国家戦略の現場 既存大学で対応可能 医学部新設問題 全国医学部長病院長会議・森山顧問に聞く

2014.07.22

国家戦略の現場 既存大学で対応可能 医学部新設問題 全国医学部長病院長会議・森山顧問に聞く

2014.06.07 神奈川新聞
 
  国家戦略特区での医学部検討をめぐり、医療界に波紋が広がっている。

日本医師会など主要な団体は地域医療の崩壊と医師余りを招くとして、強く反対する。

新たな医学部は必要か、否か。

医学部を持つ80大学の医学部長・学長と病院長160人で構成する全国医学部長病院長会議の森山寛顧問=東京慈恵会医科大学名誉教授=に聞いた。


 -国家戦略特区の医学部新設をめぐり政府は「既存医学部と次元の異なる特徴」という考えを示している。


 「世界トップレベルの研究者を養成するのであれば、高度な研究成果や人材をはじめとした豊富な教育資源を持つ既存の大学を選び、予算配分やスタッフの確保など、教育体制を充実させる方が効率的で理にかなっている。

複数の大学で多くの研究成果がもたらされており、そうした実績を持つところに集中的に研究枠を定め、教員の手当てを充実すれば良い。

国家戦略特区が掲げる異次元の医学教育ではなく、現次元の中で再構築し、強化していくのが望ましい」


 「そもそも、国が医療の効率化とより良い医療提供を行うために医療機関を統合し役割分担を促している一方で、地方の首長が病院、医学部をつくりたいというのでは全く一貫性がない」


 -既存医学の定員は増加している。


 「医学教育は基礎から臨床へ途切れのないカリキュラムが必要で、特に臨床実習が重要な意味を持つ。

その意味で教員の質の高さが求められる。患者を診療するノウハウと学生を教育するノウハウは同じではない。

単に教員数を基準通り集めて医学部という器ができても、教育の質が伴わなければ医師の粗製乱造に陥るのではないか」


 「医学部をつくったから、すぐに良質な医師が育つという認識は誤りだ。
教員の質、教育内容の質を高めるには相当時間がかかる。
全国の医学部定員は7年で1444人増えている。しかし、その結果、学生の学力低下が叫ばれているのが現状だ」



■地域医療の崩壊

 -全国医学部長病院長会議は医学部新設によって地域医療崩壊の連鎖が起きると指摘している。


 「新設した医学部の学生に臨床教育を行うことができるのは大学病院勤務医が中心だ。
しかし、医師の数という面では、勤務状況が厳しい大学病院や一般病院の勤務医よりも開業医や診療所の医師の方が割合が高い。
医学部は濃密なカリキュラムを実施する必要があり、ぎりぎりの教員数で対応している。
そうした状況の中で新たな医学部ができることによって、既存の大学から教員を引き抜かれれば、連鎖的な地域医療崩壊を招くことになる」


 -国際人材育成の必要性をどのように認識しているか。


 「既存の医学部はかねて国際人材の育成に取り組んでいる。
海外の大学と連携した現在のプログラムを強化したり、カリキュラムの中に取り入れたりすればよく、医学部を新設する必要はない。
そもそも先端研究や研究者の育成は大学院の役割であり、既存の医学系大学院は理学や工学と連携して高度な研究に取り組み実績もある。
研究者養成のためにわざわざ医学部を新設するのは極めて効率が悪い」


 「アジア、アフリカ、南米などの新興国に対する支援や海外交流も多くの既存大学が行っている。
第一、新興国で必要とされるのは高度先進医療ではなく、一般医療だ。
国や地域によって医療の制度、水準は全く違うし、医療ニーズ、文化や宗教も異なる。
そうした多様性に対応できる国際人材の育成は一律的な教育では難しい。
むしろ、国際機関を通じて新興国から既存の医学部に医師や学生を日本政府が招聘(しょうへい)し、数年かけて教育し本国に戻ってもらう。
そうした国際協力の枠組みの中で、高度な日本のシステムや機器の操作を学ぶ機会を設けた方が各国のニーズに応えられるのではないか。
それこそ一番の国家戦略だと思う」



■医師の質が低下

 -特区が担うべき役割は何か。


「本来、特区が担うべき役割は、病気の克服につながる創薬や医療機器の開発だ。
こうした分野で日本の技術力を生かせるし、高度な技術を持つ中小企業も含め産学連携による成長が期待できる。
教育は国家の根幹を成す。特区に医学部というのはどうも腑(ふ)に落ちない。
岩盤規制を打ち破ぶるため、特区だから何にでもトライしようという発想で進め、結果的に失敗したら一番困るのは学生だ。
医学の教育内容は一朝一夕にできたものではなく、長い歳月をかけて構築されたものだ。世界トップレベルなどと軽々しく言うべきではない」


 -近い将来、確実に人口減少社会が到来する。


 「従来、さまざまな特区があったし、今後も新たな特区ができる可能性がある。
教員数や病床数といった医学部新設のための外形基準が今回の国家戦略特区でいったんできてしまうと、今後、別な特区で医学部をつくろうという動きが出て、その基準をクリアすれば行政は認めざるを得ない。

人口減社会を見据えると、早晩、医師過剰が起きる。
むしろこれからは定員削減が課題になる。
大学ができれば廃止できないので、新たな医学部が雨後のたけのこのように生まれれば、人口減少を踏まえた定員削減は非常に困難になる。
結果的に医師がワーキングプアに陥り質が低下してしまうのではないか」


 -今後の医学教育のあり方は。


 「日本の社会保障制度は曲がり角にきており、課題は山積している。
国民皆保険制度を維持しながら、医療の提供のあり方と患者の受診のあり方の双方を抜本的に変える必要がある。
医学部の教育も専門医を重視してきたが、これからは地域医療を担う総合診療医、かかりつけ医の重要性についても教育していくべきだ。高齢化の進行や財政逼迫(ひっぱく)を考慮すれば、こうした地域医療の担い手がいなければ、日本の医療は立ち行かなくなる」



■「次元異なる教育」必要

 政府は「国家戦略特区の趣旨と求められる医学部像」として「一般の臨床医の養成・確保を主たる目的とする既存の医学部とは次元が異なる特徴」が必要としている。

具体的には、医療分野の研究者養成▽新興国など海外で活躍する医師の養成-の2点を提示。社会保障制度や地域医療などへの影響を踏まえ、「医学部を新設するとしても1校とする」との方針を打ち出している。


 国家戦略特区での医学部検討は「東京圏」を構成する成田市が認められている。

提案したのは小田原市内などにキャンパスを置く国際医療福祉大学(本部・栃木県大田原市)。

成田市での医学部構想では、入学定員140人のうち20人を「国際舞台で医療の担い手となる人材として教育する」とともに、国内の医師不足の解消を図るため120人は地域医療の担い手として養成する計画だ。


 黒岩祐治知事も就任以来、国際人材の育成など「異次元の医学教育」の必要性を強調。国家戦略特区に県全域が指定されたことを受け、医学部以外の大学卒業者を医師に養成する「メディカルスクール」設置に向けた具体案を本年度中にまとめる考えだ。


 文部科学省は、医師数が過剰になるのを防ぐため、医学部の新設を認めてこなかった。
今回、国家戦略特区や東北地方で医学部が新設されれば、1979年の琉球大以来となる。


 もりやま・ひろし 東京慈恵会医科大卒、同大付属病院病院長、全国医学部長病院長会議会長など歴任。