ドワンゴ川上会長 少子化対策お粗末ニッポンに憤り

2015.01.03

 

ドワンゴ川上会長 少子化対策お粗末ニッポンに憤り
2015/1/1 6:30 日経DUAL

 子どもが生まれたばかりのKADOKAWA・DWANGOの川上量生会長。親となって初めて直面した日本の「待機児童問題」に憤り、思わず本社内に保育園を設置することに。親になって感じたこと、父親の育休取得、経営者として考える社員の結婚・出産、自身の子育て論について、日経DUAL編集長がインタビューしました。


羽生 日経DUALは、共働きで子どもを育てているお父さん・お母さん向けのメディアです。ワーキングママやパパは本当に不安だらけ。記事の感想やDUALのアンケートの回答を見ていますと、生活しづらいと皆さん訴えています。川上家も共働きだと伺いましたが、出産の時期は大変でしたか?


川上量生(以下、川上氏) うちは計画出産だったので出産日は病院の都合で決まりました。それで、産前産後の1週間、僕の会社のスケジュールソフトに妻が勝手に書き込んで強制的に休みに設定されていて。生まれたその日から、病室で赤ちゃんと妻とずっと一緒にいたんです。いわゆる「育休」ですね。


■父親になった自覚が生まれた、1週間の「育休」


羽生 育休を強制的に妻に取らされた。いい話ですね。父親は自分で妊娠出産を経験できないので、親になったという自覚が薄い場合もありますが、1週間も生まれたての赤ちゃんと一緒にいたら「お父さんになったぞー」という気持ちになれますね。


川上氏 新生児って寝てばかりいるから特にやることはないんですけど、その育休期間がよかった。この1週間がなければ、自分が親になったという実感は持てなかったかもしれません。


KADOKAWA・DWANGO会長の川上量生氏、1週間の育休を取った
KADOKAWA・DWANGO会長の川上量生氏、1週間の育休を取った


羽生 「育休なんて、パパが短期間だけ家にいても意味がない」という意見もありますが、そうではないと?


川上氏 ええ、育児休暇は父親も取ったほうがいいと思いますよ。男の場合、おっしゃるように、やっぱり子どもを持ったことを理解するのが難しいと思うんです。特に何もしなくていいので、一緒の時間を長く過ごしたら自然にその気持ちが生まれると思います。


羽生 いま、奥さんは産休中なのですね。保育園の準備はしていますか?


川上氏 保育園、あちこち探しているんですが、どこも「入園100人待ち」なんですよ。まったくふざけた話です。こんなに少子化をなんとかしようってみんなが考えている時代に、「保育園が足りない」って、どういうことだ? と。少子化対策を本当にやるつもりがあるのかと思いましたね。一番大事だとみんなが思うことですら、国はやってないわけだから。


対策について本当にやる気があるのかと思いましたね」
「保育園が足りないってどういうことだ? と。国は少子化対策について本当にやる気があるのかと思いましたね」

羽生 おっしゃる通りです。子どもを増やしたいと言っている国が、子育ての第一歩の段階で親に突き付けているのが「保育所の不足」。何やかやと言い訳をつけては、子育て環境改善の優先度をキッパリ上げず、ないがしろにしているとしか思えません。


■川上氏、怒りからドワンゴ本社内に保育所設置


川上氏 事情はいろいろあるんでしょうけれど、保育園がこんなに足りない状況で子どもを育てられるわけがないです。


羽生 子育てする当事者だけでなく、若い世代がこの状況を見て、積極的に子どもを生みたいと思えるはずがないですね。


川上氏 僕はこの怒りから、ドワンゴ本社内に保育園をつくることにしましたよ。


羽生 えっ? いきなり社内託児所設置を。なんと素早い対応。さすが川上会長、素晴らしい行動力です。


川上氏 まあ、公私混同で。普通の会社だと社内に託児所があっても、通勤ラッシュで会社まで連れてくるのが大変らしいですね。でも、ドワンゴは裁量労働制だから、みんな出社が遅いんです。ラッシュ時に出勤している人のほうが少ない。だから、けっこううまく機能するんじゃないかと考えています。


羽生 社員の反応はどうですか?


■「社内に保育園があるなら子どもを産もうかな」


川上氏 保育園をつくると発表しただけで、結婚している社員の何人かが「子どもをつくろうかな」って言い出したんですよ。これだけでも少子化を食い止めるキッカケになるんだなあと思いました。必ず入れる保育園があるだけで、子どもを産む人は増えるはずです。


「この怒りから、ドワンゴ本社内に保育所を設置しました。ベビーブームも歓迎ですよ」
「この怒りから、ドワンゴ本社内に保育所を設置しました。ベビーブームも歓迎ですよ」

羽生 なんと理想的な展開。社内に保育園がありますと、これから結婚をするという方も産んでから育てるまでのイメージがしやすいですもんね。


川上氏 しかも、社内に保育園をつくるということは、「会社が子どもを産むことを応援している。子どもがいても、仕事の面でハンデにならない」というメッセージにもなるんですよね。


羽生 ドワンゴ社内にベビーブームがきたらどうするんですか?


川上氏 いいんじゃないでしょうか。まあ、難しいところではありますけどね。やっぱりエンジニアなどの職種は、結婚すると能力や生産性が下がるんですよ。


羽生 率直なご意見ですね…。でも企業の現場のリアルです、それが。


川上氏 やはり他のことに時間をとられず、会社でずっと根を詰めて働くことで能力を出せるという面は少なからずあるんです。エンジニアに限らず。だから、会社としてはそうしてくれるのがありがたいんだけど、でも社員を「ずっと独身で働かせていて、それでいいのか?」という問題もありますよ。


羽生 経営者としては目をそらせないテーマです。


川上氏 また、結婚して家庭を持つことによるプラスも、確かにあります。いまメンタルヘルスの不調で働けなくなる人が多いですが、そういうときに家庭があると安心ですよね。長期的に見ると、家庭という基盤があったほうが人は安定して長く働けると思います。あとは、僕らがつくっているのは人に届けるソフトウエアなので、その時の対象となるユーザーは当然、子どもを持つ親なども含まれます。そういうユーザーの気持ちになりやすいという利点もあります。総じて、社内に結婚して子どもをもつ人が増えるのは、とてもいいことだと思います。


羽生 川上さんご自身の教育方針や子育て手法をお聞きしたいと思います。


川上氏 子どもが生まれてすぐ、電子書籍端末のKindle(キンドル)で育児本をたくさん買いましたよ。なんで泣くのか? どういうタイミングでひっくり返るのか? 子どもが何を考えているのかをすごく知りたかったからです。


羽生 またずいぶんと科学的な。


川上氏 よく「親は子に学ぶ」って言いますが、その通りだなと思いました。僕は最近、人工知能にすごく興味があるんですけど、人工知能がどのように学習していくのかというテーマについて、赤ちゃんを見ていると考察が深まります。知性の本質や、倫理観はどこから生まれるのかということを、娘に教わってるんです。


羽生 お世話が大変な新生児ですのに、そんなに冷静に子育てができている?


川上氏 もちろんそんなことはなくて、理由なく泣かれると、やっぱりつらいです。何をしても泣き止まないですから。そこでイラッとしてしまい、自分の器の限界を思い知ります。


■自然に「子どもと一緒にどこに行こう」と考えるようになった


羽生 自分が親になったなあ、と実感することはありますか?


川上氏 妻が妊娠しているときに、「2人で旅行するのは、しばらくおあずけだろうね」なんて残念がっていたんです。でも子どもが生まれたら意識が変わって、夫婦だけで旅行に行きたいなんて思わなくなりました。小さい子どもがいるとレストランとか、行けない店も増えますよね。それも、全然残念じゃありません。その代わり、自然に「子どもを連れてどこに行こうかな」と考えてるんです。


羽生 川上さんは、子どもとネットの関係についてどのような方針で育てられますか?


川上氏 スマホやタブレットなどには触わらせたくないです。ゲーム機も与えたくない。そしてコミュ障[注]に育ってほしいと思っています。


[注]ネットスラングで「コミュニケーション障害」の略。人とまともに話すことができない、極度の人見知り、などの状態を指す。


羽生 コミュ障に…。コミュニケーション能力が高い子ではなく?


川上氏 はい。僕自身は、コミュニケーションが下手な人生を送ってきました。でも、最終的にはそれで得をしたなって思ってるんです。いまの時代、コミュニケーション能力は大事だと言われてるから、それを高めようとがんばっている人はたくさんいますよね。だからこそ、わざわざ自分の子はそこで戦わなくてもいいんじゃないかと。何でもそうですが、苦手なところはバッサリ捨てた方がいいと思いますよ。


羽生 あえて逆で勝負する、と。でも、インターネットに触れるとコミュニケーション能力が上がるんですか?


川上氏 確実に上がると思いますね。スタジオジブリの鈴木敏夫さんから聞いたんですが、インターネットがなかった戦後すぐの時代のコミュ障って、本当に人としゃべれなかったらしいんですよ。家を出なかったし、人と目を合わすことも怖がってできなかった。そういう人達でも、いまはネットに書き込むことはできる。そういうリアルの代替となるコミュニケーションを通じて、人ともちょっとくらいはしゃべれるようになってるんだと思います。


羽生 だからこそ、自分の子にはインターネットに触れさせないで、“真のコミュ障”に育てたいと。


川上氏 できれば無人島とかで育てて、オリジナル路線を進んでもらいたいですね。こんな教育方針についての僕の意見は、妻にぜんぜん相手にもされていませんが。


羽生 ユニークでオンリー1の子育て、期待しています。


(ライター 崎谷実穂)


[日経DUAL2014年12月1日付の掲載記事を基に再構成]

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日経DUAL

 女性の雇用拡大が国家プロジェクトになっている今、保育園の待機児童問題解消が急ピッチで進められています。しかし、施設整備の遅れや職場の理解不足などで復帰を妨げられ、キャリアの断念を余儀なくされるワーキングマザー(ワーママ)がまだ多いのも事実。「待機児童」の背景には、当然ながら働きたくとも働けない「待機ママ」の存在があります。そんなワーママたちが仕事と子育ての両立に悩む中、人生の岐路で何を思ったのでしょうか。<文中は全て仮名>


 大手教育サービスに勤める早川玲子さん。32歳になり「もう少しで部長昇進」というタイミングで妊娠が分かった。産後1年で復帰を試みるも、保育園入園の倍率が非常に高い地域だったことがネックになり、やむなく保育園入園を断念。その結果、3年間もの育休取得を余儀なくされた…。



■女性活用チームを任され、育休期間を3年に延長



 私が教育サービスの会社に正社員として入社したのは1999年のことです。非正規の社員まで合わせると1万人を超える、大きな会社です。正社員で入社すると、まず塾の運営を任されます。私も集客、運営、講師の育成を含めて全て経験しました。講師として教室で子どもたちに勉強を教えていたこともあります。


 当時の肩書は教務主任。飲食業界でも正社員入社の人はいきなり店舗チーフを任されることがありますが、あれに似ています。生徒や保護者の方たちを相手に必死にコミュニケーションするという生活が3年続きました。


 3年目に入り、社内で研修課を立ち上げることになったという情報を耳にし、人材育成に興味を持っていた私は「ぜひやらせてほしい」と手を挙げました。それまで会社には研修システムがなかったのです。何かをゼロから立ち上げるという企画に参加できることにも魅力を感じていて、うれしいことにめでたく希望通りに異動させていただきました。そして、産休を取得するまでの丸7年、人事畑を歩むことになります。


 2008年に結婚し、翌年の3月に息子が生まれました。


 会社には丸3年の産休・育休を取得できる仕組みがありました。実は、この仕組みを整えたのは私でした。女性の働きやすさを考える社内チームのリーダーに就任していたこともあって、もともとあった育児休業の期間を3年に延長させたのです。


 教育業界は「子育てと両立しやすそう」と思われているかもしれませんが、教育サービスは学校の放課後時間を活用したビジネスですから、どうしても仕事は夜型になってしまいます。女性が長く働き続けることができる企業になるためには、早急にワークライフバランス面を充実させなければならないという課題があったのです。


 当初は、育児休業を1年間だけ取得して、早々に職場復帰する予定でした。それほど仕事にやりがいを感じていました。



■「保活は妊娠中から必要」と知り、がくぜん…





 雲行きが怪しくなり始めたのは、息子が誕生した2009年の夏くらいから。いわゆる保活(保育園探しの活動)を始めた後のことです。住まいは港区なので、最初は区内の認証保育園を5園回りました。そして突きつけられたのが、平均150~200人待ちという厳しい現実でした。「順番が回ってきたら連絡しますが、いつになるかは分かりません」と言われ、認証保育園は全く当てにできないことが判明しました。年明け1月には、認可保育園の申込用紙に第5希望まで記入して提出。しかし、「ご希望にかないませんでした」といった趣旨の書面が1枚届いただけでした。


 夫婦ともにフルタイム勤務だったので、保育の基準指数は高いのです。区役所の窓口に行き、「なぜ保育園に入れないのか」と聞いたところ、夫が自営業であること、世帯所得が相対的に高いために順位が下がってしまうのではないかと言われました。


 3月の二次募集の結果もダメでした。2009年当時は待機児童が大きな問題として注目される前だったということもあり、民間の施設もそれほど無かったのです。もっと熱心に情報を集めればよかったのでしょうが、ツイッターやフェイスブックなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)によるコミュニケーションもまだ今ほど盛んではなく、「みんな、どうやって情報を集めているのだろう…」と常に思っていました。


 児童館などで、ほかのママたちに話を聞くうちに分かってきたのは、みんな、妊娠中に保活していた、ということでした。みんなが妊娠中から登録するから、夏の時点で150人待ちにもなるのです。私の保活は、そもそも大きく出遅れていたのです。



■2年目こそ成功するはずの保活だったが…



 自営とはいえ中小企業の経営者である夫は、働き方がとてもハードなため育児の戦力として期待できません。夫婦ともに実家も遠方です。どちらかの親を呼び寄せて、という選択も難しかった。生まれたときから郷里を離れたこともない両親をいきなり都心に呼び寄せるのは無理な話です。苦渋の選択ではありましたが、会社には「保育園に預けられなかったので、育休を1年延長する」と申し出ました。


 1年前と同じ手順で、2度目の保活を開始しました。さすがに2年目。2歳児なのですぐに入園できると思いきや、状況はますますひどくなっていました。




 後で聞いた話ですが、2010年は港区の保育人数が膨れあがった年だったそうです。芝浦に大規模マンションがどんどん建ち、その建築ペースに自治体の保育施設の定員確保が全く追いついていなかったことが原因だとか。物理的に箱が足りないので、どんなに動いても仕方のない状態だったのです。さらに待機児童の数は少ないにしても、待機児童率では、東京23区でワースト1のエリアだったとのことです。


 そんな状態で、自分のキャリアを全く主体的に考えられない事態に陥りました。今なら行政に訴えるという手段も思いついたかもしれませんが、当時は途方に暮れるだけでした。


 ただ、港区の待機児童問題に注目し、2010年に区議会議員に当選した女性議員がいました。その方とはツイッターを通してやりとりするようになり、選挙中に実際に会って、現状を訴えることはできました。そうした政治活動の甲斐もあってか、現在の港区の保育園の充実は素晴らしいです。私のときは間に合いませんでしたが、状況が変わったことは良かったと思っています。



■女性部長昇格を目前にして産休突入、保活でつまずき復帰できず



 産休・育休に入る直前の私の肩書は、部長代理。12~13人のチームをまとめていました。半年後には部長に昇進できるのではないか、というタイミングで妊娠。もし何もなければ32歳で社内初の女性部長になっていたはずでした。


 自分で色々な部署を立ち上げてきた経験を踏まえ、周りからも「まあ彼女は出産後も動けるんじゃない?」といった評価はいただいていたと思います。部長になれば部署を任せてもらえる、より多くのメンバーを抱えられるということで、自分でも目の前に開けていくキャリアを想像してワクワクしていました。社内で担っていた女性活用というミッションも、出産や子育てを経験したことで、後輩の女性たちのために制度をさらに構築できるだろうとやりがいを感じていました。


 …ところが、2年待っても保育園に入れない。


 数が圧倒的に足りないという現実を目の当たりにしても、いったい誰にどう改善を訴えていいのかが分からない。仮に区役所に押しかけたとしても、すぐに問題を解決することは難しそうでした。保活中、誰にぶつけていいのか分からない、漠然とした怒りや将来に対する不安が常に渦巻いていました。


(ライター 阿部祐子)



[日経DUAL 2014年12月2日付の記事を基に再構成