報酬改定ショック 病棟の転換か、死守か

2014.07.22

【特集 医療危機】--Part2 報酬改定ショック 病棟の転換か、死守か--7対1絞り込みに翻弄される病院経営
2014.07.19 週刊東洋経済 


【特集 医療危機】

Part2 報酬改定ショック 病棟の転換か、死守か

7対1絞り込みに翻弄される病院経営

 4月の診療報酬改定でその影響が最も注目されているテーマの一つが、「7対1病床」(患者7人に対して看護職員1人を配置することを踏まえた診療報酬〈入院基本料〉を得られる病床)の絞り込みだ。
厚生労働省は数値目標の存在を公式には認めていないものの、「36万床に膨れ上がった7対1病床のうち9万床を削減する」との観測が、財政制度等審議会の建議やマスコミ報道を通じて広まった。

 診療報酬改定の詳細が決まり、3月に厚労省が作成した説明資料では「機能分化」「連携推進」の名目で病床再編に力を注いでいく方針が「重点課題」の筆頭に掲げられた。

その中に7対1病床の基準厳格化のための要件が盛り込まれた。具体的には「重症度、医療・看護必要度」の基準見直しなど五つの要件を設けることで、軽症患者や長期入院患者を多く抱えている病院を排除しようとしている。

 厚労省の方針を踏まえて、現場ではいったい何が起きているのか──。7対1病床を守るための必死の取り組みと、「在宅復帰率」の名の下にすべての入院患者を退院につなげる「在宅パスウェイ(経路)」が設定される中、患者獲得ルートから外れまいと必死な病院の姿をリポートする。

赤字経営の病院に診療報酬減が追い打ち

 「以前は駐車場に車がいっぱい駐まっていたものだが、今では少なくなった。病院内も寂しいね」

 ひざ関節の病気で通院する70歳代の女性が言葉少なに話した。

 医師の大量退職で外来診療や入院患者の受け入れを大幅に縮小している鹿島労災病院(茨城県神栖市、稼働病床数100床)。

 鹿島臨海コンビナートの労働者や地域住民の健康を守るために創設された地域の基幹病院が今、かつてない苦境に立たされている。

 鹿島労災病院に激震が走ったのは、2012年末。千葉大学医学部による医師引き揚げで、整形外科、外科、神経内科に所属する計12人の医師が一斉に退職。常勤医師はそれまでの23人から11人へ激減し、一時は救急および入院患者の受け入れを取りやめる事態となった。
その後、東京医科大学などからの医師派遣で最悪の事態を脱出。
2次救急の輪番制病院にも復帰したが、外科と神経内科の医師は現在もゼロのままだ。

 その鹿島労災病院に新たな難題が持ち上がった。医師不足のさなかでも稼働する病床を減らすことで維持し続けてきた7対1基準の継続がいよいよ難しくなってきたのである。

 今回の診療報酬改定では、7対1病床を絞り込むため「重症度や医療

・看護必要度の基準見直し」など五つの要件が設けられた。そのうち鹿島労災病院には、平均在院日数の計算から特定の長期入院患者(90日超)が除外できなくなったことと、逆に白内障手術など短期入院患者が除外対象になったことが直撃した。

 これによって「平均在院日数18日以内」という7対1の基準を満たせなくなり、入院基本料(=収入)が低い10対1に格下げになるおそれが出てきた。
鹿島労災病院の収入は年間16億円規模。これに対して7対1からの脱落による減収は3000万~4000万円と見込まれる。
医師不足による減収で億円単位の赤字の鹿島労災病院にとってはまさに泣きっ面にハチだ。

 ただ、何もせずに手をこまぬいているわけではない。野中博明事務局長は「稼働する2病棟のうち1病棟は何とかやり繰りして7対1病床を維持し、もう1病棟を報酬改定で新設された地域包括ケア病棟や療養病棟に衣替えすることも検討している」と話す。
とはいえ、「いずれにしても医師確保が前提になる」と厳しい表情を崩さない。

退院後の受け皿少なく在院日数が頭痛の種

 「地域包括ケア病棟」とは耳慣れない言葉だ。
これまで厚労省は、住み慣れた地域で人生の最期まで暮らすための医療・介護の連携体制について、「地域包括ケアシステム」という用語を用いてきた。
ここでいう医療とは、主に在宅医療や有床診療所などだ。
それが突然、入院医療の報酬体系に用いられたのだから、病院関係者が驚いたのも無理はない。
関係者の間では、「厚労省が地域包括ケア病棟を創設した狙いは何か」「7対1病床から転換した後で、はしごを外される心配はないのか」といった会話が交わされている。

 栃木県鹿沼市にあるJAかみつが厚生連・上都賀総合病院(病床数442床)は、全国に110ある農協系統の厚生連病院の先頭を切る形で、4月に地域包括ケア病棟(41床)を創設した。

その狙いについて十川康弘病院長は、「9月末で制度が廃止される亜急性期病床の転換先という位置づけだ。
それ以上の意味はない」と説明する。
地域包括ケア病棟の立ち上げに際しては、各病棟に分散していた亜急性期病床を集約。3月末まであった亜急性期病床とほぼ同数の41床でスタートした。

 役割が事実上同じであることから、亜急性期病床と地域包括ケア病棟の患者像はほぼ一致している。

 つまり急性期で密度の高い治療を終えた患者を、退院を視野に入れつつ受け入れるのが地域包括ケア病棟の主目的だ。
診療報酬を算定できる限度が60日と長いことから、上都賀病院では7対1病床の規定である平均在院日数18日以内を維持するための、“調整池”のような役割を見込んでいる。

 ただし、急性期を脱したとはいえ、日常生活動作(ADL)が低下し、手のかかる患者が少なくない。そのため、基準とされている13対1看護では対応できず、看護配置は一般病床と同じく7対1を維持している。

 それでも、地域包括ケア病棟設置の必要性は大きいという。齋藤由利子・副院長兼看護部長は、「いつもぎりぎりで維持していた7対1病床の在院日数規定をクリアするためのチャンスだととらえて、地域包括ケア病棟に移行した」と話す。

 十川病院長は「当院の場合、60床まで拡大が可能なので、今後も需要を見極めながら少しずつ増やしていきたい」と説明する。

 上都賀病院が日頃から頭を痛めているのが、退院先の確保だ。

 同病院は県西医療圏(鹿沼市および日光市)の中核病院。医療圏の人口は約18万人、面積は栃木県全体の30%強に相当する1940平方キロメートルに達している。
そのうち主に人口約10万人の鹿沼市内の急性期の医療ニーズを賄っている。

 しかしながら、鹿沼市内には退院後の生活をカバーする医療機関や介護施設が乏しい。
療養型病院は市内に一つしかなく、入院希望者は順番待ち。老人保健施設は3カ所あるが、なかなかベッドが空かないという。
訪問看護ステーションは3カ所に増えたものの、24時間対応の在宅療養支援診療所は2カ所だけだ。

 さらに今後の医療需要は見通しにくい部分もある。

 「25年以降、人口減少が加速する中で、入院のニーズも減っていく。地域の基幹病院としての重要性は変わらないものの、どう切り盛りしていけばいいのか、悩みの種が尽きない」と十川病院長は打ち明ける。

大病院の紹介減り地域包括ケア病棟創設

 7対1病床絞り込みは、中小民間病院にも余波を広げている。

 東京・中野区の中野共立病院(病床数110床)は自ら急性期の患者を受け入れるとともに、国立病院や大学病院などの「後方病院」としての役割も担っている。
同病院ではつい最近まで看護配置が10対1の一般病棟55床のほかに、入院患者の在宅復帰を支援する「回復期リハビリテーション病棟(回復期リハ病棟)」55床を擁していた。

 大学病院などとの連携に変化が起き始めたのは4月に入ってからだ。

 「貴院の病棟は在宅復帰率を算定できる病棟なのか」

 「回復期リハ病棟でダイレクトに患者さんを受け入れてもらえるのか」

 こんな問い合わせが中野共立病院に入るようになったのである。

 中野共立病院では、検査や投薬などの治療がしやすい一般病棟で、脳卒中発症後でリハビリが必要な患者などを大規模病院から受け入れてきた。
そして要件に合致した患者を回復期リハ病棟に移動させてリハビリを実施するという流れを作っていた。
ところが4月以降、10対1病棟で患者を受け入れた場合、送り出し側の大規模病院にとって、不都合が生じることになった。

 10対1病棟への転院は、「自宅等へ退院する患者の割合」(いわゆる在宅復帰率)にカウントできないためだ。
同割合が75%以上でない場合、大規模病院は7対1入院基本料を得られなくなる。

 「これがきっかけに病院間連携がうまく機能しなくなった」と山田智院長(全日本民主医療機関連合会副会長)は説明する。

 やむなく、中野共立病院では余剰ぎみになった一般病棟の55床のうち10床を新たに「地域包括ケア病床」に衣替えした。
ここでは、同じ医療法人内の診療所からの紹介でリハビリは必要だが、大病院から送られてきた急性期直後とは状態が異なる患者を主に受け入れる。

 このように、地域包括ケア病床の新設は苦肉の策という面があるものの、新しい病院運営の道が開ける可能性もあるという。

 「自宅に戻ったもののADLが低下した患者さんを受け入れて、リハビリ目的の再教育入院を行うというやり方がその一つ。
回復期リハ病棟のように、疾患ごとに入院日数が厳しく定められているわけではないので、かえって運用しやすい面もある。
今後は、地域の医療機関やケアマネジャーとの連携によって、病状の悪化した在宅患者さんも積極的に受け入れていきたい」と山田院長は意気込む。

急性期の病床再編は療養型病院にも影響

 7対1病床を起点にした病床再編は、慢性期の患者が多い療養型病院にも対応を迫っている。

 人口約3万8000人の鹿児島県南九州市に立地する川辺生協病院(医療型療養病床48床)。
大野朗院長は「今後の患者確保のためにも看護配置を厚くすることが課題だ」と話す。

 今回の診療報酬改定では、7対1病床を持つ病院に「自宅等退院患者割合75%以上」を要件とする規定が新たに設けられたことはすでに述べた。
その際、療養病床も「自宅等への退院」の対象として盛り込まれたものの、より重度の患者を受け入れる「療養病棟入院基本料1」の届け出が必要になる。
しかし現在、川辺生協病院の施設基準は、看護配置が相対的に少ないことから「療養病棟入院基本料2」にとどまる。そのため、入院を受け入れても7対1病院の退院患者割合基準には寄与できない。

 「現在までのところ、退院患者割合の問題で入院患者を確保できないという不都合は生じていないものの、状況を注視する必要がある」と大野院長。
ただし、今後、基本料1に格上げとなるには、看護職を10人以上増やす必要がある。
しかし、「地方部での看護職確保は難しい」とも説明する。

 「これまで末期がんや人工呼吸器装着など、重度の患者さんの受け入れにも力を入れてきた。
強引な病床再編政策の中で、医師や看護師の確保が容易でないという制約条件があるものの、医療・介護難民が生まれないように職員とともに頑張る」と大野院長は語る。



<INTERVIEW>

全国自治体病院協議会 会長 邉見公雄

「自治体病院の努力に報酬改定は冷や水をかけた」

 今回の診療報酬改定は一言で言って厳しい。
当協議会の診療報酬対策委員は、自院はどこもマイナス改定だと断言している。
特に問題なのは、消費増税分がほとんど補われていないことだ(医療機関は患者に消費税負担を転嫁できない)。自治体病院の間では診療報酬改定で、増税分をカバー(補填)している率は、最低で10%、最高で40%程度だと分析している。

 戦後発足した自治体病院は建て替え時期にある。医療機器などへの高額投資を行わないと医療が進歩しないが、消費増税分が補われないのでは支障が出る。また公務員の総定員法で雇用を増やせないので、自治体病院は看護補助者などで委託に頼らざるをえない。
この委託料にかかる消費税も未対応だ。一部の民間病院は消費税の問題について訴訟を起こすと言っているが、心情的には理解できる。

厚労省は地方の現場とズレ

 7対1病床の削減について、自治体病院にはあまり影響はない。地域の救急・急性期を担っており、必要もないのに7対1の入院基本料を取っているところは少ないからだ。

ただ7対1でも、重症度・看護必要度と、在宅復帰の退院患者割合の新要件については満たせないところが出てくる。
地域包括ケア病棟の入院料が病棟単位で新設されたことは評価できるが、こちらでも在宅復帰率の要件クリアが厳しい。

 在宅復帰要件は東京の視点に偏っている。地方の自治体病院は急性期から慢性期までやっている。
田舎では暮らしに不便で高齢者を無理に退院させることができない事情がいくつもある。厚生労働省の理想はわかるが、現場とはズレている。

 公立病院改革ガイドラインに沿った取り組みで、自治体病院は黒字病院の比率が50%を超えてきた。
救急のいわゆるたらい回しもかなり減った。
ところが、やっと水面に顔を出したところへ、水かさが増して再びおぼれそうな感じだ。
すでに病床数を減らす病院も出てきたが、財政力の弱い自治体の中には病院を手放すところも出てくるのではないか。

<INTERVIEW>

全日本病院協会 会長 西澤寛俊

「7対1病床削減は医療の強化に逆行」

 2014年の診療報酬改定率は実質マイナスになったうえ、病床の機能分化が強力に進められるため、病院経営への影響は大きい。
消費税増税に伴う医療材料などのコストアップ分は相当する額を診療報酬に上乗せしたと説明されているが、医療機関によっては多額の損税が発生するなどバラツキがある。
医療において消費税が非課税であるかぎり不公平感はなくならず、税率のアップにつれて医療機関が被るダメージも大きくなる。
10%に引き上げる際には、何としてでも課税に切り替える必要がある。

地域包括ケア病棟の意味

 政府の「社会保障と税の一体改革」の議論では、重点化・効率化の一方で医療を含む社会保障の充実・安定化が打ち出されてきた。
その目指す方向性を眺めた場合、診療報酬改定もプラスでなければならない。しかしながら、充実に向けた改革のための財源が保障されなかった。

 そうした中で病床の機能分化の目玉として打ち出された「7対1病床」の要件厳格化は、目指すべき25年の医療提供体制の青写真からも懸け離れているのではないか。

 平均在院日数を短縮して多くの患者さんを受け入れていかなければ、高齢者人口の急増に伴う入院ニーズの増大に対応できない。そのためには、諸外国と比べて手薄な看護配置を今よりも充実させていく必要がある。

 削減した7対1病床の受け皿として「地域包括ケア病棟」という新たな診療報酬算定上のカテゴリーが設けられた。
もともと私たち病院団体が提唱してきた「地域一般病棟」(一般病床200床未満の病院が対象。亜急性期患者および軽症の急性疾患患者の受け入れ機能を併せ持つ)がモデルになったとされているが、200床以上の病院でも病棟単位で報酬を取得できるうえ、包括報酬とした点で異なる。
地域包括ケア病棟は、自院の急性期後の患者さんを一定期間受け入れる専門病棟の性格が強くなっていくだろう。これまで後方病院の役割を担ってきた中小民間病院に、患者さんが流れにくくなる可能性もある。

Profile

にしざわ・ひろとし

1946年生まれ。札幌医科大学卒業。西岡病院副院長などを経て、2007年から現職。10年から社会医療法人恵和会理事長。