〔学者に聞け!視点争点〕経済・財政のための医療「再興」に反論

2014.11.11

〔学者に聞け!視点争点〕経済・財政のための医療「再興」に反論=水上啓吾
2014.11.18 エコノミスト 

 ◇国民皆保険の理念からは遠い

 国民皆保険制度が導入されてから半世紀以上がたった今、日本の医療体制は転機を迎えている。
この間、地方自治体は、国民健康保険の保険者であると同時に、自治体病院の経営主体として位置付けられてきた。皆保険制度と医療提供体制の両面において要の役割を果たしてきたのである。

 ◇崩れつつある皆保険

 日本の公的医療保険は、保険料に加えて、国税、地方税ともに多額の租税を財源としており、このことが皆保険制度の維持を可能にしている。
他方で、医療費の増大が国や地方自治体の財政赤字の要因になりうるともいえる。
 
そうはいっても、保険料収入を増やすことも難しい状況にある。
特に、現在は国民健康保険の保険料収入を増大させることは非常に困難である。

そもそも皆保険制度発足当時の国民健康保険は、自営業者や農業従事者など現役世代を中心とした被保険者によって構成されていた。

しかし、現在では退職者や非正規労働者が中心となっており、被保険者の負担能力は低下している。
保険料を引き上げれば未納者の増加につながる可能性があり、国民健康保険制度を切り崩しかねない。
 
こうした状況を改善すべく、現在の市町村の国民健康保険事業は都道府県単位での広域化が検討されている。

だが、財源の乏しい国民健康保険において、広域化だけで問題が解決する可能性は低い。
現状では収入面での改善については策に乏しいといえる。そのため、保険者である市町村は支出面である医療費の抑制を志向する傾向にある。
 

ところが、医療費の抑制は、間接的に地域の医療体制を弱体化させることになる。

医療費抑制のために診療報酬が引き下げられると、各医療機関の収入低下につながる。
競争が激しくなり、医療機関の淘汰(とうた)が進むことになる。
当然ながら、自治体病院も例外ではない。
自治体病院は独立採算を前提としているため、一般会計からの繰り入れは原則として認められない。
 
留意すべきは、自治体病院の経営改善が必要になった際に、減量的経営が行われやすいことである。

病院経営に行き詰まった地方自治体が病院の人件費を削減する結果、医師不足に陥るとともに医業収入が減少し、更なる経営悪化に見舞われるという悪循環も生じている。
 
然ながら住民に与える影響も大きい。統廃合が行われ、地域医療機関の要として機能してきた自治体病院が移動すれば、当該地域の住民にとって医療機関へのアクセスは悪くなる。
医療を必要としつつも、交通弱者である高齢者にとっては、経済的な負担のみならず心身における負担が増加することになるのである。
 以上のような皆保険制度や地域医療の危機に対して、政府の方針は有効な手段となりうるのだろうか。直近の政策方針や制度変更について考察を進めてみよう。

 ◇日本の医療費水準は優良

 今年6月、政府は「日本再興戦略」を改訂し、その中で
(1)健康・予防の重視、

(2)医療・介護を一体的に提供する非営利ホールディングカンパニー型法人制度の導入、

(3)保険外併用療養費制度の拡大を打ち出した。
 

(1)や(2)は、医療費を抑制するとともに財政負担を軽減することが狙いである。

健康増進を目指す点、維持可能な体系を志向している点については、前述した医療体制の問題を部分的に克服する可能性がある。
 
ただし、その弊害もあろう。非営利ホールディングカンパニー型法人制度により、より巨大な法人が誕生しうるようになる。

非営利とはいえども、採算の取れない診療分野や地域から当該法人が撤退する可能性は否定できない。

きな法人ともなれば、その判断は地域に対して甚大な影響を与えうる。
自治体病院ほどには住民が関与する経路が確立されていないことについても、地域医療の担い手としては懸念が残る。
 

他方、自治体病院のあり方についても、国は見直しを進めている。

今年から部分的に施行される「地域医療・介護総合確保推進法」のもと、都道府県単位での地域医療体制の合理化を図っているのである。しかも、その準備においては十分な時間をかけられるわけではない。
 

というのも、国の「地域医療再生臨時特例交付金」を活用するには、今年度中に事業に着手しなければならないためである。

この交付金は医療計画策定時に生じた状況変化に対応することを目的としたものである。

各都道府県が交付金を活用するために、早急な対応が求められている。
しかし、医療体制の合理化を図る際には慎重でなければならない。
一度撤退してしまった医療を再び地域に呼び戻すには長い年月を要する。
本来であれば長期的な地域戦略と整合的な中長期の医療需要を考慮した熟議が必要であろう。

実際、この過程で自治体病院の統廃合が進みつつある。特に人口減少地域においては、自治体病院の統廃合は忌避できない道となっている。
 
こうした問題が生じる背景には、医療費の抑制と皆保険制度の見直しを通じた財政再建がある。

これらは、少子高齢化という人口動態においては不可欠なものとして論じられている。
だが、これまでの日本のように皆保険制度を維持することは、必ずしも医療費の水準を引き上げるとはいえない。
 総医療費の対GDP比率について国際比較をすれば、民間の医療保険を中心としている米国は、突出して総医療費の水準が高い(図)。

反対に日本は、医療費の水準は決して高いわけではない。他国に比べて高齢化が進んでいることを考慮すれば、皆保険制度を維持してきた日本が優良事例ということになる。
 今後、保険外併用療養費制度の拡大を図っていくことによって、医療費の増大や医療格差の拡大が生じる可能性についても考慮すべきだろう。