報酬改定ショック--ビッグデータ活用で医療危機を防げ

2014.07.17

【特集 医療危機】--Part2 報酬改定ショック--ビッグデータ活用で医療危機を防げ
2014.07.19 週刊東洋経済  


【特集 医療危機】

Part2 報酬改定ショック

ビッグデータ活用で医療危機を防げ

高齢化で迫られる医療体制の転換。ある情報システムが政策手段として急浮上している。

 「犬猿の仲」である財務省と厚生労働省が、ついに医療政策で手を結ぶことになりそうだ。

 財務省の狙いは医療費適正化、一方の厚労省は2025年に向けた医療提供体制改革をにらんでいる。

この二つの目標実現のために不可欠な手段としてレセプト(医療機関の診療報酬明細書)など医療ビッグデータの活用策が浮上し、両者が協力する機運が高まっているのだ。

 小泉政権時代の00年代半ば、経済財政諮問会議と財務省は、増加を続ける医療費への対策として、経済成長率に連動した全国一律の医療費総額管理の考え方を提示した。

 これに猛反発したのが厚労省だ。「必要な医療需要を積み上げていかないと、国民の命は守れない」(当時の尾辻秀久厚労相)との論を展開し、一律の総額管理案を押し切った。

 それから9年。状況を一変させたのは、レセプトやDPC(診断群分類=病名と医療行為の組み合わせによる分類)データを活用した情報システムの登場だ。

 産業医科大学の松田晋哉教授らが開発したシステムを使うと、都道府県や2次医療圏(近接する複数の市町村)、市町村、日常生活圏(30分圏)の各地域単位で、人口構成や標準的な受療率などを基に無駄のない合理的な医療費を推計できる。

 具体的には、この推計では高齢化による医療費増加は許容されるが、過剰な病床数や医師数、過小なジェネリック医薬品の使用比率といった地域差による医療費の伸びは認めないということになる。

 市町村に代わり国民健康保険の保険者(運営者)となる予定の都道府県は、こうした医療費推計を基に各自の国保支出目標(上限)を定め、実態がそれを超えれば改善に取り組む、といった政策を財務省は温める。

 財務省主計局総務課の一松旬・前主計官補佐(厚生労働総括係)は、「客観的なデータを根拠とした需要推計を基に、地域ごとに具体的な目標を設定し、分権的に規律が働く形で医療費適正化が進むことを期待している」と話す。

厚労省の活用目的は地域医療ビジョン策定

 9年前、厚労省が主張した「必要な医療需要の積み上げ」は技術的に無理だった。それが、ビッグデータの活用で可能になりそうだとして、財務省は反転攻勢をかける。

 これに対し、厚労省も医療提供体制改革の中核となる地域医療ビジョンの策定に際して、松田教授らのシステムを活用する方向だ。

 こちらでは医療費ではなく、将来必要となる地域ごとの病床数の推計が主眼となる。これは地域の人口推計や有病率を基に将来の入院や外来の傷病別患者数を予測することなどによって可能となる(右図表)。

 49ページ下図のように、6月18日に成立した医療介護総合確保法に基づき、今年10月から医療機関は高度急性期や急性期、回復期、慢性期の病床機能を選択し、都道府県に報告する。
これと先の将来推計を踏まえ、都道府県は25年における地域ごとの医療機能需要、目指すべき提供体制、それを実施するための施策を定めた地域医療ビジョンを策定する。
医療機関の自主的な再編が基本だが、過剰な病床機能への転換中止や休眠病床の削減を、都道府県が民間病院に要請することもできる。

 厚労省はこれまで、診療報酬の点数(公定価格)の上げ下げによって医療機能の増減を誘導してきた。
だが、ある厚労省幹部は「今のままでは、医療提供体制改革の手段になりうるかは疑問だ」と話す。

 最大の弊害は、点数引き上げのインセンティブが強すぎて医療機関が一斉に同じ方向に動くこと。
看護体制の充実を目指した「7対1病床」が予想外の36万床まで増えてしまったのはその代表例だ。
また診療報酬は全国一律で、地域ごとに違う提供体制改革にはなじまない面がある。

 今後の医療提供体制改革の取り組みでは、診療報酬改定は側面支援にとどまり、代わってデータの活用による地域医療ビジョン策定がメインの政策手段に躍り出る。

 だが、かつて激突した財務省と厚労省は協力関係を築けるのか。

 厚労省医政局指導課医師確保等地域医療対策室の佐々木昌弘室長は「今年6月の『骨太の方針』でも、医療費適正化計画は地域医療ビジョンと整合的という表現になっている」と指摘する。
今のところ、データを基に示される、あるべき医療提供体制を目指すのが厚労省。
そこで発生する医療費を都道府県の目標とするのが財務省、という立ち位置だ。

 今夏から、松田教授らの情報システムについて、データ基盤整備のための法的議論や活用策の具体的検討が政府部内で本格化する。ビッグデータが日本の医療を変えるかもしれない。

[写真]かつて厚労省と対立した財務省。「データ活用」で状況が一変しつつある

[図]財務省と厚労省が連携

<カコミ>

ビッグデータの活用とは何か?

全国のあらゆる医療情報を可視化

 ここにあるのは福岡県を例とした推計のごく一部。(1)は2次医療圏の地図。(2)から(3)の将来病床推計が可能となる。(4)のように傷病や病床機能別に患者がどの医療圏の病院を利用しているかもわかる。

[図]1福岡県の2次医療圏

[図]2脳卒中や肺炎などの入院が激増─福岡糸島医療圏の傷病別患者数の推計─

[図]3現在の病床数で患者増を補うと、療養型や介護施設がパンク─福岡糸島医療圏─

[図]4救急医療機関が圏内に不足─京築医療圏における救急医療の自己完結率─

<インタビュー>

医療再生を問う 産業医科大学教授 松田晋哉

データに基づいた議論で誰もが納得できる改革を

 --2025年に向けて75歳以上人口が急増する中で何が問題となりますか。

 いちばん大きな問題は、医療ニーズの変化に医療提供体制がついていけないことだ。
たとえば福岡市のデータを見ると、人口の高齢化とともに外来も増えるが、入院がもっと増える。
特に脳血管障害や肺炎、骨折、慢性心不全などが増え、トータルで入院患者数は60%増える。

 患者数の増加に現状の病床数で対応しようとすると、福岡市の急性期病院は現在2週間の平均在院日数を7~10日にする必要がある。
ただ諸外国では10日程度であることを考えると、短縮は可能だ。問題は療養型(慢性期)だ。
こちらは医療療養型で220日、介護療養型で400日なのを、それぞれ半分にしなければならない。

 --それは可能ですか。

 難しい。急性期で治療を受けた人たちが療養型に移行してくるわけで、療養型がきちっと回転しないと実は全部が無理になる。
そこで重要になるのが在宅医療だ。症状が落ち着いて退院したら、在宅医療でやっていくことになる。
ただ、退院してもすぐにまた医療が必要になる人たちは多い。
骨折や肺炎、長期のケアが必要になる脳血管障害、慢性心不全、認知症に在宅でどう対応するのか。
在宅で認知症を患いながらがんになった人をどうするのかといったことが課題になる。

 いまは急性期の病院に資源が行きすぎている。
(看護配置基準でいえば)7対1から10対1、13対1へ移行して療養型と急性期の中間になる病院を作っていくことが必要だ。
そしてそこが在宅医療を支援するという仕組みが、提供体制改革の大きなポイントになる。

 --今秋から始まる地域医療ビジョンの策定では松田教授たちが開発した医療情報システムが使われます。

 いま話したような状況は地域によって違う。
都道府県や2次医療圏、市町村、日常生活圏(30分圏)の各レベルで推計するソフトを厚生労働省の予算で開発した(右ページ図表)。
これを使って、都道府県は自分の地域でどのくらい傷病構造が変わって、どういう提供体制が望ましいかをデータ化する。そのデータに基づいて医療提供者の代表と保険者と行政が一緒に考える。
これが今回の地域医療ビジョンだ。
10年先を見越して今から準備しないと間に合わない。それができる自治体とできない自治体ではものすごく差がつく。

 --財務省の医療費適正化でもソフトが活用される予定です。

 施策を講じたときの効果を測るために、地域の人口や受療率などに基づいた医療費推計を行う。
都道府県はこれを基にPDCA(プラン、実行、チェック、改善)サイクルを回し、説明責任が重要になる。財務省も医療費が増えることは仕方ないと思っていると考えられる。
だがデータに基づいて皆が納得できる形で増やしていかなければいけない。

Profile

まつだ・しんや

1960年生まれ。85年産業医科大学医学部卒業、92年フランス国立公衆衛生大学校卒業。93年京都大学博士(医学)。99年3月より現職。