくない。