(政々流転)横倉義武・日医会長 日医改革、背水のメスさばき

2014.08.07

(政々流転)横倉義武・日医会長 日医改革、背水のメスさばき
2014.08.06 朝日新聞



 ◇横倉義武・日医会長(69歳) 「利益団体」脱却へ正念場


 「カネと票」の力で政権与党に圧力をかけ、政策に影響を与える。
会員数16万6千人、年間予算173億円の日本医師会(日医)は業界団体の代表格だ。
会長に再選された横倉義武(69)は、所信表明で30回以上「国民」と繰り返し、「国民の健康を守る専門家集団」を目指す。「医師の利益団体」から脱却できるのか。

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 「国政が誤った方向へ進まぬよう正しい方向へ導く」。
6月末の日医代議員会で、14年ぶりの無投票で再選された横倉は自らの役割をこう表した。

 前回会長選で「親民主」の現職を破った。
自民党元幹事長、古賀誠の後援会長だった人脈と温和な人柄で、割れた日医内部や自民党との関係修復に努めた。無投票再選は安定への評価だ。

 福岡県南部のみやま市の病院長が本業だ。軍医だった父が終戦直後、無医村に診療所を開いた。
薬代が払えない患者を放っておけず、母の着物を売って処方した。そんな両親を見て育った横倉は久留米大を卒業後、外科医になると30代半ばで地元に戻った。
地方に十分な医療が行き届かなかった時代、横倉親子は「目の届く範囲の医療」にこだわり、病院の規模拡大を図らなかった。

 当時の日医会長は武見太郎(在任1957~82年)。日医に最も力があった頃だ。
開業医が地域に根を張り、「往診カバンに200票ある」と言われた。日医は国民の信頼を背に医療費抑制を図る厚生省と戦った。

 しかし、「開業医の利益拡大」を求める姿に国民の気持ちは離れ、今の日医の視線は国民や地域とずれている。
利益を重視するあまり、収益性の高い急病人向け病床が多い。医師不足が叫ばれる原因は「医師の偏在」だが、是正への動きは鈍い。

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 政権との間合いでも迷走した。「聖域なき構造改革」を掲げた首相小泉純一郎は、日医の反対を押し切って医療費の膨張を力で抑えた。民主党政権になると、日医は自民党寄りとされ、診療報酬を決める審議会から締め出された。すると民主党寄りの会長が誕生し、2010年の参院選では、いったん推薦した自民現職を支援に格下げし、民主新顔を推薦した。

 安倍内閣の規制改革会議が提案した「混合診療の拡大」には日医が長年反対してきた。理屈はこうだ。
高額な自由診療が拡大すれば、貧富の差で受ける医療に格差が生じ、危険な医療行為が広がる――。

 横倉は会長就任後、日医と国民のずれを埋め、政権との妥協点を探ろうと奔走。
1期目は国民向けに日医の存在意義を示す綱領を定め、医療体制や皆保険制度を守ると宣言した。
混合診療には当初、反対を唱えたが、一定の安全性と有効性が確保できるとして拡大を容認した。

 診療報酬総額を決めた昨年末も、「国民負担が増える」とプラス改定に否定的な安倍の意向を知ると増額要求は諦め、直接は医師の懐に入らない地域医療の補助金確保で折り合った。
会員から「政権に利用されている」と不満がもれるが、横倉は確信する。
高い給料を保証される医師が、「地域医療のため」と報酬増額を求めても理解を得るのは難しい。「『欲張り村の村長』をやっていたら、もっとひどい結果になっていた」

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 平日は都内暮らし。日曜に地元に帰り、月曜午前は長男が切り盛りする病院で働く。診察室で患者と向き合い、「体調はどう。いつもおらんでごめんね」。往診に出ることもある。

 今秋、安倍内閣は高齢化が深刻化する25年に向け、医療改革の具体化に乗り出す。横倉は政権が医療をゆがめないか監視し、報酬増を求める会員を抑え、持続可能な医療の将来像を国民に示すと言う。政権、医師、国民。三方納得の手綱さばきはできるか。でなければ「国民」の連呼はむなしい響きで終わる。=敬称略(石松恒)