介護報酬6%下げ、高齢者施設が消える 緊急企画第2弾「現場発!」アベノ残酷物語

2014.11.17

介護報酬6%下げ、高齢者施設が消える 緊急企画第2弾「現場発!」アベノ残酷物語
2014.11.21 週刊朝日



 世界のトップを走る高齢大国・日本で、認知症の親を抱える子どもや介護現場を担う職員らが“悲鳴”を上げ始めている。
安倍政権は介護の軸足を「施設」から「在宅」に移し、膨らみ続ける財政支出を抑え込もうと必死だ。しかし社会福祉がやせ細れば、国民生活は脅かされる。


 玄関を開けた途端にすえたカビのにおいが漂う、都内の築40年の木造一戸建て。北関東に住む主婦Aさん(53)は、ここで暮らす両親の様子を見に、月に2、3回は訪れる。

 居間に入ると、アンモニア臭が鼻を突く。においのもとは母(79)の下半身を覆うパンツ型紙おむつだ。多量の尿でパンパンに膨らみ、尿は腰かけた椅子の上に染み出している
。6年前にアルツハイマー型認知症と診断され、要介護2。週4回通うデイサービスから戻ったのが前日夕方だから、十数時間以上はき替えていない。

 そんな母を支える父(85)も今年7月、同じく認知症が発覚した。
もはや妻のシモの世話は無理なのか。それでも簡単な調理や洗濯は何とかこなせる。ただAさんの一番の心配は、父がいまだマイカーを運転していること。
事故を起こす前に、一刻も早く免許を取り上げねば--。

 暗い気持ちでAさんが母を着替えさせていると、父の携帯が鳴った。

 「ああ、○○電器さん? え、5万円?」

 父の受け答えに慌てて携帯を代わると、相手は近くの電器店の主。玄関照明の修理を頼んだ父に見積もりを伝えたとのことだが、Aさんは「高額すぎる」と思った。この店で父は10月にも25万円の浄水器を購入したが使った気配はない。
さらに10万円の換気扇もすすめられていた。

 「これからは必ず娘の私へ先に連絡してください!」

 Aさんは釘を刺し、電話を切った。この夏、両親がそろって入れる特別養護老人ホーム(特養)を都内で探したが、どこも入所待ちだった。
政府が来年度から特養の入所条件を「要介護3以上」に見直すことが報道されて以降、Aさんは不安で眠れない日々が続く。

 「最近、ケアマネジャーさんに言われたんです。『今後、特養に入れるのは、持ち家がないといった緊急性が高い人が優先される。
お宅の場合、お母さんがたとえ要介護3になっても厳しいでしょう』って……」

 介護保険制度施行から15年目を迎えた今年6月、医療・介護制度を一体で改革する「地域医療・介護推進法」が成立した。

これまでのサービスや負担が大きく見直され、

(1)介護保険の自己負担を一定所得以上の人は2割に増やす
(2)低所得者の一部でも施設の食費・部屋代補助をなくす
(3)特養への新規入所条件を原則「要介護3以上」にするなど、“負担増・給付縮小”とも言える厳しい内容が目を引く。制度開始以来の大改正だ。

 国が介護の基本方針を「施設」から「在宅」へと方向転換した背景には、団塊世代が75歳以上となる2025年を見据え、介護需要急増による制度破たんを防ぐ意図がある。

 そんななか、財務相の諮問機関である「財政制度等審議会」は10月、来年度に改定する介護報酬の「現行からの6%程度引き下げ」を厚生労働省に提案した。

 これが特養などを運営する「社会福祉法人(社福)」の猛反発を招いているのだ。

 介護報酬は国が一律に決める公定価格で、介護サービスを提供する施設や事業者に支払うもの。3年ごとに改定されるが、09年度以降、「慢性的な人員不足に悩む介護士の待遇改善」を目的に、引き上げられてきた。今回の財務省の要求が通れば、6年ぶりのマイナス改定となる。

 財務省の狙いは、社福が抱え込んでいる預貯金などの「内部留保」を吐き出させることだ。

 厚労省の実態調査によると、特養の収支差率(収入と支出の差額が収入に占める割合)は「8・7%程度」(14年度調査)で、中小企業の利益率2・2%(13年度調査)を大きく上回る。

このため財務省は「特養1施設あたりの内部留保は3億円超、全国で2兆円規模」と試算し、特養の“儲け”を中小企業並みに抑えても、つまり介護報酬を6%削ったとしても、「運営に必要な資金は確保できる」と主張している。

 それに黙っていないのは、全国の特養が加盟する「全国老人福祉施設協議会(全国老施協)」だ。独自の調査で特養の収支差率を「4%程度」と割り出し、「収支差率の低い事業所ほど運営が立ちゆかなくなる。介護崩壊の危機だ」と訴える。

 天野尊明事務局長が言う。

 「収支差率は、効率的なチームケアの確立やコストダウンといった経営努力に加え、

 利用者の重度化や人材不足など、さまざまな要素が影響しており、一概に経営状況を示すものではない」

 さらに、こう続ける。

 「赤字の事業所は現時点で3割。その実態を無視して一律6%削減すれば、5割以上が赤字経営に陥る。サービスは低下し、利用者の難民化や処遇改善の停滞による“負のスパイラル”がやってくる。
処遇改善に向けた努力がようやく安定してきたタイミングで、とうてい承服できない」

 しかし、なぜ収支差率の数値が財務省と社福側でズレたままで議論がなされているのか。

 「『内部留保=黒字』と単純に考えることはできない。
額は施設によってばらつきが大きく、例えば建設や改築の際の借り入れの有無、どの自治体に建てているか、建設時期の補助金交付額などで相当の差が出る。収支差率のパーセンテージが高いからといって余裕があるわけではない」


 ●内部留保の解釈、国と社福でズレ

 そう語るのは千葉県松戸市で定員70人の特養「秋桜」を運営する社福の理事の吉岡俊一さん(44)だ。ところで秋桜に内部留保はあるのか。

 吉岡さんによると、まず運転資金として「定員数×50万~80万円」は確保している。
これは「単月で資金ショートの恐れがあるために必要な額」という。利用者が負担する「居住費」に含まれる修繕費や、採用を予定したのに集まらなかった介護職員に支払うはずだった人件費なども含まれる。

 これらは内部留保といえるのか。

 「現金預金口座の残高は約7千万円で、これは流動資産。
うちは借入金が多く、年間利益の半分以上を返済に回しています。内部留保を『金融資産から金融負債を引いたもの』とすれば、秋桜はマイナスになる」

 とはいえ巷では、一部の社福が理事長職を売買している実態のほか、私物化や乱脈経営が指摘されている。

ある厚労省幹部も「補助金や税の優遇を利用して、不正にため込む社福が存在しているのも事実」と明かす。

 社会福祉法は、社福の不正に対して、都道府県などが改善を命じる行政処分を出し、従わなければ業務停止や理事長らの交代を勧告できる、としている。

改善されなければ解散もさせられる。だが実際には、入所者が路頭に迷ってしまうなど影響は大きく、軽々に行政処分を出せないともいわれる。

 前出の吉岡さんは「悪徳な社福はほんの一握りに過ぎないのではないか」と言う。

社福の歴史は戦後の混乱期に遡る。大陸からの引き揚げ者や戦災孤児、高齢者らを助けるといった社会福祉を充実させる目的で、資産家が私財を投じて設立した。吉岡さんの社福も、祖父が私有地と運転資金を寄付したのが出発点になっている。

 「役員は高給を得ているという誤解や、『非営利法人のくせに高級腕時計をしている』といった揶揄もありますが、多くの役員は無給で働いている。
そもそも社福は数億円規模の資産を持っているか、同じほどの額を寄付してくれる篤志家がいなければ設立できないんです」(吉岡さん)

 介護保険制度に詳しい淑徳大学総合福祉学部の結城康博教授は、「特養やグループホームには、経営が安定したところと厳しいところがある。それらを一括りにして介護報酬を下げるのは乱暴だ」と語る。

 「地方と都市部を分けたり法人の分野別にしたりするなど細分化して考えるべきだ。まずは統一した財務諸表を出させることが基本でしょう」

 ところで安倍政権は日本の社会福祉をどのようにとらえているのか。

 「介護報酬の増減は社会福祉に対する政府の意思の象徴。それを切り捨てて、公共事業を増やし、法人税を下げようとしているのは明確です」

 そう断言するのは民主党の山井和則衆院議員だ。鳩山・菅内閣で厚生労働大臣政務官を務めた。今回、財務省が内部留保を持ち出してきたのは政府の“苦肉の策”だという。

 「介護職の処遇改善などの社会福祉を充実させるために消費税を8%に増やしたはず。
なのに介護報酬を下げると言いだしたのは、法人税減税の原資と公共事業費を増やしたいから。社福が狙い撃ちされていると思わざるを得ません」

 6月に「介護・障害福祉従事者の人材確保のための介護・障害福祉従事者の処遇改善に関する法律」が全会一致で成立した。
つまり介護職の賃上げは、いわば“既定路線”になっている。にもかかわらず6~7割を人件費にあてる介護報酬を引き下げようとしている。それによって多くの介護関係者は、賃下げは免れないと見る。

 「だから財務省は『たとえ介護報酬が下がっても、内部留保を使えば賃上げできる』という理屈を考えたわけですよ」(山井さん)

 財務省が各省に予算削減を求めるなどして“蛇口”を閉め、その後に双方が綱引きし合うのが、通常の予算編成のプロセスだ。

 「でも財務省の要求に対して塩崎恭久厚労相は言われるがままで、まったく反対しない。本来なら大臣は盾になるべき存在。それが今回の問題でいちばん根が深いこと。厚労省の役人たちは本当に脱力している」

 今、多くの介護関係者は「一部の社福の内部留保を吐き出させることと、介護職の処遇改善は本来別の問題」と異口同音に言う。前出の社福理事の吉岡さんも、

 「人材確保が難しい地域では、人手不足で予定したサービスが提供できない施設が多い。
なのに『内部留保があるから経営が好調』と判断されて報酬が引き下げられれば、ますます人件費を抑えざるを得なくなり、さらに人が集まらない“悪循環”に陥っていく」


 ●担い手不足の拍車を懸念する

 介護の担い手不足は深刻だ。
団塊世代が75歳以上になる25年には、介護職は新たに100万人の増員が必要とされるが、介護分野の昨年の有効求人倍率は2倍近く。
業界内での転職が多いとはいえ、男性の平均勤続年数は5・3年と全産業平均の半分にも満たない。

 介護福祉士養成校の入学者も減っている。
1990年開校のある福祉専門学校は入学者数が年々減り続け、今年は定員80人に対し、わずか20人。うち9人が留学生だ。校長は肩を落とす。

 「介護職がやりがいのある仕事だという認識が、置き去りにされている。少し回復の兆しがあるのに、処遇改善に水を差されたら、また人が集まらなくなるのではないか」

 人材確保が厳しくなると不安を募らせるのは、収支差率11・2%と試算されたグループホームも一緒だ。

 小規模多機能型居宅介護との複合施設「えいむの杜」(静岡市)を経営する橋本直美さん(50)は「まず人件費を削らざるを得なくなる」とため息をつく。

 国が定めた職員配置の基準は3対1だが、ここでは重度者がいる場合はプラスしている。
グループホームと小規模多機能型居宅介護を同じフロアにして行き来できるようにし、スタッフ18人が4交代制のシフトを組むなど工夫してきた。その努力が利用者に“還元”されているとの自負がある。

 例えば5年前に要介護2で入所した80歳代の認知症の女性は昨年、寝たきりになって要介護5になり、食事ができなくなった。それでも医師が往診し、看護師は2日に1回の点滴を続け、スタッフは皆で話しかけた。すると女性がある日、スタッフが口に含ませた水を自力で飲み込んだ。その後みるみる回復し、今では自分で箸を持って食事をとれている。

 「紛れもなくスタッフの『人力』の賜物です」(橋本さん)

 介護には知識や技術も不可欠だ。えいむの杜は働きながら介護福祉士やケアマネなどの資格が取れるよう研修を受けさせ、その費用を負担してきた。
受講者が休みやすいよう、人員も多めに雇用してきた。

 「でも介護報酬が引き下げられたら、人件費が出せず研修に行かせられなくなる。施設全体のサービスの質が低下し、入所者に影響します」(橋本さん)

 3年前から働くスタッフの岡井明子さん(46)は来年1月の介護福祉士試験の受験を控えている。

 「資格があれば自信になるし、手当もつくと頑張ってきました。研修に行けなくなれば働く意欲も下がってしまうかもしれない」

 10月15日の社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の介護給付費分科会で強調されたのは、在宅に軸足を置いた介護を目指す「地域包括ケアシステム」構築のさらなる強化だった。
しかし、それ以前の問題として、介護の現場を担う人々から、従来よりもっと悲痛な“叫び”が上がり始めている。高齢社会を生きる国民の命綱が断ち切られつつあるのか。


 ■民間で悪徳な「デイサービス」こそ介護報酬改定の大鉈ふるうべき

 今回の介護報酬の引き下げについて、前出の淑徳大学の結城康博教授には改定で大鉈をふるったほうがいいと考える分野がある。
デイサービスだ。

 「株式会社が運営するものが増え、利益を追求している。そこに規制をかけなかったのが政策の大失敗。介護給付費が無駄に出ていっています」

 デイサービスは、訪問介護やショートステイと並び、在宅介護の三本柱の一つ。
だが規制緩和により民間企業の相次ぐ参入で競争が激化する一方で、サービスの質は玉石混交。昨今、問題視されている。

 「もう、いい加減なのは全部潰して、いったん“焼け野原”にしたらいいんですよ」

 そう憤るのは7年前、ある企業とフランチャイズ(FC)契約を結んでデイサービス事業に従事してきた男性(42)だ。
企業は空き家に出店する方式で急拡大し、現在、全国800カ所以上でFC展開している。

 男性は「介護で社会貢献を」「月に100万円の収入は確実」との宣伝文句に夢を抱いて飛び込んだが「実際は悪夢だった」。

 FC加盟料300万円を払い、事業スタートから2~3年は順調だった。
しかし次第に周りに競合する事業者が増えて経営はひっ迫。本社に相談しても「思いが足りない」と、らちが明かなかった。

 本社へは毎月、ロイヤルティーなどの名目で20万円を納めねばならない。
仕方なく人件費を抑えるとスタッフが集まらない。やっと採用しても疲弊してすぐに辞めていく。過酷な労働環境にスタッフ同士はいがみ合い、いじめが横行、入所者への暴行も頻繁に見受けられたという。

 男性は心身ともに疲れ果てて、事業を清算中。本社を相手に裁判を起こすことも検討しているという。

 「介護報酬が引き下げられれば、こうしたチェーン店は、ほとんどつぶれるんじゃないですか? でも、そのほうがまだマシ。
現場は素人ばかりの“掃きだめ”のようになっている」

 デイサービス事業者のずさんな運営実態が明るみに出るなか、厚労省も対応に乗り出した。来年度から人員体制や介護内容などを都道府県に届け出るよう義務付け、サービスの質を維持するためのガイドラインも策定した。

 「そのせいで、真面目にやってきた私たちも厳しくなってきてしまった」

 3年前から神奈川県でデイサービスの所長を務める女性(34)は嘆く。定員10人の小規模事業所を契約社員やパート、ドライバーなど約10人で、文字どおりギリギリで回している。

だが来年度からは体操や手先を動かすレクリエーションなどの機能訓練指導員として、看護師などの有資格者を配置しなければならない。

 「人件費が月額30万円ほど増える。今は週6日間オープンしていますが、スタッフと『私たちは休まずに利用者を増やすしかないかな』と話しています」

 さらに介護報酬が引き下げられたら--。

 「どうしていいかわからない。国は小規模事業所を潰したいんじゃないか」

 結城教授が訴える。

 「介護報酬の引き下げはすべての施設で一律にするのではなく、増やすべきところを増やし、確実にもうけていたりいい加減だったりする事業者は10%ぐらい下げるなど、メリハリを持たせるべきでしょう」

 介護報酬引き下げによる労働環境の悪化で人材が集まらなくなり、介護保険制度自体が立ち行かなくなれば、“介護難民”が増える事態を招きかねない。

 結城教授が言う。

 「結局は私たち国民が損害を被ることになる」

 (本誌・藤村かおり、山内リカ、渡部薫)