【特集 医療危機】--Part3 医師不足のいま 最悪期からは脱出したが...--格闘する医療崩壊地域 医師確保であの手この手

2014.07.17

【特集 医療危機】--Part3 医師不足のいま 最悪期からは脱出したが…--格闘する医療崩壊地域 医師確保であの手この手
2014.07.19 週刊東洋経済 



千葉県

元祖・医療過疎地に最新鋭の病院が出現

 東急不動産が千葉県東金市と大網白里市にまたがる丘陵地域に開発した高級住宅街・季美(きみ)の森。
その近くに巨大な白亜の建物が出現した。今年4月に開院した東千葉メディカルセンター(MC)だ。

 東千葉MCが位置するのは、医療崩壊地域の先駆けとして全国的に知られるようになった千葉県の山武長生夷(さんむちょうせいいすみ)隅医療圏。
2004年の新臨床研修制度開始による千葉大学の医師引き揚げをきっかけに自治体病院が次々と閉鎖や縮小に追い込まれた。

 下表のように、人口10万人当たりの医師数は約99人で全国平均の半分以下。この医療過疎地域に、ICU(集中治療室)など救命救急センター20床を含む314床、24の診療科と60人の医師を擁する圏内初の3次救急医療機関として、東千葉MCがオープンした(病床数などは16年春フルオープン時の予定)。

 東金市と九十九里町の1市1町が設置する東千葉MCには、千葉県も総額約97億円の支援を実施。
「3次救急がなく、圏外搬送率が約40%と高い同地域に救命救急センターを併設する中核病院ができた意味は大きい」と県健康福祉政策課の舘岡聰主幹は話す。

千葉大学とタッグ 医師確保で新システム

 東千葉MCがユニークなのは、その医師確保策だ。医師が地方の病院に行きたがらない中で、千葉大学医学部と新しい仕組みを構築した。
まず、東千葉MCがすべての常勤医師の給与同等額を大学の総合医科学講座に寄付する。
それを元に大学が全国公募を行って、特任教授などの肩書を与えたうえで東千葉MCに派遣する

 特任教授は東千葉MCで診療や研修医に対する臨床教育を行いながら、千葉大学内にも部屋を持って週1日程度の研究活動を行う。

 「事実上、千葉大の第2附属病院に近い。
この仕組みを病院全体の規模で行うのは全国初の試みだ。
若い研修医にも集まってもらえるよう、学習部屋や200人入る講堂も造った」と平澤博之・東千葉メディカルセンター長は胸を張る。

 オープンして3カ月強。救急車の受け入れは4月153台、5月221台と順調な滑り出し。
入院患者数(延べ人数)も5月は2213人と4月から倍増した。
「救急・急性期医療の地域中核病院として想定どおりに機能している」と平澤センター長は語る。

 ただこの東千葉MC、地元では自治体間の対立に巻き込まれ、ネガティブなイメージに悩まされている。
もともと県が主導して2市2町を軸に運営する予定だったが、山武市と大網白里市が計画から離脱するなど二転三転した。
さらに県と運営母体の1市1町が東千葉MCの救命救急部門の赤字見通しを理由に、周辺自治体へ負担金の拠出を求めたため、混乱は加速した。

 地元の自治体病院を重視する周辺市町村は「なぜわれわれが払うのか」と反発。
本来なら高度急性期を担う東千葉MCと、急性期や回復期、慢性期を担うほかの自治体病院という機能分担が求められるのに、病院間の話し合いすらままならない状況だ。

 東千葉MCの収支が計画どおりいくのかも地域住民の関心事だ。単年度の黒字化には10年近くかかる見通しで、建設に使った約100億円の事業債の償還も待ち構えている。

県の追加支援は難しいとみられており、仮に収支が計画より悪化した場合、財政力の弱い東金市と九十九里町では支えきれない可能性がある。医師確保で斬新な手法を取り入れただけに踏ん張りどころだ。

危機を乗り越えた旭中央の次なる課題

 「最初は『追い出される』と言って入ってくる患者さんもいるが、丁寧に説明すれば皆さん納得してくれる」。
そう話すのは、国保旭中央病院(病床数989床)の紹介患者センターに勤務する林美代子氏だ。

 外来患者数で自治体病院最大の旭中央病院は、救急や高度急性期医療でも地元に不可欠の存在だ。

診療圏は千葉県東部から茨城県南部にまたがり、診療圏人口は約100万人にも上る。
00年代後半には近隣の自治体病院の能力低下で救急患者が集中し、医師の負担が高まったが、「最近は救急の日当直の回数限定など環境改善の効果もあって院内の不満は減った。医師も確保できている」と田中信孝病院長は語る。

 だが次の課題も浮上した。4月の診療報酬改定で大病院は紹介状つきの初診患者の割合や診療所などへの逆紹介の割合が低いと、15年度から処方料などが減額される。「試算したら、その影響で10億円近い減収になる」(吉田象二事業管理者)。

 基準クリアに向けて、紹介状のない初診患者の自己負担額を4月から値上げ。先の紹介患者センターを使って逆紹介も進めている。

 「地域の医療を一手に引き受けてきた当院は救急や高度急性期から慢性期、外来まですべてをカバーしてきた。国の方針で機能分化と言われても一度完成した形を変えるのは大変だ」と吉田事業管理者は漏らす。

[図]千葉県東部の主な病院

[表]山武長生夷隅の医療過疎が突出─千葉県の2次医療圏別の医師数と救急搬送時間─

[写真]千葉県 東千葉メディカルセンター (1)ICU(集中治療室)10床、HCU(高度治療室)10床を保有 (2)森の中にピカピカの新病院が登場 (3)最新医療設備に加え、ドクターヘリポートも装備

[図]東千葉メディカルセンターと千葉大学が構築した医師派遣システム

[写真]千葉県 国保旭中央病院 医師数約250人、売り上げ360億円を誇るメガホスピタル。2011年に、地上12階の新本館が完成。右は逆紹介を進める紹介患者センター

埼玉県

医師不足でワースト県 対策あるも厳しい現実

 地域医療に詳しい国際医療福祉大学の高橋泰教授は断言する。
「今年度の診療報酬改定は、急性期病棟から高齢者向け地域包括ケア病棟への移行が目玉だが、埼玉県はどちらも足りない。
高機能病院や急性期病棟を減らす必要はなく、むしろ増やさなければならない」。

 都道府県で最も医療資源の不足しているのが埼玉県だ。人口10万人当たりの医師数は142・6人でワースト。しかも都市部も過疎地も全国平均を下回る(下表)。

 先行きも厳しい。
国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2010年から25年にかけての75歳以上人口の伸び率は実に2倍で全国トップ。その増加幅は約59万にも上り、鳥取県の人口に相当する。

 昨年1月には久喜市で75歳の男性がぜんそく症状で救急車を呼んだが、2時間の間、25の病院に36回の救急受け入れを断られ、搬送先で亡くなるという痛ましい事件があった。

 埼玉県も手をこまねいているわけではない。一つは病床の整備だ。13年から5カ年の第6次地域保健医療計画において、合計29病院1854床の増床を決定。第5次の計画に比べて約6倍の増床数だ。

 「重点はNICU(新生児集中治療室)などの周産期(171床)、救急(776床)、小児医療(121床)。増床する病院との間で患者を必ず受け入れるという協定を結び、搬送困難事案を受け入れる病院への補助制度も創設した」(埼玉県医療整備課の福田弘昌副課長)

 今年4月には救急医療情報システムも刷新した。従来、救急隊は身近な医療機関のみがリストされた紙を使っていたが、約300台のタブレット端末を配付し、オンライン化が進んだ。「リアルタイムで病院側の救急受け入れ可否が表示される。救急隊は電話する必要がない」(福田副課長)。県北では群馬県への搬送率が約4割と高いため、群馬県の消防救急や病院とも相互にアクセス可能とした。

 三つ目の取り組みは119番通報の絞り込みだ。看護師が電話で救急車を呼ぶべきかの相談を受ける救急電話相談事業を開始、不要な搬送を減らそうとしている。

 第3次救急医療を担う埼玉医科大学総合医療センター(川越市、病床数956)の輿水健治副院長は「県内で1~2カ所しかなかった耳鼻科の夜間救急では、かつて当院に患者が押し寄せ、医師が疲弊して辞めてしまったことがある。救急医療はギリギリのところで崩壊を押しとどめている状況だ」と語る。

 同センターはさまざまな方法で軽症患者を制限した結果、1~2次救急を含め、年間4万人強いた救急患者が約2・5万人まで減少した。救急の“コンビニ受診”を抑制するための住民への啓蒙が欠かせない。

[表]都市部も過疎地も全国平均を下回る─埼玉県の2次医療圏別の医師数─

[写真]埼玉県 埼玉医科大学 総合医療センター

県の第3次救急を担う埼玉医科大学総合医療センター。外来患者も多い

秋田県

存続危機から脱した 雄勝中央病院の奮闘

 JR奥羽本線湯沢駅から車で10分。JA秋田厚生連・雄勝中央病院(秋田県湯沢市)は、380病床を擁する地域の中核病院だ。

 同院に激震が走ったのは2005年秋。新臨床研修制度導入に伴う医師引き揚げなどにより、8人いた循環器科の医師が1人に激減。同科は入院の受け入れを休止せざるをえなくなった。
07年度には内科でも、常勤医師3人体制を維持できない状況に。
この間の患者減少で、同院は年間数億円規模の赤字に陥った。

 そうした窮地に就任したのが中村正明院長だ。「経営難を克服できるかは医師確保の成否に尽きる」。
こう考えた中村院長は率先して首都圏で働く地元出身者や大学の後輩に声をかけ、地縁血縁も頼って医師確保に奔走。経営母体のJA秋田厚生連も、県や湯沢市などに支援を訴えた。

 特筆されるのは、住民や開業医が地域ぐるみで病院存続を支援したことだ。患者会も約3万8000人分の署名を集めた。

 湯沢市雄勝郡医師会は08年、平日の夜間救急外来への支援に踏み切る。
患者が集中する平日18時から2時間、12人の開業医が輪番で雄勝中央病院に詰めることになった。
「勤務医の負担を軽減しようと手を上げてくれたのには、涙が出るほどうれしかった」(中村院長)。

 市も赤字部門の救急医療に対する補助金支給を09年度から開始。
同院に勤務する研修医に奨学金の支給も始めた。診療報酬改定による入院診療の単価上昇も寄与し、10年、11年と単年度黒字を達成した。

 が、医師不足はなお深刻だ。非常勤医や研修医は増えても、肝心の常勤医が足りない。
循環器科病棟は再開のメドが立たず、消化器科も13年度、一時的に医師がいなくなった。「内科に常勤が2人来れば1億円くらい収入が増え、収支バランスは安定するが……」(伊藤暢事務長)。

 県内を8地域に分けた2次医療圏別に見た場合、人口10万人当たりの医師数は湯沢・雄勝医療圏で129人。全国平均の半分強にすぎない。医師不足は地域全体の問題である。

 看護師不足も深刻だ。「県内の看護学校卒業生は半分以上が県外へ出る。
離職者の再雇用で何とかやっている」(松村良子看護部長)。同院は重症患者が運ばれる急性期病院だが、入院基本料が高い「7対1」看護基準を満たしていない。夜間は看護師1人で患者20人をケアする。

 将来的には医療需要の急減が待ち受ける。地域人口はすでに減り始めており、同院の1日平均患者数は入院、外来ともに縮小傾向にある。

 人口減は、2次医療圏統合の議論にも影響を与えそうだ。湯沢・雄勝は人口約7万人だが、面積は香川県の約3分の2もある。
18年度からの秋田県医療保健福祉計画では、医療圏範囲の見直しが議論される可能性が高い。その場合、単に区分けをいじるだけでは、救急医療などへの影響も懸念される。

[写真]秋田県 雄勝中央病院

2005年度に湯沢市の中心部から郊外の現在地に移転改築した。中村正明院長(右)は人脈をたどり、医師不足解消に奔走した