【視点】産経新聞正論調査室長・工藤均 「老健わたり」の実態把握を

2015.02.03

【視点】産経新聞正論調査室長・工藤均 「老健わたり」の実態把握を
2015.02.03 FujiSankei Business i.刷



 ■抜本的な改革必要な時期

 「老健わたり」という言葉がある。主に医療ケアやリハビリを必要とする要介護状態の高齢者を受け入れる介護老人保健施設(老健)をめぐり、入退所を繰り返しわたり歩く現象だ。

自宅復帰が困難なケースが増え、老健が制度として本格的にスタートした1988年当時の趣旨に合わなくなっているのにもかかわらず、抜本的な対策が立てられないまま高齢者はそのつど新たな環境で人間関係を築かなければならない。

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 私事で恐縮だが昨年11月、老健に入所していた母がベッドから転落し骨折、1カ月の入院後91歳で死亡した。骨折した2日後、3カ所目の老健に移る予定だった。

 介護保険の施設サービスには、大きく分けて老健と介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム=特養)の2つがある。

自宅での介護は困難だが入院するほどの症状でもなく、全国で約52万人ともいわれる入所申込者がある「終身型」の特養にも入れない。

そんな高齢者の多くが入所しているのが老健で、(1)医学管理下のケアや機能訓練が充実(2)利用料が安い(3)入居一時金が必要ない-などのメリットがある。

 老健は全国に約4000施設あり、その趣旨は自宅復帰が目標だ。提供されるサービスもリハビリなど自宅に戻るためのケアが中心で、3カ月ごとにプランを作成し、退所、入所継続の判定が行われる。こうした節目を迎える前に、施設側では自宅に戻れるほど改善せず、改善したとしても家庭の事情などで戻れない人などを対象に、本人や家族らへ別の老健への入所を促す。

これが「老健わたり」につながる。早ければ入所から半年が過ぎる頃には、「そろそろ、次(の老健)を探してください。1カ所ではなく複数で」と。母も昨年春ごろ、同様の対応を迫られた。

 特養が「住むところ」なのに対し、老健は「(症状を)良くする施設」といわれる。だが、厚生労働省の2013年度版「介護サービス施設・事業所調査の概況」によると、入所後自宅へ復帰する割合は全体の31.7%にすぎない。症状が悪くなれば入院するか、もう一つの受け皿となる特養に入るか。だが、特養は待機者があまりにも多い。結局、病院が隣接、あるいは周辺にある老健に集中する状況が生まれるのだ。

 ある老健の担当者は、入所期間の長さが「第2特養化」につながることを危惧する。「自宅復帰への手助け」という趣旨にそぐわなくなるばかりか、入所者の重度化、高齢化に伴う医療必要度の上昇に対応できるだけの医療的処置、検査、薬剤などを提供することが難しいという。日常的に必要な医療、介護は自施設で提供するとされ、報酬は包括化され介護保険から給付されているため、「地域医療の現場では、確実に制度疲労を起こしている」(担当者)という現実がある。

 症状が重くなる人を長く抱えるよりは、自宅復帰の可能性がある人を新たに入所させることで復帰率を高め、施設の評価につなげたいという本音も透けてみえる。

 入所者の認知症状も拍車をかける。施設が変わっても本人の精神的な負担、意向などを見極めるのはむずかしい。逆に老健側が退所を進めやすい、という側面だ。母には認知症状はなかった。新たな老健への入所を最後まで拒んだが、施設の意向を伝え、渋々受け入れてもらった。こうしたケースも当然、あるだろう。

 施設の数、介護職員は足りない。一方で高齢者は増え続ける。相反する状況をどう打開すべきなのか。全国の老健が加盟する全国老人保健施設協会は「ハコ(施設)ばかりつくっても、人口減が続く状況では維持・運営は難しくなる」と説明する。

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 高齢社会は進む一方だが、厚労省は今、福祉、医療費の増大などを背景に自宅にいながらサービスを受ける居宅サービスを中心とした「地域包括ケア」を推進しようとしている。しかし、その前提は高齢者が自宅にいられること。状況は厳しい。

 国として資金面での限界はある。だが今後、団塊の世代が介護の現場に直面すれば需要は確実に増える。「老健わたり」を含めた現場の課題を徹底的に調査したうえで、制度の見直し、施設介護への支援など抜本的な改革が求められている。