特集 「医学部」「医者」ウラとオモテ】--PART2 「白い巨塔」の裏側--覆面座談会 勤務医はけっこう大変

2015.03.18

特集 「医学部」「医者」ウラとオモテ】--PART2 「白い巨塔」の裏側--覆面座談会 勤務医はけっこう大変
2015.03.21 週刊東洋経済 


 医師の給与や勤務実態、医局とのかかわりは。大学病院や民間病院で働く30~40代の勤務医に実態を語ってもらった。

 ──はじめに、なぜ今の診療科、勤務先を選んだのですか。



 幅広い対象の病気を診られるという点で、消化器内科は魅力的だった。外科系は、飲み会で出し物をするなど体育系のノリが嫌で避けた。今は大学院で研究しながら大学病院での勤務もしているが、卒業後は医局の指示で、関連病院に派遣されることになる。



 放射線科がかかわるCT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴断層撮影)の検査は、多くの病気の診断の要となる。複数の診療科とかかわれるので学ぶチャンスが多いことが決め手だった。当直がなく、子育てをしながら家で勉強ができる点もよかった。



 医学生になった当初、産婦人科はまったく考えていなかった。だが、後期研修でお産に携わり、心から「おめでとう」と言って送り出せることに感動した。都心から2時間かかる地域の基幹病院に来たのは、もちろん医局の指示だ。

 地方の病院のほうが、医師と患者の関係が“昔ながら”だと思う。医師に対する尊敬があり、「先生にお任せします」と言ってくれる患者さんが多い。



 都心の病院では、自分の疾患や他病院のことをよく調べてくる患者さんが増えている。治療方針を説明する際、ICレコーダーで録音する人もいる。

 ──医師の給与は高いというイメージがあります。



 大学病院の給与は年700万~800万円で頭打ち。勤務医の給与になんてはじめから期待していない。



 若手の頃は、大学からの給与は手取りで月16万円とまったく高くない。外に出ると、派遣される病院によって給与は異なる。



 大学院に行きながら働いていることもあり、大学病院からもらう給与は年100万円以下。産業医として会社を訪問したり胃カメラ検査を担当したりと、半日で3万~5万円のバイトを週に4回こなしている。東京から静岡までの新幹線代込みで20万円の当直バイトも経験した。



 医師の場合、稼げるバイトは山のようにある。献血カーの問診は時給1万円ほどだと聞いた。

 民間病院の給与は、人が集まりやすい都心だと低め、田舎だと高めというのが基本。東北のある病院では、就職すれば馬を1頭くれるそうだ。だが、おカネで人が集まるかというとそうでもない。



 医局に属しつつ勉強に邁進する医師は薄給で、知識の乏しいフリーランスや一部の開業医は高給取り、といういびつな世界だ。

 勤務医に、残業代という概念はない。規定の終業時間から数時間延びてもタダ働きだ。初期研修の頃は、夜中の2時3時に帰宅し、朝7時に家を出るという生活が当たり前だった。看護師も医療事務員も残業代が支払われるのだが……。

 ──医局に属すメリットはあるのでしょうか。



 自分で就職先を探さなくてよいのが最大のメリットだろう。思いどおりというわけにはいかないが、医局側が個人のキャリアを考えて、数年単位でさまざまな経験を積ませてくれる。



 大学内での昇進やポスト獲得は、医局に属しているからこそ。希望すれば留学の斡旋もしてくれた。



 院で研究をしながら生活費を稼ぐため、バイトの量を増やしてもらい、当直も免除してもらっている。ただ、博士号取得後は、“御礼奉公”として10~15年は同じ医局で働くのが暗黙の了解だ。



 スキルアップしたければ、医局にいてさまざまな先輩に指導を仰げる環境が望ましい。医局は構成員が多いほど力を持つので、最近では自大学出身者でなくとも受け入れてくれる医局が多い。医局で学びながら専門医の資格を取らないと、重要な仕事は任せてもらえない。



 開業医の息子で、「いずれ親の医院を継ぐから」と医局に入らなかった友人がいたが、今になって入局先を探しているそうだ。若いうちは引く手あまたでも、特別なスキルなしに40代以降もフリーでやっていくのは困難なのだろう。

 ──医局の力は強いのですか。



 一昔前よりは弱くなったと思うが、それでも教授の言うことは“絶対”だ。実際に仕事を割り振る医局長も、大事な案件については逐一、教授の意向を確認している。准教授や講師は、論文実績が勘案されつつも医局の教授による推薦で決まる。実力があってもポストが空いていなければダメなのだが…。

 別の科の教授は、気に入らない人がいると無視を決め込み、重要な仕事はいっさい振らない。こういう人に嫌われたら最悪だね。



 僕がいる病院の産婦人科は、トップ以外はすべて医局からの派遣だ。一時期より権力は弱まったが、地方の基幹病院はそれでも医局の力に頼らざるをえない。

 医局の雰囲気は教授が作る。だから、教授が退任するタイミングになると入局希望者が減る。教授選が終わるまで、誰が次の教授になるかはまったく予想できないからね。



 女医が増えたことで医局員の希望が通りやすくなった面はある。とはいえ女医が多い産婦人科や小児科では、子持ちでも分担して当直をこなすのが当たり前だ。

 大きな病院に付属する保育園は、大抵24時間体制。子どもが病気になると、別の場所に移して病児保育に切り替えてくれるのも病院ならではだ。



 産婦人科は女医が多く、医局の同期の3分の2が女性だった。お産を扱っていることもあって、妊娠した女医には優しい科だと思う。ほかの科の話だが、妊娠がわかった瞬間、当直ができない者は退職しろという雰囲気になったと聞いた。



 50~60代の女性の先輩たちは、「当時は女が臨床の現場に入れる雰囲気でなかった」と言っていた。今は第一線に入っていくこともできる。ロールモデルがないので、私たちの世代が作っていくしかない。

 ──やりがいや苦労は?



 病気に対して医学の知識と技術で解決に導くことができる点が大きい。一方で、治療に限界があるのも現実。患者や家族の強い要望に必ずしも応えられず、もめることもある。患者の納得が得られず、最良の医療が提供できないときはつらい。



 最先端の医学で、より早期の診断を実現していきたい。高給取りというイメージがあるのかもしれないが、実際には給与だけでやれる仕事ではなく、医療への思いが大切。いずれ自分の子どもが大きくなれば、地域医療にも携わりたい。