特集:地域医療を考える 変わる精神科医療 地域生活への復帰支援

2014.09.22

特集:地域医療を考える 変わる精神科医療 地域生活への復帰支援
2014.09.19 毎日新聞



 ◇チーム医療で早期退院目指す

 精神障害に対する医療が大きく変わってきている。精神科医療機関に「一度入ったら出られない」と言われていたが、入院患者はできるだけ早く、地域で生活していけるように支援していく医療になってきた。

医師、看護師だけでなく精神保健福祉士など多職種によるチーム医療によって3カ月以内に7割の新規入院患者が退院できるようにしている「海辺の杜ホスピタル」(高知市長浜、清水博院長)の取り組みを紹介する。

 病棟1階にある窓から海が見えるサロン。

長期に入院しているユーザー(同病院では患者のことをユーザーと呼んでいる)十数人が環状に並べられた椅子に座っている。

女性医師が司会進行を行い、ユーザーが次々と手をあげてグループホームや地域での生活の体験を話す。

清水院長がユーザーの発言に対して短いコメントをすることもある。

 月に1回、開かれている退院支援プログラムのひとつ「てくとこフォーラム」だ。長期に入院しているユーザーが退院できるように、退院したユーザーが体験を話す。

 「退院を目指すユーザーにとって、退院後の生活は非常に不安なのです。医師や看護師から『大丈夫だから』と言われても安心できません。

同じユーザーの体験談を聞くことによって“私にもできる”という自信のようなものができて、一歩が踏み出せるのです」と、清水院長はフォーラムを開催する意義について語る。

 アルコール依存症者や薬物依存症者が集まって、自らの治療経験や失敗談を語り合い、お互いに支援し合いながら依存症からの回復を目指す自助組織の断酒会やダルクのような機能を持っている。

実際にフォーラムを始めてから長期入院ユーザーが退院するケースもみられる。

 また、長期入院ユーザーが地域で生活する前段階として病室ではなく一般の住居のような場所として、8年前に病院敷地内にグループホーム「宙(そら)いろ」を開所した。食事などは提供されるが、生活の全般はユーザーの自主性にまかせるようにしている。病院の敷地内にあり、医療関係者が身近にいることなどからユーザーもある程度の安心感が生まれ、一般社会での生活の不安が徐々になくなり、本当の退院へとつながることが期待されている。

 同病院が積極的に入院ユーザーの退院をバックアップするのは病院の創立70周年の1999年に「ノーマライゼーションを実現します」を理念として掲げ、診療活動を行っているからだ。

ノーマライゼーションは障害のある人も一般の人と分け隔てなく社会生活ができることが本来の望ましい社会であるという考え方である。

 この理念を実現するために、精神科デイケア、精神障害者生活訓練施設や地域生活支援センター、グループホームの開設など退院ユーザーをハード、ソフト両面で社会的に支援する仕組みの充実も図ってきた。

 また、国が2004年に精神保健医療福祉の改革ビジョンとして「入院医療中心から地域生活中心へ」を打ち出し、今年4月から精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部が「精神障害者の地域社会への移行を促進するため」に改正されたことも退院支援に力点を置く背景にある。

 全国的に見ても精神障害者は大幅に増加しているのに、入院患者数は若干減少傾向にあり、在院日数は急激に減少し続けている。

厚生労働省の調査によると、患者数は02年に約258万人だったのが、05年には300万人を超え、11年には320万人を突破している。

一方で入院患者は02年に約33万人だったのが11年には3万人ほど減っている程度。

劇的に変化したのは患者の平均在院日数だ。1990年代初頭には500日近かったが、03(平成15)年に1年を切り、11(平成23)年には298日までに減少した=グラフ参照。

 清水院長は「入院してきたユーザーさんを3カ月以内に退院できるまでに治療するのが第一目標です」と、診療のポイントを次のように解説する。

精神障害を治すのではなく、問題行動を起こさないようにしていく。

問題行動がなくなれば、地域で生活できるようになる。すなわち、根治療法ではなく対症療法が基本だという。そのために重要なことはユーザーを1人の目ではなく多くの目で見ることだ。

 「これまでの精神科医療だけでなく医療全般にパターナリズムといわれる『私の言うことを聞いておけ』『先生にお任せします』という医者と患者さんの関係性がありました。

かなりこのような関係性は減少してきましたが、まだ、根強く残っています。
これではユーザーの本当の姿を見ることはできません。特に精神障害者は多様な症状を現します。
医師に対する時と看護師に対する時にユーザーの態度がかなり違うことがあります。ユーザーを多角的に診るためにもチーム医療が不可欠なのです」(清水院長)

 


◇多職種のスタッフが連携

 同病院ではユーザーが入院してくると、1週間以内に多職種によるチームカンファレンスが開かれる。

主治医、看護師を始め、精神障害の専門知識を持った精神保健福祉士、臨床心理士、作業療法士、薬剤師、管理栄養士が情報を共有する。

 緊急入院のユーザーでなければ、通院記録がある。10年前から電子カルテが導入されており、処方されている薬、病歴、家族構成、成育歴やどのような症状があるかなど、ユーザー情報はカンファレンスが始まる前から共有できている。

主治医が入院の経過を報告するとともに、各専門職の目で課題を指摘していく。

 主治医が処方している薬に関して、副作用の状態を見ながら薬剤師が助言することもある。

また、ユーザーや家族に対して詳しく薬の説明を行い、薬に対する不安をなくしてもらうようにしている。

管理栄養士は看護師からの情報をもとに食が進まないユーザーには食べやすい工夫をし、糖尿病などの合併症のあるユーザーには退院後の食事のアドバイスを行う。作業療法士は入院中にユーザーの残っている機能が衰えないような精神科リハビリを提供している。

 「急性期のユーザーは赤ちゃんを育てるのと同じで、多くの手で支えられながら入院生活を送るのです。

これまでの精神科医療のようにユーザーに対して威圧的な態度で接するのではなく、和やかな雰囲気の中で気持ちよく療養してもらうことも早期の退院につながるのではないでしょうか。

また、入院した時点から退院のことを見据えています」と、清水院長は精神保健福祉士の役割の大切さを指摘する。

 チームカンファレンスとは別に家族との合同面接を必要に応じて、必要なメンバーを集めて実施する。精神保健福祉士はユーザーが住んでいる地域の情報を集め、退院した時に利用できる看護や介護を始めとするさまざまな社会的なサービスの情報を家族に提供するとともに、利用の仕方などをアドバイスする。

また、作業療法士とともに家庭を訪問し、ユーザーが退院した時に生活しやすいようにどのようにリフォームするか、どのような補助が行政などから受けられるか助言している。

 「精神保健福祉士は地域にどのような支援施設や支援団体があるかを常に把握しておく必要があります。

また、目まぐるしく変わる行政の医療、介護の支援制度を知っておくことも重要です。地域社会と制度にアンテナを張り巡らせておくことも大切です」(清水院長)

 このようなチーム医療が功を奏して、同病院では新規ユーザーの3カ月以内の退院が7割になっている。

そして、残りの3割が課題だとしている。しかし、長期の入院ユーザーに対してもチーム医療が役立っている。

 ある保護室にいるユーザーについて、イライラして暴れる時には便秘であることに看護師が気付いた。退院できるまでには問題行動を抑えることはできないかもしれないが、「便秘を解消すれば保護室から出られるようになるのではないか」と管理栄養士と相談し、水分を多く取ってもらったり、消化のいい食事にしたり、主治医や薬剤師が便秘になりにくい薬を考えたりしている。

 清水院長は「私は“平らなチーム医療”と呼んでいるのですが、病院内で職域を越えて、ユーザーの治療に関してなんでも相談できる関係がこれからの精神科医療には必要です。

そうすることで、早期にユーザーが退院できるようになるのではないでしょうか」と、精神科医療におけるチーム医療に期待を寄せている。